Contents
合同セミナー神様ポストでの林平さんへのお手紙
合同セミナーに参加した際に、神様ポストにお手紙を書かせていただきました。
祖父の林平さんは、物心つく頃には半身不随になられており、話をした記憶などほとんどありませんでした。
そのこともあって、少し遠くに感じている部分もあったのですが、お手紙を書いて、特別供養をさせていただくことを伝えし、きっと歓んでくださるんじゃないかなと感じるようになりました。
3人での特別供養の取り組み
今回の供養は、姉の治療のため母も一緒に暮らしており、母と姉と毎日深め続けることになりました。
これまでは個人で深めて、ご供養の直前に帰省して色々と話を聞いてきたのですが、長期間にわたってずっと家族で深め続けたのは、初めての体験だったんじゃないかと思います。
また今回は初めて、お写真をきちんと飾ることにもチャレンジしてみました。ご供養する3人の御霊を写真立てに入れて、朝の祈りの時間は、写真を目の前に置いて一緒に祈るようにしました。
3人とは、祖父の林平さんと、曽祖父の廣吉さん、曽祖母のリヲさんです。
祈りの後で、母が思い出したことを様々話してくれるようになり、少しずつ事実が明らかになってゆきました。
林平さんが巻き込まれた兄弟間の争いの明確化
林平さんの兄である、長男の定さんは台湾に行かれていたことは聞いていました。
ただ、お店を継ぐ権利があったのになんでわざわざ台湾に行かれたのかはわからなかったのですが、定さんの奥さんと姑のリヲさんとの間で嫁姑の対立があり、台湾に行かれたことがわかってきました。
戦争が終わって、定さんは日本に戻り、警察官になられたのですが、犯人を取り逃す不祥事があり、警察官を辞めることになったそうです。
定さんがいなくなったので、林平さんは仕方なく、商売を継ぐことになったのですが、あまりやる気がなく、リヲさんとぶつかっていたそうです。
警察を辞めた定さんは、改めて商売を始めようとされており、リヲさんも剣道で佐賀で優勝するくらい能力のある定さんに働いてもらおうとしていたそうです。
しかし、あまりやる気がなかったとはいえ、既に商売を始めていた林平さんの家族を守るために、廣吉さんは定さんが商売を始めることを許さなかったそうです。
思い通りにならない現実を前にして、定さんがリヲさんに暴力を振るわれたこともあったらしいのですが、定さんは自暴自棄になり、泥酔して交通事故で亡くなられました。
林平さんも一連の事件の渦中で大変辛い思いをされたようで、自殺未遂をされ、母はずっと寝込んでいる林平さんの側にいたことを覚えているそうです。
その後林平さんは、脳梗塞となり、半身不随になられます。

祖父から母、私へと引き継がれていった苦しみの連鎖
私がよく覚えているのは、半身不随で歩くのもやっとで、言葉も話すことができず、家族からの理不尽な仕打ちに対して憤っている姿でした。
その後、さらに不幸は加速してゆくことになるのですが、商売を継ぐことになった、母の姉の旦那さんのギャンブルと家庭内暴力によって商売は傾いてゆき、最終的に全ての事業は辞めることになってゆきました。
母はそのような厳しい環境の中で、林平さんから折檻を受け、姉の旦那さんにも傷つけられ、痛みを抱えることになりました。
そのような背景があって、私も幼い頃から、母親から折檻を受け、自己不信、他者不信、世界不信の極みへと追い詰められてゆくことになりました・・・。
今回のご供養を通して、初めてわかったことが様々あったのですが、祖父の林平さんも本当に重い宿命の中で、心も体もがんじがらめの状態で、苦しんでいたことを深く引き寄せることになりました。
ご供養期間の心と体の苦しみ
ご供養当日まで、林平さんの人生を引き寄せていったのですが、私自身も苦しい出来事が重なる期間となりました。
体にはアトピー性皮膚炎のような発疹に苛まれて、肉体的にも苦しく、精神的にも心が押し潰されるような感覚があり、耐えるしかないけど、光が見えない状態がずっと続いていました。
姉の抗がん剤治療の辛さが伝わってきているのか、または祖父の苦しみが伝わって来ているのか、原因は定かにはわからなかったのですが、苦しい状態が続いていました。
以前も、ご供養の前に苦しくなったことがあり、ご供養が終わるとすっきりとその症状がなくなった経験があり、今回も同じようになるんじゃないかなと予想しつつ、取り組みを深めてゆきました。
