2022春季特別供養 すべてが必然としてつながった世界への托身へ

TL人間学シンポジウムがあったので、1回飛ばしてしまいましたが、光転のヴィジョンが生み出されていった歩みを認める続きとして、ご供養の出会いを通して深められていった歩みを今回は書かせていただきます。

この絵の左側の、「歪曲」―「独尊」の「受信」-「発信」で壊してきた後悔と願いを深めつつ、佐賀に帰省して春の特別供養に参加させていただきました。

祖母から送られて来る光

今回は、母方の祖母の供養に取り組みました。

八ヶ岳の奉納の前の最後の供養になりますが、1ヶ月ほど前からご供養の祈りをしていると、祖母からは光がずっと届けられているように感じました。

既に、祖母は光の世界に導かれているんだなという思いと、八ヶ岳の奉納することになっているので、きっと歓んでいるんだろうなと思いつつ、祈りを深めて準備を進めてゆきました。

奉納のための書類の提出完了

翌朝早くに佐賀を出発して、福岡に向かいました。

福岡の荒江にある九州本部に少し早めに到着し、待ち時間の間に、人生祈念館の奉納の書類を提出することができました。

母に、事前に写真を集めてもらうようにお願いしたのですが、見つけられなかったと言われ、この日は提出することができませんでした。しかし、係の方から丁寧に写真の目的や、必要な枚数について説明していただくことができました。

結果として、家に帰ってから写真を探してくれたのですが、昔の写真を様々見つけてくれて、提出につなげることができました。

ご供養の場での祖母との出会い

ご供養が終わったあとで、午後にJ姉ちゃん(母の妹)に会うことは予定はしていたのですが、K叔父ちゃん(父の弟)とFさん(父の弟の奥さん)に、八ヶ岳の奉納に来ていただく調整をしていなかったことを思い出し、家に待機している父にK叔父ちゃん達との出会いの調整をお願いしてご供養の場に入ってゆきました。

ご供養の場では、2組の先生との対話を見せていただいたのですが、1組目は、自分も青年の頃からプロジェクトをずっと一緒にやってきた、北海道出身のSさん一家との対話で、お父さんのご供養のお話でした。

友人ではありますが、自分も全く知らないようなSさんの小さい頃の親子の思い出の話をしてくださっていました。

父は、まだ少し先生のことを疑っているところがあるので、父にもやっぱり参加してほしかったなと思いました。

2組目の方は、知らない方だったのですが、ご供養をされたお母様が障害を持っているお兄さんにかかりきりになってしまい、その方には不憫な思いをさせてしまった後悔を語られていました。

M叔父さん(母の弟)が障害を持たれていて、祖母もM叔父さんのことをとても心配していたのですが、祖母にとっても先生の対話を見て、癒やされたんじゃないかなと思いました。

ご供養の中での祖母との出会いの時

先生の対話を見せていただいた後で、瞑目の内に、祖母に思いをはせる時間が持たれました。

祖母に思いをはせていると、祖母の実家の匂いがしてきました。なんとも表現し難いのですが、「そうそうこういう匂いだったよなあ」と思い出しつつ、祖母が近くにいることを感じました。

祖母は宇宙的なつながりの世界の中で、全てが必然としてつながっていることが分かるところにいらっしゃるようでした。

祖母が深く実感されている、様々な因縁、必然は自分の境地では分からないように感じました。

昨年からの変化の中で、仕事もデザイン領域に変わり、GLAでもTLアートの先輩のお手伝いをすることが始まったのですが、祖母のお兄さんが明治時代の美人画家として有名な伊東深水さんのお弟子さんで、日展の参与なども担われていた美人画の画家さんの立石春美さんという方であることが、親族のことを調べる中で分かりました。

偶然のように全部つながってきて、不思議だなと思っていたのですが、そういった必然も祖母には全部分かっているようでした。

ちなみに、立石春美さんが書かれた絵で、クローバーの上で寝転がっている少女の絵があるのですが、その絵のモデルは若い頃の祖母であり、今はボストン美術館にあるそうです。

