左の扉:ニヒリズムから 右の扉:自己信頼、人間信頼、世界信頼への転換へのチャレンジ

ブログ10年の振り返りの、第7弾の後編になります。

先生からご指摘いただいても超えられなかった怒りが爆発する繰り返し

劇に参入し、鍛錬合宿に参加させて頂きました。

2017劇チームへの挑戦 プロジェクトの試練と営みの試練との対峙

先生のご講演は、プロジェクトで体験する試練を通して智慧を習得することをお話しくださったのですが、その後、実際にプロジェクトにおいても、営みにおいても、連続する試練を体験していました。

かけ橋セミナーの劇が終わって、一連の試練を振り返っていたのですが、次の2つのことを意識化していました。

・「こうしたほうがいい」と強い思いを抱いている領域で、私が急激な変化を強いたことによって試練が発生する
・自分の正しさにこだわって衝突している

記事を書いてから5年経過していますが、改めて何度も繰り返している失敗のパターンであることを意識化しました。

先生からも、この繰り返しのパターンをご指摘いただいてきていたのですが、改めていつ、どのようなお言葉を頂いていたのか、振り返ると、2006年の青年塾セミナーで、神理実践報告を頂いた時に次のようなお言葉を頂いていました。

「よいことをしているのに分かってくれない いつも怒りが暴発する一つの設定ですから。」

2006年の時に、「いつも怒りが爆発する設定」とお話くださっていたのですが、その11年後の2017年の試練で失敗している内容が同じであり、先生からパターンをご指摘いただいても、超えることができていなかったんだなと改めて思いました。

両親と祖父から「血」として流れ込んできた嫉妬心のテーマ

「分かってくれない」という思いは、嫉妬心にもつながってゆくのですが、次の、ご供養の記事を深めることを通して、祖父ができる長男と比較されて、嫉妬の思いで苦しんできていたことに思いを馳せてゆきました。

2017夏期特別御供養 使命を果たしたお爺ちゃんからのバトン

母は、多才で色々と習い事をさせてもらっていた姉に対して、どうせ自分はダメという自己否定を強く持っているのですが、祖父→母→自分へと嫉妬の思いが「血」として強烈に流れてきていたことを感じました。

また、2006年の神理実践報告を改めて振り返ると、次のようなお言葉も先生から頂いていました。

「お父さんの中では、自分がどんなにがんばっても認めてくれないじゃないか。兄と比べて認めてくれない。」

これは父の心の中のつぶやきについて先生が話してくださっていたのですが、父からも長男への嫉妬の思いが「血」として流れ込んできていました。

こうして、改めて振り返ると、父からも母と祖父からも、頑張っても認めてもらえないという思い、そして嫉妬心が強烈に流れ込んできていたことが見えてきました。

神理実践シートでの嫉妬心の繰り返しの浄化への挑戦

ちょうど、お爺さんの振り返りをしている時に、神理実践シートで、プロジェクトの関わりで嫉妬心で壊してきた、しくじりを振り返っていました。

前回、歪曲・独尊で突き進んで孤立する絵を書かせていただきましたが、その根底に嫉妬心があったことが意識化されてゆきました。

何で、歪曲・独尊で突き進むのかというと、自分のことをわかってほしい、大切にしてほしいという思いがあって、そうならない現実に対して自分を卑下し、周りを嫉妬する繰り返しがありました。

その理不尽な状況を巻き返そうとして歪曲・独尊で突き進んで、更に孤立していました。

神理実践シートで嫉妬心を転換する光転のヴィジョンにアクセスすると、皆で巨大なできることの環を作って、共に使命を果たすことが願いであり、嫉妬心で足を引っ張り合うのは、真逆のことをしてきてしまった後悔が深まりました。

一緒に働く周りの皆さんと光溢れる作品を作り、世界を照らしてゆくことが願いだったんだなと思った時に、嫉妬心で足の引っ張り合いをしていたら、先生、神様の願われる青写真は到底具現できないと思いました。

競争して勝とうとして本当にいいものを皆で生み出せなかった後悔

今回、更に先生から頂いたお言葉を振り返らせて頂いたのですが、2002年のかけ橋セミナー終了後に、セミナーを支えていた青年のお世話役のメンバー100名程と出会ってくださったのですが、私には次のようなお言葉を頂いていました。

「競争が悪いことじゃないのよ。
でも競争して、勝ったら大丈夫、勝ったら俺のほうが上、これが間違い。
競争して、どんどん上がってゆくのはいいことだわ。
本当にいいものであれば、もっと新しいものが、もっといいものが生まれてくることはいいことだと思うわ。
だけど、それが常に自分の欲で競争して勝って、ここで王様ってゆうのは違うわね。
競争していいものを生む、競争していいものを生む、いいものが生まれたらそれは素晴らしい。
だけど、だからといって人間として君がすべて勝ったわけじゃないということよ。

だから、地として支えて、もっといいものをみんなで生み出せるような、そういう人間関係が作れるようにならなくちゃ。
誰彼じゃなくて、いいものはいいよね。誰のものでもいいものはいいのよ。
そういうみんなになれたらいいね。
だからどんどん、頑張るというエネルギーはすてちゃだめよ。」