ご供養登録不備の問題発生
今回、比較的に早くご供養の取り組みは進めていたのですが、なかなか同伴者の方から連絡が来ない問題が発生しました。
私はお世話プロジェクトの働きの一環として、供養の同伴の働きもさせていただいたのですが、同伴しているS君の手続きのために本部に連絡をする機会があり、ついでに同伴者から連絡が来ていないことを伝えたところ、手違いがあって私の登録がされていなかったことがわかりました。
結果として、改めて登録して頂いて、3名のご供養ができることになりました。
それまで、重すぎる重荷を1人で背負っているような感覚があったのですが、登録が終わってからは、ご一緒に支えてくださる方がいらっしゃるような感じがして、気持ち的に随分楽になりました。
きっと特別供養として、登録させていただくということは、先祖の重い宿命の重圧を、先生、神様、光の天使、そして共同体の同伴者の方もご一緒に背負ってくださることになるんじゃないかな?と感じました。
そういえば、私も同伴の働きをさせていただいている最中は、同伴する方や、ご供養される方に光を送らせていただき、重さを感じることがありました。
稲穂の心の深まりによる助力者との出会い
また、もしSくんの件で連絡をしていなかったら、私の供養はできていなかったのかもしれないなと思いました。
そういえば、今回かけ橋セミナーに行けるようになったのも、かつてお世話をしていた青年が誘ってくれたお陰で参加できるようになりました。
また姉の治療においても、かつてお世話していた青年が、今は立派なお医者さんになられて助けてもらっており、助けてもらう側になることが色々と続いています。
かつてはお世話をしていて疲弊してしまっていたのですが、稲穂の心の菩提心の深まりと呼応するように、お返ししてもらうことが増えてきており、さらに頂いた功徳をお返しする光転循環が起こってゆくように感じました。
特別供養の場の中でもたらされた林平さんとの邂逅
ご供養の数日前にGLAの体制も整えられてゆき、同伴者の方との出会いも深めてゆきました。
そして、いよいよご供養の当日となり、総合本館に姉と、母と一緒に向かいました。
改めて、先生、神様の御光が祖父、曽祖父、曽祖母に届き、癒されることを願いつつ、聖堂に向かいました。
特別供養の場で放映される先生の祈りによって、あの世とこの世を繋いでくださったように感じたのですが、林平さんが3Dで立体的な感じで、キラキラ輝いて目の前にいらっしゃったように感じました。
2組の対話をお受けした後で、しばし御霊との出会いの時となり、林平さんへと思いを馳せてゆきました。
すると、林平さんが強烈に後悔されている気持ちが伝わってきました。
天使の同伴によって導かれた深い慙愧の念
両親の願いを受けとめて、誠実に応えることができていたら、ここまで様々な苦しみが生まれることもなかったんじゃないか・・・。
両親とのぶつかり、兄弟との衝突、そのストレスを子どもたちにぶつけてしまったこと、その結果生み出されてしまった様々な苦しみの連鎖。
心と現実のつながりがさーっと見えてきて、ここまでのたくさんの苦しみを生み出すことになってしまった後悔と、もし怒りを浄化し、変わることができていたら、どれだけの幸せな現実を生み出すことができていたんだろう、その2つの結果を見せて頂いて、深く後悔されている気持ちが伝わってきました。
床に頭をつけるようにして、泣き崩れられている様子が伝わってきました。
林平さんの後悔が深まるのと同時に、自分の中の組織と捻れているような気持ちが解除されていくような感じがしました。
高橋先生から実践報告を頂いた時に、「上の人と捻れ続けた人生でした」と隈取っていただいたことがあったのですが、何か言われたことを素直に聞きたくないような、捻れたような気持ちがくすぶるように存在し続けてきていたのですが、それがなくなってゆきました。
もしかすると、これで組織との捻れの原因が自然となくなって、再結へと導かれるのかもしれないと思いました。
翌朝伝わってきた光の宮殿のイメージ
翌朝、朝起きる時に、光の宮殿のようなイメージが伝わってきました。暖かい、クリーム色の光に包まれているような感じがしたのですが、林平さんが光の世界にきっと帰ることができたんだろうなと感じました。