立石春美 クローバー 1934

ジョン万次郎の劇の時に、仕事でボストンに行き、ボストン美術館にも行こうとしたのですが、道に迷ってたどり着けなかったことがありました。もし行っていたら、現地で遭遇していた可能性もあったのかな?と思いました。

終わった後で、インタビューを求められたのですが、母は何も感じなかったと言っていて、インタビューに応えることが苦しそうでした。

一方で、私の方は、色々と感じたことをお伝えし、また八ヶ岳の奉納を通して頂いている功徳があることなども分かち合ったのですが、インタビューのみなさんも「すごい体験ですね」と共感くださっていました・・・。

シート取り組みを通して明らかになった母の不満

福岡でのご供養が終わり、鳥栖の叔母のところに行ったのですが、叔母のところに行く前に、喫茶店で神理実践シートに取り組むことにしました。

というのも、叔母に八ヶ岳のご供養に来てほしいなと願ってはいたのですが、GLAへの不信感を強く持たれているようで、そう簡単ではないだろうなと思って、母と事前にシートに取り組んで転換しようと考えていました。

しかし、いざシートに取り組もうとすると、母はご供養をしても何も感じていないのに、応えることが苦痛だと言い始めました。

そして、そもそもご供養自体も、私が言うからやっているだけで、自分がやりたいわけじゃないと言い出してしまいました。

母が叔母にこういった愚痴を言っているために、叔母がGLAへの不信感を強めていたことはなんとなく分かってはいたのですが、その思いが爆発してしまいました。

母の思いを聞いていると私自身もその場にいることが苦痛になってきてしまったのですが、ちょうど筆記具がなかったので、コンビニに買いに行くために席を外しました。

最後の最後に、本当に厳しい場になってしまったなと思いました。

母に対して自分も逆ギレして「だったらもう、自分も金輪際やらない」と言ってしまおうかな、と一瞬思いました。

でもこれが自分の限界でもあるんだろうなと思い直し、自分も含めてシートに取り組もうと思って喫茶店に戻りました。

神理実践シートによる転換へのチャレンジ

それから、母のシートの同伴をさせていただいたのですが、先程言っていた思いも全部書いてもらいました。

これを転換するのは非常に厳しいなと思いつつ、更にその奥にある思いを尋ねてゆくと、ご供養だけにとどまらず、GLAの行に様々取り組んでいるけれども、何をやっても変わらないという思いが強くあることを教えてくれました。

真面目にずーっと続けることはできるけれども続けても現実は変わらない、報われないという思いが強くあったことが見えてきました。

煩悩地図で受発色を探してゆくと。苦・衰退の「卑屈」→「愚痴」→「虚無」の繰り返しになっていました。

そこから、更に未来に思いをはせるシートに取り組んでいったのですが、本当はJ姉ちゃんに八ヶ岳に来てほしいという願いがあることが明確になりました。

その上で、「素直」→「懸命」に転換し、「自信が持てないとき」の祈りを深めてゆきました。

祈りの最後の部分に次のような一節がありました

「この事態に
この現実に
神の光を注いでください。
その智慧と力に
わたくし自身を委ねることができますように。」

新祈りのみち 112P

母は、この部分は意味がわからないと言っていました。

母の信仰にとって、きっとなにか大切な意味があるんだろうなと思いつつ、一旦取り組みを終えました。

J姉ちゃんは私にも不満があり、母にとっても「何でかは分からない」ということだったので、この状態で、J姉ちゃんに八ヶ岳に来てもらうことは難しそうなので、あまり無理はしないようにしようと話し合い、J姉ちゃんの家に移動しました。

