2020総合新年祈りの集い 「歓びを伝えよう」SNSでの拡散へ

年末のGLA総合新年祈りの集いにおいても、GLA合唱団の働きを担うことになりました。

昨年に引き続いて、今回もSNS拡散OKの許可を頂きました!
丁度このブログも、Facebook、Twitterに加えて、Line、はてなブックマークのボタンつけたので、よろしかったらこの記事の拡散お願いいたします。

この結果に到ったプロセスと、その後に頂いた功徳を分かち合わせていただきます。

厳しい試練からの練習スタート

年末のギリギリに、名古屋で開催される総合新年祈りの集いで、急遽歌うことが分かったのですが、本部で担っているプロジェクトをどうしても抜けることができず、本番まで2回しかない練習の1回しか出ることができなくなってしまいました。

本番の2日前、12/29の練習に、感謝の集い以降、久しぶりに参加すると、お正月に名古屋での開催という条件もあり、参加できる人は半分以下となっていました。

実際に歌ってみると、感謝の集いでレベルが上がった時と比べると、かなり水準が落ちており、人数的にも練習時間的にも厳しい状態からスタートすることになりました。

先生が起こしてくださったGLA50周年の内なる結実

今年は早めに年賀状を終えることができたこともあり、12/30 に中京本部に行き、2019年の最後の研修を受けしました。

後半のプログラムは、先生のご指導をお受けできたのですが、GLA50周年となった2019年に、先生がどのようにお導きくださったのか、その全貌をお話しくださったように感じました。

それまで、GLA50周年のプロジェクトに、劇や合唱など、参加してきてはいたのですが、GLA50周年と自分自身はそれほどつながっていませんでした。

しかし、改めて先生がどのようにこの一年を通して神理をお説きくださっていたのか、一つ一つお聞きする中で、その神理によって、たくさんの気付き、発見、転換をいただいていたことが思い出されてゆきました。

豊心大学セミナーで頂いた、ユニバース体験・・・、劇の馬の試練を通していただいた内なる葛藤・・・、その体験一つ一つと、お説きくださった神理が全部つながっていきました。

そして、GLA50周年は、外に象徴のようにあったのではなく、自分の心の中に50周年の結実が起こるように、先生がずっと導いてくださっており、奇蹟のような体験へと導かれていたことが感じられてきました。

名もなき、弟子の1人ひとりの内界に、GLA50周年の結実が起こるように、先生が導いてくださっていたことが感じられて、先生はここまでしてくださるのかと感謝の思いでいっぱいになりました。

そして、是非いただいた恩恵にお応えしていこうという願いを深め、翌日の合唱の本番に向かうことになりました。

バスの音が一つにならない葛藤と波動戦争

あっという間に、合唱の当日となったのですが、吹き抜けのホールに立ってのシミュレーションを行ないました。

バスはたった3名しかいなかったのですが、歌ってみると、隣のKさんの声までしか聞こえませんでした。

練習が終わった後で、Yさんの声が聞こえなかったと伝えたところ、ちょっと気分を害されてしまい、波動戦争が起こってしまいました。

「しまった」と思いつつ、みんなで声を合わせて一つになって歌いたい願いがあることをわかち合いました。

今回はソロで歌われるIさんにもアドバイスを頂きながら、切磋琢磨を深めていったのですが、実は、もう一人のKさんにとってもこの話し合いが大きかったようで、それまで自分1人で歌おうとされていたらしいのですが、3人で心を合わせて音を合わせることの大切さに気づかれたということでした。

バスが揃った時にもたらされた貴重な響働体験

この打ち合わせの後で、再度練習してみると、3人の心が一つになり、歌声も揃ってゆきました。それまで、低い音がなかなか出せない状況もあったのですが、3人が揃うと、低い音も楽に出せるようになりました。

また、バラバラな気持ちで歌っている時は、時々声がかすれて出なくなることがあり、「声が出なかったらどうしよう」という不安もあったのですが、お互いに支え合って歌えるようになると、「もし自分が失敗しても、皆が支えてくれている」という安心感をもって歌えるようになりました。

