少し間が空いてしまいましたが、2018年の振り返りに取り組みました。
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『長年諦めてきた闇のエネルギー転換への挑戦』
この記事には根強い不信感、不安と恐怖、恨みのエネルギーの浄化に取り組み続けている内容を書いていました。
当時は、難しいことを言って、理解されない繰り返しの中にあったこのですが、MBSEというNASAで活用され、自動運転などに適用され始めた技術を、2輪で実践しようとしていました。
今思えば、かなり難しいというか、無理なことをやっていたなと思いました。
自分自身も深く理解できないため、他の人にも分かってもらうことができず、成果も生み出せませんでした。
当時は比較競争の意識が非常に強く、難しければ、難しいほど価値があると考え、とにかくできる自分を追い求めた結果、そのような状態になっていたんだと思います。
そう考えると、カルマと3つの「ち」から煩悩が生まれ、長い時間をかけて、仕事や業務の選択も起こってきているので、その流れを変革するには、カルマから魂願へ、煩悩から菩提心へ、そして3つの「ち」の流れを浄化する一歩一歩の積み重ねが必要だったんだと思います。
神理を学んで壁にぶつかり、なかなか変わらないと嘆いていた時期もあったのですが、すぐに現実が変わらなかったことも、必然であったことが長いスパンで振り返ることで見えてきました。
『2017年度のブログ記事振り返りと第25次GGP参入への願い』
2017年を振り返っている記事ですが、Kくんの実践報告を通して、青年塾時代の闇が浄化され、深いニヒリズムの転換が起こっていました。
それなのに、更に4回目の「川の心」の神理カードを頂いていました。もう少し長いスパンで振り返ると、毎年頂いている神理カードは次のようになっていました。
2014 海 (苦・暴流の善我)
2015 川(苦・暴流の善我)
2016 川(苦・暴流の善我)
2017 川(苦・暴流の善我)
2018 川(苦・暴流の善我)
2019 空(苦・暴流の善我)
2020 月(快・暴流の善我)
2021 空(苦・暴流の善我)
なんと8年間で、苦・暴流の善我を育むための菩提心を7回、快・暴流を1回頂いていました。長らく苦・暴流の煩悩を転換できず苦しんでいる期間と、神理カードはつながっていました。
『福岡新春の集い_母と亡き親族との響働による叔母さんの入会』
この記事には、父が強い宗教不信を抱いていた状態から、豊心大学に来てくれるようになってゆく出会についても書かれていました。
今となっては、毎年当たり前のように、父はセミナーに来てくれるようになっていたのですが、前年に先生と姉の出会いがあり、この年の年初に姉が父に関わってくれて、佐賀ターミナルに久しぶりに来てくれていました。
難しいハードルをいくつも乗り越えて、セミナーに来てくれるようになっていたんですが、先生が陰ながら導いてくださっていることが見えてきました。
『GLA合唱団 優越感・特別意識を超えて神仏との再結へ』
合唱の練習の時に訪れた気付きとして、次のように書いていました。
「救われることを求めるのではなくて、既に救われてきた感謝を祈ること・・・。そのような思いが溢れてくることになりました。」
ずーっとニヒリズムを浄化しようとして、超えられない葛藤があったんですが、恩恵の自覚に導かれている時は、ニヒリズムからも自由になっているようでした。
そのように考えながら、ふと昔の先生の説かれた神理を振り返る機会があったのですが、エゴイズム三兄弟(ヒロイズム、ナルシシズム、ニヒリズム)が、中道を歩むことによって、3つの自覚(愚かさの自覚、恩恵の自覚、忍土の自覚)という滅に導かれることが表現されていました。
3つの自覚を深めることは、ニヒリズムの闇から守られることにもつながってゆくんだと思いました。
「こんなに大事なことなのに、なんでわかってくれない」という繰り返しからの脱却。
また記事の中に、「こんなに大事なことなのに、なんでわかってくれないんだ」というつぶやきが書かれていました。
先生からは、2006年の神理実践報告の時に、「正しいことをしているのに、わかってくれないというのが、いつもの爆発するパターンです」と教えていただいたのですが、同じような構造だなと思いました。
