2017夏期特別御供養 使命を果たしたお爺ちゃんからのバトン

豊心大学に母が参加させて頂いて、御供養の大切さを実感したようで、8月の特別御供養に、母が自主的に申し込んでくれていました。

一通り、亡くなられた親族は取り組ませて頂いてはいたのですが、今回は、5年ほど前に取り組んだ、母方のお爺さんに再度取り組ませて頂くことにしました。

御供養に向けての行への取り組み

GLAの会員向けのブックレットシリーズの中に、御供養についてまとめられた本があり、40日間の行に取り組むことが書かれていました。

特別御供養において、この本に書かれた内容を事前に取り組むようには求められてはいないのですが、私は自主的に40日の行に取り組んで、特別御供養に参加してきました。

そのため、8月の特別御供養に向けて、7月の上旬から40日間の行に入りました。

朝、菩提心発掘の書写行(GLA HP参照)に取り組んでいるのですが、引き続き御供養の祈りを読ませて頂いて、信次先生、佳子先生からの御光が、お爺さんの魂に届きますようにと、祈らせて頂きました。

また、今回はお爺さんと一緒に、劇で演じることになった「モーシュ」というユダヤ人にも光を送らせて頂きました。

実家での日蓮宗の御供養への参加と特別御供養の分かち合い

今年のお盆期間は、劇の深めのために欧州への旅を計画していたため、九州には丸一日しかいられない中での帰省となりました。

最初に、親戚の家に行ったのですが、お坊さんが来て下さって、日蓮宗の御供養をして下さいました。

昔のお葬式よりは改善されており、漢文だけではなくて、ひらがなも入っているお経を全員に手渡されて、皆で一緒に声を出して読むことになりました。

お坊さんは、殆どお経の中身については触れられず、犬の話題をして帰られました。

私自身、かつて仏教高校で仏教の授業を受け、お坊さんのアルバイトをしていたことがあり、お経についても理解しようと努力したことがあったのですが、漢文の解説書を前にして全く理解できずに諦めていしまいました。

お坊さんも仏教を伝える立場にありながら、二千五百年前のブッダの心が分からず、葛藤されているんじゃないかなと感じました。

その後GLAに入会し、高橋先生から仏教のエッセンスを分かりやすく現代の言葉で教えて頂き、具体的な日々の実践として取り組めるように、様々な教材を開発して頂きました。取り組む中で、神理の理論を体験として理解できるようになり、現実が光転するという結果まで頂くようになってきました。

改めて、正師に出会えていることがいかに奇跡的なことであるのかを深めさせて頂きました。

お経の中に、先生がお説き下さっている神理につながる部分がいくつかあったのですが、十如是についても書かれていました。

そこで、お坊さんが帰られた後で、親族に対して因縁果報の曼荼羅を取り出して、十如是とはどのような神理であり、どのように実践できるのか説明させて頂きました。

その流れの中で、今回はお爺さんの特別御供養にGLAで取り組むことをお伝えすると、思いのほか親身に聞いて下さり、「ありがとう」と言われました。親族との見えないつながりの中で、御供養に取り組んでいることを感じました。

お爺さんと一緒に神理実践報告の反芻への取り組み

翌朝、朝早く起きてしまったのですが、折角なので自分自身の実践報告をお受けすることにしました。

数年ぶりに見返すことになったのですが、見る前に、御供養の祈りを読んで、お爺さんにも声を掛けて一緒に享けさせて頂きました。

先生は、私自身が吸い込んだ3つの「ち」(GLA HP参照)の、特に親族から流れ込んできた「血」について話して下さったのですが、お爺さんから流れ込んできた「血」についても改めて意識化することになりました。

実践報告は、引き受けた痛み故に、痛みを抱える方々への共苦共悲の心が引き出され、最後に「同伴者として生きる」という魂の願いにつながっていくのですが、人生の初期に引き受けた様々な痛みも、魂としての必然があったことに改めて気づかされました。

御供養の前の同伴者との出会い

GLA九州本部に到着すると、同伴者の方との出会いを頂きました。

これまでも、同伴者の方から母に問いかけて頂くことを通して、GLAの学びの場への参入につながったり、親族の伝道につながったりと、様々にありがたい出会いを頂いてきました。

