GLA創立50周年 善友の集い GLA合唱団:信仰の原点回帰、そして約束の未来へ

GLA創立50周年の、記念となる善友の集いに向けて、GLA合唱団が発足しました。

今回は、神理劇の駒形屋盂蘭盆会奇譚(こまがたやうらぼんえきたん)のエンディング曲「約束」を、GLA50周年に合わせてリニューアルして頂き、合唱団として歌うことになりました。

「約束」に込められたいのちへのアクセス

「約束」の練習において特徴的だったのは、練習の時に、歌いながらユニバース体験――魂の中心にある、生まれて来るときの神様との約束、先生との永遠の約束、そして、転生の友との約束が思い出されるような体験――をされる方がたくさんいらっしゃったことだと思います。

また、新たな歌詞として「ここに生まれた真実が、今はこんなに確かな礎」という言葉があるのですが、合唱が始まる直前にある研修をお受けしていて、信次先生が作ってくださった土台の上に、佳子先生が誰もが歩める、宿命から使命への悟りの階段をお作りくださったことが、どれほどありえない奇跡であるのか、そしてそれを生み出すことが、どれほど大変な想像を絶するような歩みであったのか、考えさせていただく機会がありました。

そのため、この歌詞を歌わせていただく時も、お二人の師によって導かれた、GLA50周年の歩みへの深い感謝をもって歌わせていただくことになりました。

新たな挑戦としての発声練習

これまで、GLA合唱団ではほとんど発声練習はしてこなかったのですが、今回は、TLミュージックの先輩が、いつもより30分早く来てくださって、発声練習の時間を持ってくださいました。

私は発声は自己流だったので、この10年間、声の出し方にずっと疑問を抱いていたのですが、発声練習を通して、その疑問が氷解していくことになりました。

同時に、これまでよりも楽に、響く音が出せるようになっていきました。

合唱団全体としての音を揃える切磋琢磨

一人ひとりの発声方法が変わっていったのですが、まだまだ揃っていない部分がありました。

声が揃っていないと感じる方に対して、直して欲しいと言いたくなったのですが、拒絶の受信を受容に転換することにエネルギーを注ぎました。

自己の浄化に努めていると、止観シートタイムの後の感想で、久しぶりに参加されたプロの方が、声が全然揃っていないと切磋琢磨をしてくださいました。

ちょうどその日は、音声収録の日だったのですが、まるでその切磋琢磨を引き受けられたように、収録の方も音が揃うまで何度も何度も収録されることになりました。

その結果、全体がこれまでになくきれいに揃っていきました。

相手を変えるのではなく、「私が変わります」と自己変革をしていった時に、助力者が現れて道が開かれていく、小さな神理実践の体験をいただいたように感じました。

同志との更なる切磋琢

また、今回の練習においては、ペアになってそれぞれ歌った後で、お互いの切磋琢磨をする機会が多くあったのですが、相手の方の未熟を指摘させていただきながら、自分も同じようにやっているなあと感じることがありました。

声の出し方一つとっても、省エネで楽に生きることを選択し続けていることが意識化され、一瞬一瞬にエネルギーを込めた生き方に挑戦することになりました。

同伴を通しての自らの傲慢の発見

歌詞のいのちを深め、技術の鍛錬も重ねていったのですが、いよいよ合唱の本番が迫ってきました。

今回は、会場の都合があり、善友の集いの前日も、浅草での練習となり、練習後も出会いの時間を取れることになりました。

練習の中で、切磋琢磨を更に深めることになったのですが、ペアになったIさんは、非常に落ち込まれていました。

そこで、練習が終わってから一緒にGGP(グローバル・ジェネシスプロジェクト研鑽)で頂いた神理実践シートに取り組むことになったのですが、総合新年祈りの集いで、私自身が体験した試練と同じような試練に遭遇されていることがわかりました。

