福岡新春の集い_母と亡き親族との響働による叔母さんの入会

これまで、なかなか九州の知り合いに、神理をお伝えできてこなかったのですが、福岡の新春の集いに先生がお越し下さることになり、思い切って先生をお伝えすることにしました。

お手紙と共に先生のご著書をお届け

まずは、お手紙を書かせていただくことにして、4名程御著書とお手紙を送らせて頂きました。

正月や、お盆に帰ったときに、親戚には高橋先生の御著書をプレゼントしてきていたのですが、それ以外の友人などには、あまりお伝えして来られませんでした。

そして、お手紙を送った方々には、その後、『新・祈りのみち』の「縁友への祈り」に取り組んで、光を送らせて頂きました。

切れていた絆が少しずつつながっていくように感じると共に、お伝えしきれていない後悔がずっと深まっていきました。

なかなか共感してもらえないという受け止め方の変化

御著書を送った後に、お電話させて頂いて感想をお聞きしたのですが、その時になかなか共感してもらえないと思うこともありました。

これまでは共感してもらえないと、「やっぱり先生のことをお伝えするのは難しい」と苦手意識が強くなっていたのですが、今回は「自分の周りには、どうすればそこから救われるのかわからずに苦しんでいる人がいるのに、その人に先生のことをお伝えしないことは申し訳ない」、という後悔が湧いてきました。

そして、これまで自分が先生、神理によって救われて満足してしまい、先生のことを知ればもっと救われる人が自分の周りにいるのに、その方にお伝えしてこれなかったという思いが溢れてきました。

母とのGGPのウイズダムシートへの取り組みによる転換

金曜日の夕方に佐賀に着いたのですが、夕食まで時間があったので、母と一緒にグローバル・ジェネシスプロジェクト(GGP)のシートに一緒に取り組みました。

自然と、明日の集いに向けて取り組むことになったのですが、「叔母にも先生のことを知っていただきたい」という願いとは裏腹に、母の様々な愚痴が溢れてきてしまいました。

この愚痴の思いによって、ずっと関わりを壊してきてしまった後悔に結ばれ、生き直しの願いに、転換していきました。

取り組みながら、親戚に電話をかけていったのですが、急遽叔母さんが、予定をキャンセルして来て下さることになりました。

母と姉と叔母の3つの「ち」の同時発見

その後も、シートに対して書き足していったのですが、先日の生活実践の時に、止観シートで、初めて「つぶやき」を発見できたことを教えてもらいました。

それは、「こんなに頑張っているのに分かってくれない」というつぶやきだったのですが、丁度、私自身がこの一ヶ月で掴んだつぶやきとまったく一緒でした。

更に、姉もおなじつぶやきがあったことを教えてくれたのですが、このつぶやきは、母から流れ込んでいたことが分かりました。

後で聞いたら、叔母さんも同じつぶやきがあったと教えてもらい驚きました。親族に流れている3つの「ち」(血・地・知)の「血」であったことに気づくことになりました。

無神論者の父との対峙

その後、父が帰ってきて、福岡の講演会に行けないか誘ったところ、「自分は信じてないから行かない」という、いつもの反発が出てきてしまいました。

いつもだったら、直ぐに「やっぱり父には無理」と諦めていたのですが、今回は何故か、そう言われることが嬉しく感じられ、更に深い話しへと進めていきました。

以前父と話していたときに、「宗教や、神様の話しなんかしたら馬鹿にされる」と、友人の眼差しを気にしていたことが分かったので、その部分に思い切って切り込んでみました。

まず、最近の先生のご講演でお聞きした、「日本人は死後の世界を信じていないけれども、欧米では死後の世界を信じている人が非常に多い」ということを話しました。

そして、日本人の神様を信じない世界観は、戦後の教育によって作られている部分が大きく、そこには、神風特攻隊のように、第二次世界対戦時に命を捨ててお国のために働いた日本人への恐怖から、そのようなプログラムが作られていたことを話しました。

更に、最先端の科学の領域では、この世界が偶然出来たということが説明できなくなってきており、優秀な学者ほど、人智を越えた大いなる存在を信じるようになってきていることを話しました。

父から出てきた「神様」という言葉

すると、父の中でこれまで疑問に感じていたことが整理された部分があったようで、心臓が100年間ずーっと動き続けていることを昔から不思議に感じていたことなどを話してくれました。