J姉ちゃんとの思いがけない出会いの深まり

J姉ちゃんの家に行くと、以前ご供養させていただいた旦那さんの写真なども飾られていました。

ご供養させていただいたこともあって、叔父さんも光の世界に帰られたんだろうなと思いつつ、J姉ちゃんの近況を聞かせていただきました。

聞いていると、自然と「2つの扉」につながる部分があり、持参したご本の『2つの扉』の内容に触れつつ、私自身の実践の話もさせていただきました。

家の近くにある八幡神社が、佐賀の乱の鎮魂のために建てられていたことが最近わかったこと。そして、私自身が会社で様々理不尽な目に遭い、怒りに飲まれていたこともあったけれども、それは佐賀の乱で無念な思いを抱えて亡くなっていった志士たちの思いも引き継いでいたんじゃないかと感じたこと。

そして、GLAでの学びを通して、恨みが浄化されてきた時に、問題を解決する道が開かれることを、自然に話すことができました。

その流れの中で、今日祖母のご供養に行ってきたことや、八ヶ岳の奉納に行くことを話すと、叔母の方から「私も八ヶ岳に行きたい」と言いました。

全く想定していなかったので、本当にびっくりしたのですが、実は宿と飛行機のチケットに余裕があることをお伝えしました。

料金は自分で出すと言われていたのですが、ご招待させていただきたいとこちらからお願いしました。叔母が八ヶ岳の奉納に行っていただけるのは本当にうれしいです。

母も、これまでの関わりの未熟への後悔を叔母にお伝えし、思いがけず、再結の出会いになってゆきました。

神理による光転の隈取り

帰りの車中で、叔母との出会いを振り返ったのですが、姉は涙が出るくらい感動したと言っていました。

何に感動したのか聞いてみると、母が事前に神理実践シートで書いていたことが本当に現実化したことに感動したと言っていました。

自分もそこまで、母のシートの取り組みと、現実の転換をつなげていたわけではなかったので、姉は神理で隈取るセンスがあるなあと、ちょっとびっくりしました。

一方で母の方は、事前に取り組んだシートの内容と、叔母が来てくれることは、全くつながっていませんでした。

母は、GLAで学んでも、全然変わらないと言っていたのですが、まさに今回のようなことが起きていて、本当はたくさんの発見や転換が起こっているのに、そのことを掴む力が弱いために、学んでも変わらないと思っていることが多いんじゃないかと伝えると、納得してくれているようでした。

父方の親族との八ヶ岳に向かうための準備の進展

夕方には父方の叔父のK叔父ちゃんと、Fさんと出会いをいただきました。

G.NaviというGLAのオリジナルアプリに、八ヶ岳での奉納の流れについて説明した映像があるので見ていただき、当日のイメージを明確にしていただきました。

また、前日の観光で行きたいところも教えていただき、松本城と信州のお蕎麦、そしてアップルパイなどのオファーをいただきました。最近、絵にはまっているので、美術館も行ってみたいということでした。

自分にとっては従兄弟にあたる、K叔父ちゃんの息子さんは、昔はよく一緒にゲームをして遊んだりしていました。

今は東京にいらっしゃるので、もし都合が付くようだったら来れるといいですねといって声をかけてもらうことになりました。

こうしてご懸案だった供養に向けての準備を、具体的にすすめることができました。

みなさんにとって忘れられない、思い出に残る旅となるように、これから準備を具体的にさせていただきます。

母の功徳シート提出の同伴

年度末で、GGPの功徳の意識化の提出時期でもあったので、翌日の午前中の時間を使って、一緒にシートに取り組むことにしました。

前日取り組んだ、神理実践シートの2枚を清書し、次に智慧の言葉の抽出に取り組みました。

苦・衰退の卑屈-愚痴-虚無の繰り返しをずっとしてきた母にとって

「この事態に
この現実に
神の光をそそいでください。
その智慧と力に
わたくし自身を委ねることができますように。」

と智慧の言葉を定め、出会いに向かった時に、願っていた親族への伝道に道がついたことは本当に大きかったんじゃないかな?と思い、これが智慧の言葉となりました。

私にとっての智慧の言葉の追加

帰りの飛行機の中で、今回の出会いを振り返ったのですが、母が智慧の言葉を設定した「自信が持てないとき」の祈りの中に次のような一節がありました。

『人が抱える苦しみでも、職場が抱える問題でも、地域や社会が囲う困難でも、その道を開くのは、その人であってその人ではなく、自分であって自分ではありません。
もちろん、その事態を引き受ける自らの覚悟は何にも増して大切です。その事態に取り組む努力も大切です。
けれども、それでも常に、道は「開かれる」ものなのです。』