私自身は「こんなに頑張っているのに分かってくれない」という思いがあったのですが、Iさんを通して、客観的に自分自身の姿が見えてきました。

そして、思いがけず苦・衰退には最も遠くにあると感じられる傲慢さがあったことが見えてきました。

どういうことかというと、評価するのは最終的に神様だと思うのですが、自分の煩悩のままの偽我で勝手に自分を評価し、拗ねて投げやりになって、神様から頂いた働きを勝手に放棄しようとしていたのは、傲慢さがあったんだなと気づかせていただきました。

傲慢さに砕かれつつ、転換する道を一緒に求めていきました。

ただIさんの落ち込みはとても大きく、すぐには心を変えることは困難だったので、先生のプロジェクトへのご指導の通り、まずは行動を変えることに集中することになりました。

具体的には、和顔愛語の行と、今年頂かれた神理カードの「月の心」として、光を周りの仲間に送りながら歌う行を定められることになりました。

GLA創立50周年の原点回帰

そしていよいよ善友の集いの当日、会場に到着すると、Iさんも来られていました。とても心配していたのですが、一緒にはたらきを担える感謝を深めつつ、準備を重ねていきました。

午前中の練習が終わり、休憩時間に食事をとりながら、同じプロジェクトを支えているKさんとお話する機会がありました。

Kさんとは、様々なプロジェクトを一緒に担ってきたのですが、入会したときの経緯などは話していなかったので、自然とその話をすることになりました。

93年に、佐賀の実家から数百メートルの会場で、TL人間学講座(かつてシリーズで開催されていた高橋佳子先生の講演会)があり、先生がご講演されたこと。

それをきっかけとして先生のご存在を知り、福岡の天神の本屋さんで「祈りのみち」と出会い、神様の愛に触れて衝撃を受け、入会につながったこと。

そして、経済的な事情から、大学院に行くのを断念して、その当時先生が頻繁にお越しくださっていた中京本部のニュープロジェクト(現在のグローバル・ジェネシスプロジェクト)に憧れて、中京本部に行ける会社として岡崎にある自動車会社を就職先に選んだことなどを話しました。

そして96年に就職し、青年塾セミナーのプロジェクトに参加したのですが、セミナーで書いた感想シートを、先生が中京のニュープロジェクトの集会で読んでくださったことがありました。

その当時の自分は、今よりももっと宿命の影響が強くて、自己不信、世界不信が強くて、煩悩まみれの自分でずっと衝突してきていたのですが、中京の皆さんには本当に懐深く受け止めてくださり、温かく見守ってくださいました。

Kさんも元々中京本部の方で、お世話になった方々のことを話すと、よくご存知でした。

その出会いのおかげさまで、荒んだ心が癒やされていった部分もとても大きかったのですが、お話しながらその時のことがずっと思い出されてきました。

もし、先生が感想シートを読んでくださらなかったら、その後の中京本部での歩みも、全く違った歩みになっていたんだろうなあと思うと、本当に見守られ、愛されてきたことが伝わってきました。

「神理伝承のフロントに行きたい」その願いに導かれての歩みだったのですが、どれほど、先生、神様に愛され、見守られての歩みを頂いてきたのかがずっと思い出されてきて、話しながら涙が止まらなくなってしまいました。

GLA50周年の節目にこれまでの歩みを振り返り、普段は見えていなかったけれども、自分の人生にも、これだけ強い魂の願いと、支えてくださっている恩寵があって、導かれてきていたんだなあとしみじみと感じられてきました。

そして、全てのGLA会員の皆様が、深い必然と願い、そして多くの助力の中で、歩んでこられたことに想いを馳せ、改めて先生がお作りくださったGLA共同体のかけがえのなさ、お一人お一人の人生の尊さが胸に迫ってきました。

(写真はパシフィコ鉾浜から見えた港の風景)