3人が心を合わせることで全く変わってしまうことを、皆で実感し、直前まで波動戦争していたのが嘘のように、歓びをもって歌えるようになりました。

さらに練習を続けると、バスの音が整うのと響き合うように、他のパートの音が、ピタッ、ピタッとしかるべき音にハマっていくような感じがしました。

「何が起こっているんだろう?よくわからないけど凄いなあ」と思って歌っていたのですが、練習の後で、指揮をしてくださっているTLミュージックのHさんが、何か変化があったか問いかけてくださいました。

それで、バスが揃った時に、他のパートにも影響を与えていったように感じたことを伝えると、「それは貴重な体験だよ」とアドバイスをくださいました。

「貴重な体験ってどうゆうことなんだろう?」と深めていったのですが、小さい範囲で起こった3人のバスの響働が、合唱団全体にも影響を与え、大きな響働につながって、全体が変わっていく体験をいただいたように感じました。そのことがわかった時に、自分の中にあった、「どうせ世界は変えられない」というニヒリズムが砕かれていくように感じました。

合唱本番の響働体験 そしてSNSでの拡散へ

そして、いよいよ合唱の本番となったのですが、なんと2度も先生の御前で歌わせていただくことになりました。

プログラム開始前に先生が参加者の方と来られた時に歌わせていただき、その後、年初の先生の挨拶の後に、寿ぎの場で合唱させていたくこととなったのです 。

冒頭の映像は2回目の映像です。

1回目は直前まで練習して歌ったので、かなり気合が入っていたのですが、2回目は先生のお話をお聞きして、そのまま練習なしで歌ったので、普通だとパワーが落ちると思うのですが、2回目の方がパワーが出るという不思議な体験を頂きました。

この時の映像は、私は聴くたびに度に感動するのですが、神様の御心につながる合唱へと導かれたのかなと思いました。

終了後に、指揮者のTLミュージックの先輩とも次の次元に行くことができた歓びを分かち合わせて頂きました。

表層流の奥の底流に隠されていた魂の願い

終了後、お正月は名古屋から実家の佐賀に帰ったのですが、合唱についての様々な反響をいただくことになりました。

そのやり取りの中で、坂本龍一さんとある音楽の講師との対談に出てきたバッハの言葉を教えて頂きました。

『「通奏低音の究極の目的は、あらゆる音楽と同様、神の栄光と魂の再生である。これが守られていないところでは、真の音楽は存在せず、ただ阿鼻叫喚あるのみ。―バッハ」

オルガン奏者として教会で演奏したバッハは、マタイ受難曲をはじめパイプオルガンの低音を活かした宗教音楽を数多く手がけた。この曲ではオルガンの低音パートが十字架を背負うイエスとともに歩む信者たちの足取りを表現しているといわれている。

バッハのアンサンブルは実は一番目立たない低音の人が全体を支え、しかし一番全体をリードしなくてはならない。

バッハの時代、現代のオーケストラのように演奏者の前に立つ指揮者がいなかった。自らが演奏するオルガンやチェンバロの音で全体をリードした。』

このような記事を教えて頂いたのですが、バスが通奏低音を担っており、全体をリードする働きがあるというバッハの考えを、初めて知りました。

そして、昨年の先生講演会やご講義で、表層流と底流の2つの旋律についてご指導くださっていたことともつながってゆきました。

それまで、バスは一番人数も少なくて、目立たない働きと思っており、また、そもそも何で合唱やっているんだろう?という疑問があったのですが、そこには本当は深い願い・・・、神様の御心、魂の次元を表現する願いがあったのかもしれない・・・。

比較競争で一喜一憂している表層流の奥に、底流としての魂の願いがあることが感じられる、GLA50周年最後の合唱体験を頂くことになりました。

「2020総合新年祈りの集い 「歓びを伝えよう」SNSでの拡散へ」への3件のフィードバック

  1. 「去りし日々を浄めて 湧き上がる願いを 今こそ生きるとき」いよいよ魂文明が始まるんだなと緊張します。
    思わぬトラブルに永遠の生命としての私の欠点がはっきりわかります。対処の仕方もいくつも浮かびます。その中から最善の道を選べるように鍛錬するのが「菩薩への道」だと思います。

    1. 95青年塾セミナーで、魂文明創造とお聞きして、早いもので四半世紀が経ち、年末の感謝の集いでニュー・アトランティスを超えてとご講演を頂いて、こんなことになるとは予想できなかったですね。
      今訪れている試練も、きっと大事な「呼びかけ」ですね。

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