新祈りのみち 110P

と書かれていました。

ここ最近、会社のプロジェクトにおいても、GLAのプロジェクトにおいても、また今回のご供養の取り組みもそうですが、もうどうすることもできないと諦めていた事態に対して、自然と「道が開かれる」ような事が続いていました。

それまでの、自分の力でなんとか道をこじ開けようとして、道が開かずに、ニヒリズムに飲まれ続けてきた状態からすると、想定外に、急に周りから必要とされるようになることが多く、狐につままれたような状態になっていました。

しかし、この祈りに書いてくださっているように、「本当の自信」につながるような気持ちに導かれ、心の変化が現実の変化になっていたことに気づかせていただきました。

ただ、母が神様を信じられていなかったことは、私にも同じ弱点があり、試練があるとすぐに不信感のニヒリズムに引き戻されてしまいます。

ご供養の時に、祖母がすべてが必然としてつながる世界にいらっしゃると感じたのですが、不信感故に、自分にはまだまだ見えない世界があるんじゃないかなと思いました。

なので、私もこの言葉を智慧の言葉として追加させていただいて、神様を信じ、その智慧と力に私自身を委ねる生き方に向かってゆきたい、最終的に以下のような転換のヴィジョンを描かせていただきました。

もらう幸せ、できる幸せ、あげる幸せへ

母の功徳も意識化できたし、良かったなと感じていたのですが、このブログ記事を取り組んでいて仕事とプロジェクトで試練がありました。

いずれも快・暴流への呼びかけだったのですが、技術を持ってない人への不満があり、神理実践シートで呼びかけを受け止めていった時に、私自身が様々な技術を身に着けているのは、非常に恵まれた環境や、技術を教えてくださる人との出会いを、たくさん与えられ続けてきたことが見えてきました。

思い返すと、GLAの歩みもそうですが、プロジェクトの試練にしても、仕事での試練にしても、神理実践を深める機会を与え続けて頂いてきたことが見えてきました。このブログも非常に大きいと感じています。

母に対して、こんなに素晴らしい神理の学びに対して何で否定的なことばっかり言うんだろうと思っていたのですが、自分とは蓄積してきたことが全く違っていて、母がなかなか学びが深まらない状況を、全くわかろうとしてこなかった後悔が深まりました。

改めて、自分自身の「できる」を追求することから、頂いた恩恵をお返しし、世界のために「できる」を使っていただく転換が必要だと思いました。

たまたま、GLAのある先輩から2008年のGGPのご講義で、先生が「もらう幸せ、できる幸せ、あげる幸せ」をお話くださった時のメモを共有いただいており、そのメモを見ながら気づきが深まっている部分も大きいのですが、「できる幸せ」を超えて「あげる幸せ」へと向かってまいります。

今年頂いた神理カードは「太陽の心」なのですが、改めてぴったりだなと感じました。

2 thoughts on “2022春季特別供養 すべてが必然としてつながった世界への托身へ”

  1. 頑張ってる人が自分の中に卑屈→愚痴→虚無と言うトライアングルがあるなんてとても気づきにくいことだと思います。家族みんなでシートに取り組んでる姿そのものが「素直→懸命」だと思いました。私のつぶやき「誰かが何とかしてくれる」も実は「自分には出来るはずがない」と卑屈が根底にあって諦めという虚無に落ちてるのかもしれません。快衰なのに苦衰お知らせカードがくる意味が解りました。

    1. Junjinoさん、苦・衰退発見されたんですね。それはとっても大きな発見になりそうですね。
      私も、歪曲-独尊-孤立の更に奥に、卑屈-愚痴があり、嫉妬心があったことが見えてきたのを、今回書きました。
      もしかすると、Junjinoさんにとっても、さらなる発見につながるかもしれないですね。

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