その後、母とさらに昔の話を教えてもらったのですが、林平さんがかなり短気で、癇癪を起こしてものに当たって、蹴ったり、叩いたりしていたことがわかりました。
林平さんが光の世界につながってよかったという安堵の気持ちは、その後しばらく続くことになり、本当に大きな癒しがもたらされたんだろうなと改めて感じました。

特別供養を通してもたらされた職場での再結の歩み
祖父の怒りや、恨みが浄化されて、光の世界に帰られたことは、なんとなく仕事の人間関係も変わってくるんじゃないかな?という予感はありました。
自分の中に、どこか組織に対して反発するような気持ちがあり、1人でも生き残って行けるように自分の力を磨いてきたという経緯がありました。
会社の創業者がどちらかというとそのような生き方を推奨されており、「松明は自らの手で」という言葉や、ある程度年齢を重ねたら、会社を卒業して、世の中で活躍してほしいと言われており、それに共感している部分もありました。
ただ、それとは別に、会社に対してなんとなく反発するような気持ちもあったのですが、組織とのねじれの象徴であった祖父が癒やされたことによって、自分と会社とのねじれも解消されていくんじゃないかなという予感がありました。
実際に会社に行くと、明らかな変化が早速感じられました。
どうにもならない嫌悪感の浄化
私の席の隣のTさんは、一緒に仕事をする仲間で、プロジェクトを成功に導くための大切な同志ではあるのですが、話しているときは問題ないのに、じっと黙ってそれぞれ仕事をしている時に、嫌悪感が出てくることがよくありました。
振り返ると、自分でもよく理由がわからずに、嫌悪感が溢れてくることはよくあり、昔はそのことにかなりのエネルギーを吸い取られて、内なる激しい葛藤がありました。
『新 祈りのみち』の「嫌悪するとき」は、何百回と読んできていました。
最近は、そこまでひどい状態は無くなってきてはいたのですが、でも自分では嫌悪感をどうすることもできないので、あまり気にしないようにしていました。
その自分ではどうにもできなかった嫌悪感が無くなってしまって、ストレスをほとんど感じない状態になっていることに気づきました。
その後、家での家族との関わりでも、いつもあった、苛立ちや、反発心、嫌悪感がかなり小さくなっていることに後で気づきました。
「稲穂の心」の菩提心による転換
その後、テーマに関する会議が持たれたのですが、それぞれの部署間の利害がぶつかり合い、主張がぶつかり合う場面もあったのですが、普段だったらよく出てくる、「わかってくれない」という思いがあまり無くなっていました。
同時にこの期間、私自身がいかに快・暴流で自分の意見を無理に通そうとしていたことに気づき、「あ、、また欲得の心になっているな」と気づいたら、「稲穂の心」の御守に思いを馳せ、「稲穂の心、稲穂の心」と念じるようにしていました。
この会議の時も、「自分の意見を通そうとしている」と気づいた瞬間があり、そこから「稲穂の心」を念じてゆくと、意見の衝突が起きていた部分が沈静化してゆき、大きな方向転換へとスムーズに導かれてゆきました。
この変化が、どのような未来につながるのかは分かりませんが、改めて3つの「ち」の「血」に無自覚に従っている部分がかなり大きく、しかし特別供養を通して先祖の魂が癒され、光の世界に帰られることによって、生きている私たちにも大きな影響があるんだろうなと実感しました。
心のブラックボックスになっていた部分に光が当たり、ホワイトボックス化してゆくことによって、その束縛から自由になり、闇から光へと導かれてゆくことを実感させていただきました。
恨みの浄化によって開かれる未来へ
あれから半年程経過しました。仕事のテーマは奇跡的に問題の解決へと導かれ、完了することができました。
そして、組織を超えた共創の輪が次々に広がってきています。
また自分の中にあった、会社への恨みの思いがすっきりとなくなってしまいました。
半年前のご供養のことはすっかり忘れており、「稲穂の心」の菩提心チャレンジが大きかったんだなと思っていたのですが、ご供養での林平さんの救いも、大変に大きかったことが改めて実感されました。
そして、恨みの浄化によって、四半世紀に及ぶ今の会社での修行が終わり、次なるフィールドにチャレンジすることが呼びかけられているように感じられてきました。
更なる神様の青写真具現へと向かって参ります。