2024 TL SRS 1 Whyの究極のモデルの高橋先生に倣う道の深まり

合同セミナーで取り組んだシートのおかげさまで、相手の部署を責めるのではなく、一緒に解決策を探る関係へと変化してゆきました。

そうして、ご自身でデータを作ってもらって、問題点の改善を要望していただくところまで進めることができました。

なんとかこれで進められるかな?と思っていたのですが、上司に2件クレームが入ったとお聞きし、このままだとテーマは進められなくなるかもしれないから、気をつけてほしいと言われる事件が発生しました。

Contents

上司へのTL SRSでの問題解決宣言

今回は、月曜日が祝日であり、日月開催のセミナーとなりました。

会社は月曜日が出勤日だった為、セミナー参加のために有休を取得する必要がありました。

有給取得の処理をした後で、月曜日にTL SRSに参加することを上司に共有し、「今回のクレームへの対応方法について、セミナーで解決策を探してきますね」と宣言させていただいたところ、「頑張ってね」と応援をいただきつつセミナーに参加することになりました。

上司に、問題解決のためにセミナーに参加することを伝えたのは初めてだったのですが、もしこれで本当に解決策が見つかったら上司も神理の力を分かってくださるかもしれない!?という希望を感じつつ、セミナーに参加しました。

魂の人間観による人生の恨みから感謝への転換

土曜日にGLAのプロジェクトで農業研鑽の打ち合わせがあり、農業研鑽のプログラムとして、先生のご著書『もう1人の自分』の第2章に書かれている宇井さんの物語について深めるプログラムを実施することになりました。

ただプログラムが曖昧な箇所があり、まずは家族で取り組んでみることにしました。

第2章の宇井さんの物語を読んだうえで、魂の人間観を確かにする3つの感覚として先生が紹介くださった、「必要な出来事を必ず経験する」「必要な人とは必ず出会う」「必要な条件を引き受ける」について、改めて自分に引き寄せてゆきました。

それまで、「何で自分にはこんなに理不尽なことばっかり経験するんだろう?」とどこかで人生や運命を恨むような感覚があったのですが、宇井さんの転換を自分に引き寄せていったときに、

「必要な出来事を必ず経験する」としては、GLAのシステムの問題、CGの問題、会社のツール選定の問題・・・たくさんの試練に遭遇してきたなあ・・・

「必要な条件を引き受ける」としては、恨みの渦中に生まれ、小さい頃から理不尽な虐待を受けてきた・・・

「必要な人とは必ず出会う」としては、何よりも高橋佳子先生と出会う事ができ、たくさんの同志や先輩との出会いをいただいて、先生の神理を深く学び、それら一切を転換してゆく希望の未来を開くことができる鍵をもたらされている。また必要な人、転換のキーマンも集まってきているし、本当に導かれていたんだ!!

という実感が深まる体験があり、恨みや理不尽さが必然だったと感じられ、感謝の思いに転換する体験をいただきました。

こうして2件のクレームという試練を抱えつつも、導かれてきたという恩恵を確かにし、セミナーが始まってゆきました。

TL SRS

シートによる現状の問題点の相対化

今回は、前回のTL人間学シンポジウムのご講義を1つ1つお受けしながら、教材シートの取り組みを深めてゆきました。

メインテーマとして、2件のクレーム問題を介在に取り組みを深めてゆきました。

最初に、白黒つけて楽になりたい気持ちがあることが改めて意識化されてゆきました。

またこれまで、ツール間の連携で問題があることさえ認識されていなかったので、問題を解明し、開発のロスを明示するだけでも私自身の成果にはなる内容でした。

ただ、自分の利益だけ考えて進めたら、更に反発は強くなることは目に見えているし、じゃあどうすればいいのかはわからず、思考停止状態になってゆきました。

Howの生き方の限界の実感

更にシートの取り組みを深めつつ、TL人間学シンポジウムでの先生のご講演の内容についても深めることになりました。

高橋先生は、Howの生き方だと、刹那的、(・・・そのほかに5項目)な判断になり、Whyの生き方だと、展望的、(Howに対応する5項目)になることを教えてくださいました。

自分自身の思いをふりかえると、まさにHowの生き方そのままになっていたことが見えてきました。

そして、なんでHowになっているのか更に考えてみると、設計のマネジメントからの要請として、成果を出すことが求められていることが見えてきました。

そう考えると、問題の背景にデザインと設計の対立構造があり、Howだけで動いて設計の要望にだけ応えると、更に関係が悪化してしまうことが見えてきました。

そこから、Whyの生き方をどのようにすればいいのか探ってゆきました。

Whyの究極のモデルとしての高橋佳子先生に倣う

Whyになると、Howとは全く異なる、解決への道が開かれることは感覚的には伝わってきたのですが、じゃあ具体的にどのような転換に向かえばいいのか考えていて、ふと高橋先生の具現のことが思い出されてきました。

先生は、コロナが発生した時に、海外の最先端の論文を徹底的に研究されて、そこからコロナを診断するためのフローチャートを開発してくださっていました。

TL医療のお医者さん達は、医療の現場でコロナの診断ができずに困っていたところで、先生からいただいたフローチャートによってコロナを診断できるようになり、大変に助けられたことを分かち合ってくださいました。