それから、「この世界を作られた神様」とか、「この体は神様からもらったものだから」といった、信じられないような言葉を話すようになりました。

私も、嬉しくなってしまって、ずーっと夜中まで話し続けていました。

そして、2週間後に御供養に一緒に参加する約束と、改めて八ヶ岳の豊心大学に参加する約束をすることができました。

亡き親族との響働による叔母さんの入会

講演会には、佐賀のバスで一緒に向かったのですが、父が豊心大学に行けるようになったことをお伝えすると、皆さん喜んでくださいました。

叔母には、休み時間に、自己診断チャートに取り組んで頂くことにしました。そして、プログラム終了後に、相談員の方に、チャートの同伴をお願いすることにしました。

そして、プログラム終了後に、相談員の方に、チャートの同伴をお願いすることにしました。

その中で、叔母さんが、用事を変更してまでこの場に来て下さった背景を教えてもらったのですが、最近ご先祖さんが見守って下さっていることを、いつも感じられるようになってきたと教えてもらいました。

そして、「御供養に取り組んでくれてありがとう」という言葉を頂きました。

これまでずっと御供養を続けてきて、救われた親族の皆さんが、叔母さんの同伴をして下さっていることを感じ、私もありがたい思いで一杯になり、思わず手を合わせてしまいました。

母も、事前に因の転換をしていたので、叔母さんのよき縁になってくれて、相談員と一緒になって、皆で先生のこと、GLAのことを説明させて頂きました。

「宗教はお金がかかる」というGLAへの誤解の氷解

しかし、叔母さんは先生のことには共感しておられたのですが、なかなかGLAのこと共感してもらえませんでした。そこで、もう一歩踏み込んで、何が障害になっているのかお聞きしました。

すると以前、叔母さんはある宗教に結構お金を払っていたことがあり、GLAに入会するだけのお金の余裕がないと思われていることがわかりました。

そこで、GLAは毎月の会費が1000円であり、毎月もらえるG.誌も会費に含まれていること、そして、入会すれば、会員しか学べない集いにも参加でき、自分が参加したいと思う集いを選んで、自由に参加できることをお伝えしました。

すると叔母さんの不安が解消されて、入会されることになりました。

父との神理カードの一致の不思議

入会手続きをしている間に、姉が神理カードを代理で受け取ってくれたのですが、何と、父の神理カードは「川の心」でした。

実は、私も4年連続で「川の心」の菩提心を頂いていたのですが、父まで同じ神理カードを頂いていて、徹底して浄化が呼びかけられているように感じました。

叔母と先生との奇蹟の出会い

叔母の入会手続きが終わった後で、先生の舞台上での神理カードの授受も終わろうとしており、最後に一目、先生を見させていただこうという話になりました。

会場に入ると、丁度最後の方が神理カードを先生に頂かれていました。

最後に先生の御言葉を頂いて、舞台袖から立ち去ろうとされたのですが、会場の中にいたお一人が先生に感謝の言葉を伝えられました。

それから次々に先生と皆さんが握手をされていきました。

私たちは、離れた場所にいたので、叔母さんも無理だろうと思われつつも、先生のところに向かわれました。

そして、本当に最後の数人という所で、先生と握手をすることができました。

私も思わず、「入会されました」とお伝えしていました。

後でお聞きしたところ、ここ最近、年を重ねる毎に色々と諦めることも多くなったらしいのですが、入会をきっかけとして、「変わりたい」という願いが湧いてきたそうです。

「そうだとしても、こうすることができる」というチャレンジの一歩として、先生に握手を求めに行かれたらしいのですが、先生がその思いを受け止めて下さったように感じました。

同時に、私の心の中ににあった「先生との出会いを求められている方はいない」というニヒリズムが砕かれ、魂願に先生が答えて下さったように感じました。

叔母さんも、これからの学びへの希望を抱いて、帰って行かれました。

2018年にかける願い

今回の新年の集いにおいて、配布された「私の誓願」にも次のように認めさせて頂いていました。

●新年にかける願い
仕事、プロジェクト、作品、出会い、一つ一つに先生、神様の御心が届いていることを念じ、大いなる星座の具現化に向かいます。

そして、集いの終了後に、尊敬する講師の方とお話しする機会があったのですが、今回叔母さんが入会されたことや、家族や職場での転換が起こっていることをお伝えすると、

「これまで焦りがあったけれども、大いなる存在が動いて下さるようになってきたんだね。」

とアドバイスを下さいました。

大いなる存在が動いて下さるという感覚はよく分かっていないのですが、新しい次元が開かれていく希望を感じました。

本ブログにおいても大いなる存在と響働しながら、先生と歩ませて頂く稀有なる時を刻んでいきたいと願います。

コメントを残す