最近はこのつぶやきは出なくなったのですが、MBSEからは一旦離れ、デジタルテクスチャーというプログラミングと3Dデータ作成が融合した領域に取り組むことで、アウトプットが評価されるようになってきました。
振り返ると、2020年に地上の星で先生から次のようなお言葉を頂いていました。
「buyanくんはね、技術力もあるし、エネルギーもあるし、でも人間関係が、交流がねちょっとテーマがありますね。
だから、もっと落ち着いて、一瞬心を落ちつかせて話すことができたら、もう一つ上の仕事をできるようになりますよ。
家族との関わりも変わってきたわけだし、ねー頑張りましょう。」
この先生からお言葉を頂いて、翌年くらいから大きく流れが変わってきていました。
先生には未来に起こる転換が見えられていて、導いてくださっていたんじゃないかな?と思いました。
『2018合同セミナー 苦・衰退を超えて「生まれてきてくれてありがとう」という先生の御心との出会い』
この記事の中では、2002年の大講堂のこけら落としの時に頂いた、先生との誓願での出会いについて振り返っていました。
その時にただいた言葉の意味を深めつつ、根源にある苦・衰退を転換する取り組みを、セミナーで深めていたんですが、セミナーが終わった後で、刻銘碑の前でご指導を頂いた時にユニバース体験へと導かれていました。
『八ヶ岳農業研鑚PJ 大自然の神秘との遭遇と苦・衰退の浄化へ』
「難しい、わかってくれない」という苦・衰退の思いを、農業研鑽を通して浄化していったのですが、それまでずっと否定的な反応をしていた上司が「言っていることが初めてわかった」という反応に変わる体験をしていました。
これまでの一連の歩みを振り返ると、一歩一歩煩悩を転換する歩みが、少しずつ関わりが変わり、現実が変わってきていました。
こういった内なる浄化の歩みと、「する」を連ねて「できる」を増やしてゆく歩み、カオスが成長してグレートカオスになってゆく歩みが連動してきていることが見えてきて、今取り組んでいるテーマにつながってきていました。
途中で、やってきたことが無駄になってしまったと落ち込んだこともあったのですが、でも長い視点で見ると、無駄なことは一つもなく、ずーっと導かれ続けていたことが見えてきました。
そして、来年はいよいよAIのテーマに取り組めることになりそうです。以下は、Midjourney というアプリケーションで作ってみたんですが、完成度があがっていてびっくりしました。Stable Diffusionがオープンソースとして使えるようになり、取り組む閾が下がってきています。
これはグレートカオスになるかもしれません。
『2018かけ橋セミナーPJ_』
様々な過去からの暗転の流れが、セミナー中の転換を通して、光転してゆくのですが、一回生起のセミナーの中で、奇跡のような転換を頂いていたことが改めて感じられてきました。
きっとあのセミナーでの転換は、その後のお一人お一人の人生の転換につながっていったんじゃないかな?という出会いを頂いていました。
またこのときは、静岡と沼津のお世話役の皆さんもご一緒になっていたんですが、それぞれ、地域のターミナルで抱えられていた問題が解決するような転換を起こされていました。
かつて、先生から「三島に同志がいます」と言っていただいたことがあったのですが、このセミナーでの転換も、転生の必然が隠されていたのかもしれないと思いました。
また、今は集中プロジェクトを離れており、自分にとっての集中プロジェクトって、どういう意味があったんだろうと、俯瞰的に考えられる地点にいるんですが、環境チームや、お掃除のプロジェクトをずっと担ってきていました。
そういえば、仕事においても浄化装置のある排気系の設計に長らく取り組み、2006年に神理実践報告を頂いた時も、お掃除プロジェクトのことを先生がお話しくださっていました。お掃除の後で、東京本部が墨田区から台東区に移転しました。
昨年から地域のお世話をすることになり、ずっと部屋のお掃除をしたり、名簿や連絡網のデータを整理したり、浄化を続けてきているのですが、新しいお世話の体制が生み出されてきています。