他にも、脇本教授へのご指導など、専門家が参りましたという成果を生み出されて、専門家を動かして、現実を変える具現をされていたことが思い出されてきて、Whyを生きることで先生のような具現をすることなのかもしれないと感じました。

Howの生き方だと、相手を責めて、組織間の溝を深くしてしまうけれども、Whyの生き方に転換すれば、組織を超えて皆が喜ぶ成果物を一緒に生み出し、全体として進化してゆく道を開いて行ける希望が感じられてきました。

私自身も、ある意味で素人が、専門家を説得するという場面に立たされていたのですが、先生に倣って道を開こうと願いが定まりました。

こうしてWhyの深まりと共に、具体的に3つの目標を定めることができ、これで道が開かれるかもしれないという希望が感じられてきました。

先生ご講演による大転換

先生のご講演では、最初の理論の部分で、命の消費理論と、命の共鳴理論について教えてくださいました。

そして、実践報告は、大学教授のK先生でした。

かつては人見知りが強く、人間関係は避けられる傾向が強い方だったらしいのですが、GLAのプロジェクト活動の中で人間観、世界観が大きく変わられ、重い困惑を抱える生徒達に同伴されるようになり、生徒達が人生を変えてゆかれるご縁となられていました。

K先生はなんで自分のところにばっかり、重い困惑を抱えた生徒がやってくるんだろうと思われていたらしいのですが、自分もそうだったなあと共感しました。

そして、K先生は命の共鳴理論を生きられて、より深い人生へと転換されていました。一方で、私は青年塾時代に、あまりの困惑の重さに耐えられなくなってしまったのですが、それはきっと命の消費理論から転換ができていなかったんだろうなと感じました。

K先生は、人間を超える大いなる存在の導きによって、さまざまなご縁の方と出会い、アメリカに留学し、大学の重要なポストでの使命のはたらきへと導かれていました。本当に、大いなる存在によって人生が導かれてゆく実感が深まりました。

対話の最後の方で、高橋先生は、K先生と出会ったお1人お1人が、深く癒され、人生を変え日本を救うような働きをされていく話をしてくださいました。

そのことをお聞きしていて、教育の働きは成果が見えにくいけれども、本当に日本を変え、世界を変えてゆく尊いはたらきなんだなと実感しました。

また自分自身は、命の消費理論に縛られているところがあり、教育で他人のために時間を使うことはどこか損をしているような感じがあったのですが、教育によってツールの進化、技術の進化、プロセスの進化による変革が起こってゆき、そこで育まれたお1人お1人によって新しい製品が生み出されてゆくことは、本当に願われていることなのかもしれない・・・。

それはやがて会社を変え、日本を変える事にもなってゆく・・・そのための土壌となることはもしかすると私自身の願いなのかもしれないなと感じました。

モヤモヤした思いがスーッと晴れて、未来のヴィジョンにつながってゆくように感じました。

セミナーでの転換から会社の転換へ

翌日、会社に行ってクレームを言われていた方とも出会ったのですが、思いがけず私が提案した内容を進めてくださっていました。

後で、上司に聞いたところ、上司が真剣に関わってくださったことによって、誤解が解けたのかもしれないと言われていました。

また上司に、早速SRSで先生から教えて頂いたHowとWhyについて分かち合いました。

シートを通して見えてきた3つの目標を分かち合ったところ、上司も共感してくださいました。

これで対立を避けて、本来的な道へと向かうことができる希望が感じられてきました。

既に与えられ導かれてきた恩恵の深まり

後日談ですが、今年は入会してから初めてかけ橋セミナーに行かないことになりました。

色々葛藤する気持ちもあったのですが、葛藤する思いを客観的に見つめていったときにふと、自分自身の中に認められたいという思いがあって、プロジェクトに参加していたことが見えてきました。

「こんな自分じゃダメだ、足りない」というとらわれから離れた時に、今与えられている環境は非常に恵まれていたことが客観的に見えてきました。

うちの会社は2輪では世界一であり、デザインの皆さんも世界一という自負を持たれています。その世界最高峰の場所で、デザインの皆さんに最先端の技術を導入する働きをさせて頂いています。またGLAでも、あるアートの領域では日本のご重鎮となられているTLアートの先輩と響働しながら、かなり重要なデザインのはたらきをさせて頂くことになってきました。

いつまで経っても足りない足りないという飢渇感のために見えなくなっていたのですが、既に世界最高レベルの環境の中で、恵まれた人間関係を頂き、大変に重要な働きを頂いていたことに気づかせていただきました。

そう考えるとデザインの働き以外の領域として、地域お世話での働きにおいても中央地域というGLAの中心がある場所での新しい地域の起動に関わらせていただき、またシステムの働きにおいても、姉の病気を通しての神理実践においても、本当に奇跡のような導きを頂いていたことが感じられてきました。

ちょうど、菩提心御守として「稲穂の心」を頂き、書写行も始めたばかりなのですが、早速「稲穂の心」の菩提心護守の力によって転換へと導かれ始めているのかもしれません。

まずは「稲穂の心」に抵抗感があるところから始まっていますが、「観音の心」が抵抗感があったところから深められていったように、「稲穂の心」を深める歩みに向かって参ります。

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