20年前にいただいたお言葉だったのですが、「自分の欲で競争して勝って、ここで王様ってゆうのは違うわね」と言われていたのに、やっぱりそれを目指そうとしてきたんじゃないかと思いました。

その結果、「地として支えてもっといいものを皆で生み出す」ことが、できてこなかったんだなと後悔も深まりました。

聖堂でのカルマから一瞬自由になる感覚の恩恵

このようなしくじりを意識化しつつも、同時にコロナになってから、聖堂に毎日のように通う中で、いつの間にか超えがたきカルマの繰り返しから少しずつ自由にしていただいてきたことも見えてきました。

祈りの場に入るにあたって「先生、神様の青写真が具現しますように」という願いをしたためていました。

わけも分からず、念仏のようにその言葉を何百回と書いてきていました。

聖堂で祈りをしていると、自分自身が透明になって、大いなる存在と共にいることが感じられてようになってゆきました。

そして、卑屈さ、嫉妬心からの巻き返しで、自分の正しさや自己有用性を主張するような思いが自然と小さくなってゆくにつれて、意図したわけではないのに、周りから評価されるようになってゆきました。

自分が思っている以上に、アウトプットが皆さんに歓ばれ、高く評価されるようになると、嫉妬する必要もなくなってゆきました。

カルマ、煩悩の強力な呪縛から一瞬自由にしていただいたんじゃないかな?と思ったのですが、これまでとは異なる現実が生み出せるようになってゆきました。

より深く闇から光への転換のヴィジョンへのアクセス

2年前の伝研セミナーの時に、先生から頂いたアドバイスは、改めてこの繰り返しから離れるための、重要な内容だったんじゃないかと感じられてきています。

「だから、もっと落ち着いて、一瞬心を落ちつて話すことができたら、もう一つ上の仕事をできるようになりますよ。」

思い返すと、会社においても、プロジェクトにおいても、「こうしたほうがいい」をいったん捨てるところから、光転が始まってきているのですが、それはこの「一瞬心を落ち着けて話す」ことになっていたんじゃないかとおもいます。

そして焦って無理に道を開こうとするのではなく、周りからの要望(呼びかけ)に応えて、「する」を連ねてゆけば、「できる」が広がって、現実が変わり、更に大きなプロジェクトを任されるようになって、自分の自信にもつながってゆくサイクルが回るようになってゆきました。

今回改めて嫉妬心という観点から、悪循環の中で葛藤していたことを振り返っていったのですが、15年~20年ほど前から頂いていた先生からの公案に対して、ようやく超える道が少し分かってきたんじゃないかな?と感じました。

嫉妬心を超えてゆく光転のヴィジョン

前回描かせていただいた、歪曲-独尊のもっと奥にある、嫉妬心の転換についても、より確かにするために、光転のヴィジョンについても絵で描いてみました。

絵で描いて、このブログで転換のプロセスを意識化し、スッキリせずに更に神理実践シートに取り組んでと、何度か行き来しながら納得ゆくまで完成度を上げていったのですが、最終的に、「2つの扉」の左の扉の、ニヒリズムを超えて、右の扉を生きることにつながってゆくようなヴィジョンが生み出されてゆきました。

左の扉
卑屈-愚痴-虚無
どんなに努力したって、どうせ報われない
こんなに頑張っているのに、何であいつらばっかり評価されるんだ

右の扉
素直-懸命
使命へ導かれる神様を信じ(世界信頼)
神の光を分有する約束の魂を信じ(人間信頼)
先生、神様との約束を抱く自らの魂を信じる(自己信頼)

「2つの扉」一日一葉特別セミナー参加へ

来週から、いよいよ「2つの扉」の一日一葉特別セミナーが開催され、GLA会員ならどなたでも受講することができますが、セミナーを通して更に根本的な転換へと向かってゆきたいと思いました。

聖なる40日を通して、皆さんとご一緒にどのように変わって行けるか、本当に楽しみですね!

是非約束の同志も、一緒に学べるように、誘ってゆきたいと思います。

2つの扉
2つの扉
https://www.sampoh.co.jp/books/2tobira/

2 thoughts on “左の扉:ニヒリズムから 右の扉:自己信頼、人間信頼、世界信頼への転換へのチャレンジ”

  1. 私は競争する前に嫉妬する前に『あこがれ』にすり替えて努力から逃げてきた気がします。
    色んなことが出来る buyanさんに『あこがれ』はするものの、自分も努力してIT知識や英語力や行動力を身につけようとは思わないのです。『あこがれ』は甘い感情ですが『挑戦』や『努力』はつらい感覚だからです。これは楽に溺れた私の心の闇だと思います。

    1. Junjinoさん、ご自身の心の闇を見つめられているんですね。
      でも、色々と書き込んでくださっているので、きっと「変わりたい」という強い願いは持たれているんじゃないかな?と感じました。
      2つの扉の一日一葉の期間だと思いますが、「する」をつらねるための「人生の目的」、「魂の設計図」にアクセスしたいですね。

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