今回も、お爺さんの長男が、自暴自棄になって泥酔してしまい、交通事故で亡くなられていたことなどが、母の口から語られることになりました。

普段は、そのような親族の深い痛みの話しなどなかなかできないのですが、同伴者の方に引き出して頂くことを通して、改めて3つの「ち」がハッキリと見えてきました。

「お爺さんは使命を果たされましたよ」という司祭からの言葉

同伴者の方との出会いを通して、御供養への願いを認めた後で、司祭の方との出会いがありました。

司祭からは、「お爺さんは使命を果たされましたよ」と言葉をかけて頂きました。

あまりにも思いがけない言葉だったので、受けとめきれずに聞き流しているような状態となりました。

「孫は目に入れても痛くないくらい、かわいいもんですよ」とも言われました。

私は、父方と母方、両方の祖父母から、大切にしてもらったという記憶は殆どないため、この言葉も聞き流してしまっていました。

今思うと、他の従姉妹とかは、七五三など、折々にお祝いをしてもらったりしていましたが、私も姉も、一度もお祝いしてもらったことはありませんでした。

司祭との対話が終わってから、再び同伴者の方との出会いがありました。

同伴者の方は司祭の言葉に感動されていて「お爺さんは使命を果たされたって言われていましたね」、「お爺さんにとって、お孫さんは目に入れても痛くないほど可愛いって言われていましたね」と話して下さいました。

そのように改めて問いかけられて、「講師の方が、いい加減な発言されているとも思えないし、どんな意味があるんだろう・・・?」という疑問を抱えつつ、御供養の場に入っていきました。

先生の御供養の場への参入

まず、最初に司祭の方が、今回御供養する御魂の名前を、一人一人読み上げて下さったのですが、お爺さんの名前を呼んで頂くと、本当にこの場に、お爺さんの魂が呼び出されたように感じました。

その後、先生の特別御供養の祈りをお享けし、異言による祈りをお享けしました。それまで何か圧迫を受けていた部分があったのですが、肉体にかかっていたプレッシャーが開放されて、場に集中できるようになっていきました・・・。

先生が3組の方と、対話されるのをお聞きしていったのですが、先生は御魂がこの特別御供養の場に呼び出されて、どのような気づき、発見があったのかをずっと話して下さいました。

GLAのHPにその時の記事が書かれています。

Special kuyo

圧倒的な光の場の中で、様々な菩薩様にご指導を頂いて気づき発見が深まっていった話しなどして下さったのですが、お爺さんにも同じような体験が起こっていたようで、お爺さんの感謝の気持ちが言葉を超えて伝わってきていました。

何か分からないけれども、涙がずっと溢れてやまなくなってしまったのですが、光の世界の中で、お爺さんとこれまで御供養させて頂いた、お婆さんや、親戚や従姉妹の魂も皆さんがこの場に来られていて、光の世界の中で一つになられていました。

涙が溢れてやまなかったことの意味も少しずつ分かっていったのですが、お爺さんの状態と、自分の状態が一つになっていたようで、先生、神様への深い感謝の思いが溢れて止まらなくなっていたんだと思います。

ただ、自分でも何で涙が溢れてくるのか、何に感動しているのか、はっきりと掴めないまま、終了後の写真撮影、そして同伴者の方との再度の出会いの場に向かいました。

「使命を果たしましたよ」に込められた意味の開示

写真撮影が終わった後で、お茶を頂きながら同伴者の方と感想を分かち合うことになりました。

最初に母が、感想を聞かれたのですが、なかなか自分の気持ちを言葉にするのは難しかったようです。

次に姉も感想を聞かれたのですが、姉はこれまで何度も参加していて、初めて、目をつぶっても光の中に居ることを感じたようで、手がずっと熱くなっていたことを話してくれました。

姉は今回、事前に御供養の祈りに取り組むことができたようで、気持ちが深まった分、体験を深められたように感じました。

その後、母がインタビューに呼ばれて席を外したので、私の気持ちも話すことになりました。

最初に、司祭が話して下さった、「お爺さんは使命を果たされましたよ」ということが御供養の場の中で、分かってきたことをお伝えすることになりました。

御供養の場の中では魂としての体験が先にもたらされていて、それがどのような意味があるのか、心で翻訳することができていなかったのですが、感想を問われる中で、言葉として理解できたんだと思います・・・。

供養をお受けしていて、お爺さんからの「血」の流れを引き受けることは、私自身の魂願成就、カルマ超克の歩みにとって必要な条件であったこと、それは約束であったことがつながっていきました。

更に、生まれてくる前からの私自身の魂の思いが溢れてきました。

生まれてくる前から、母や親族の痛みを実在界からずっと見ていたこと、かわいそう、何とかしてあげたい、先生神様におつなぎして救って差し上げたい。そのような思いが溢れてきてしまいました。

先生とお会いできる、かけがえのないこの一転生にかけた、特別な願いがあったことが紐解かれたように感じました。

御供養後に返却頂いた写真、表情が穏やかに変わってしまったように感じました。
Grand Pa

御供養の旅を経て、欧州の旅への願い

御供養を通して、生まれる前から癒されることを願っていた親族の痛みが、先生、神様の心に触れて癒されていったこと・・・、それは、今年の劇で演じさせて頂いたお役ともダイレクトに繋がっていくように感じました。

九州に滞在したのは、丸一日時間だけで、翌日からは欧州への旅に出かけていく計画をお盆休みに立てていました。

癒された心で、今回の旅に托された使命に応えていきたい・・・、そのような願いを抱いて、福岡の地を後にしました。

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