新会館への移転も検討されていますが、見えない必然導かれているのかな?と感じました。
「2018夏期特別御供養_親族との再結の先にもたらされた世界との再結」
おじさんの供養に取り組ませていただいたんですが、振り返ると、先生が母にお声をかけてくださったことがきかっけとなり、ご供養に取り組めるようになっていました。
その結果、おじさんが暗い地獄の世界から救われてゆき、おばさんと母の再結が起こり、今年の八ヶ岳の奉納の場に、おばさんが来ることにつながっていました。そして、母とのさらなる再結へと導かれていました。
大事なポイント、ポイントで先生が関わってくださったことが、八ヶ岳の奉納につながっており、本当に導かれての歩みを頂いていたんだなと実感しました。
『2018東北復興チャリティーコンサート 痛みの底にもたらされた神様の恩寵の光』
そして、2018年の最後の記事は、東北に赴いてのコンサートの記事だったのですが、ユニバース体験によって、震災の痛み、そして虐待を受けた子どもたちの痛みに触れて、親族の痛みを癒やしたいという願いが溢れてきていました。
改めて2022年に大きな環が結ばれ、八ヶ岳の奉納につながったことが見えてきました。
20年の砕き続ける歩みの果に見えてきた使命への道
こうして長い視点で振り返ると、地道な一歩一歩が今年の奉納につながってきていたのですが、先生が姉と母に声をかけてくださっていたことも非常に大きく、気づかないところで、先生に助けられ、導かれていることが見えてきました。
また改めて、悪循環にいる間、ずっと苦・暴流の神理カードを頂いてきていたことに気づいたんですが、、、
今日12/25に地域でビデオ会があり、通算100回記念で、1999年の善友の集いにおける地獄滅消の法をお受けする機会がありました。
先生のご講演、そして神理実践報告をお受けしながら、私自身の歩みともつながっていることを感じました。父方と母方の両方から地獄のような苦しみの想念が流れ込み、そして土地からも佐賀の乱で亡くなった兵士たちの無念の思いが流れ込み、内に外に地獄を抱えることになったんだなと思いました。
善友の集いのご指導は、そこから、内なる煩悩を浄化し、慈悲喜捨の四無量心の光を放つ歩みに導かれていく内容だったんですが、今回は特に、捨の光に強く惹かれ、今の働きともつながっていると納得しました。
今日のビデオ会で、関わらせていただいた方は入会されることになりました。後で満面の笑みで関わってくださったことが良かったと言われました。かつては笑顔で出会うこともできなかったので、本当に救われてきたんだなと思いました。
また今回の振り返りで、2002年に頂いた次の先生のお言葉を振り返っていました。
「ならばもう後は、砕いて砕いて砕いて、私たちが愚かさの自覚を知って、後は神様に使っていただきましょう」
2002年からちょうど20年経ったんですが、本当に砕いて砕いて砕いての歩みになっていたんだなと思いました。
そして、今年は初めて「太陽の心」の神理カードを頂きました。神様に使っていただいて、使命を生きる道へ導かれてきたのかもしれないと思いました。
2018年に最も心に残った記事
最後に、2018年に最も心に残った記事ですが、
「2018合同セミナー 苦・衰退を超えて「生まれてきてくれてありがとう」という先生の御心との出会い」
としました。
あの時に、あの場でいただいたユニバース体験は、私自身の生まれてきた所以、魂願につながっているんじゃないかと思います。
そして、この人生の最後に形にする、人生最高峰カオスにもつながってゆきそうです。
現身を持たれている先生とお会いし、導いていただいている恩恵を深めつつ、さらなる神理実践に向かってまいります。
コロナ前の2018年のブログを読ませて頂いて、活発なプロジェクトでの人間関係や心の動きに触れながら、このブログは私にとっての宝物だと思いました。ゴミ袋を抱えて南の端まで20分歩いたり、刻銘碑のところで先生から栄叡の魂の話を聞いたりしたことが自分の記憶のように思えます。
Junjinoさん、ありがとうございます。
先生とご一緒に生きさせていただいているかけがえのないときを、なんとかお伝えしたいと思って取り組んできたんですが、そう言っていただくと取り組できて本当に良かったなと思いました。