バスのパートに隠されていた使命の開花

GLA創立50周年に込められたいのちを深めつつ、合唱の更なる進化にも挑戦することになりました。

新年の集いではソロで歌われていた、IJさんが、善友の集いではチームに入ってくださり、一緒のパートになりました。

IJさんは音楽を専門でやってこられていたのですが、練習の最後の方で、バスの音が揃ってきたとことによる変化を、音楽の物理的な理論の視点から教えてくださいました。

バスの音自体は、地味で聞き取りにくいのですが、バスの音が揃うと、テノールとの共鳴が始まり、テノールはソプラノ、アルトと響き合って、全体で数倍の音が出る共鳴状態になるらしいのですが、そのような共鳴が起こり始めたと教えてくださいました。

部分的な断片を見ると、これだけの人数の中で一人の力はちっぽけで目立たない働きであると感じていたのですが、地味であったとしても全体の共鳴のためには無くてはならないはたらきであったことが、初めて感じられてきました。

そしてパシフィコ横浜の舞台での合唱へ

準備を一つ一つ整えて、いよいよパシフィコ横浜大ホールの舞台に向かいました。

私の隣がIさんだったのですが、それまでIさんは、数日前までは、非常に力んで、闘争心を顕にして歌われていたので、自分自身も比較競争の思いが引き出されて歌いにくいと感じていたのですが、今日、「月の心」に転換されたIさんは全く変わられており、私もIさんの透明な光に照らされて、心を合わせ、声を合わせて歌うことができました。

本番の舞台での合唱の終了後、練習で毎回のようにずっと涙を流して感動しながら歌っていた方がいらっしゃったのですが、本番のときは冷静に歌っていたと言われており、私も同じでした。

練習の間にずっと深められてきていた合唱団お一人お一人の思いは、自然と会場全体に伝わっていったんじゃないかな?そして、今度は会場の皆さんが魂の約束を思い出されていく、ご縁になったんじゃじゃないかな?と思いました。

また、帰りにSさんと一緒になったのですが、Sさんは、いつもは作業をしていると視野狭窄になって、気づくと一人になられておられていることを、私は傍から見ていたのですが、今回ご自身で快・暴流だったことを発見されていました。

それで、今回合唱の時に、いつもは自分の声しか聞こえていなかったけど、バスの音がよく聞こえて、他のパートの音もよく聞こえてきて、大合唱の中で自分の声があることを感じられたそうです。それで、感動して涙を流しながら歌われており、初めての体験だったと言われていました。

お一人お一人の個性のある、かけがえのない神理実践の歩みがあり、全体として菩薩の心を音にすることを願う、合唱団の歌声が生まれてきていることを改めて感じました。

「菩薩の祈り」を通して思い出されてきた魂の願い

合唱が終わった後は、一参加者として先生のご講演をお受けしたのですが、御講演の最後に、「菩薩の祈り」をお享けしました。

祈りが終わった時は、比較的に冷静な気持ちではあったのですが、「先生にお応えしたかった」という強烈な思いが、自分自身の存在の中心から溢れてきて、涙が止められなくなっていきました。

改めて、自分自身の魂に刻まれた根源の願い、先生にお応えしたいという願いがあることを実感させていただきました。

自分自身の魂の中心にある願い、そして導いてくださる神様、先生を信じて、日々、自分のやるべきことを坦々と続けていこうと思いました。

後智慧会で映像を見せていただいての感動

善友の集いが終わって、しばらくしてから、合唱団の後智慧の場が持たれました。

歌っている時は、どのような映像が流れているのかも分からなかったのですが、改めて見せていただくと、先生がどのようにGLA共同体を導いてきてくださったのか、GLAの歴史が、映像構成となっていました。

そして、そのバックミュージックが合唱団の歌声となっていました。

こんなにも貴い映像構成のバックミュージックをさせていただいていたことに驚き、合唱団が発足して10年が経ち、地道な鍛錬の歩みの果にこのような大切な働きを担わせていただくところまで導かれてきたことを感慨深く感じました。

かつて先生は、ある青年塾のご指導において、世界的に有名なビートルズも、初期の頃はライブハウスなどでの地道な下積みがあり、10年目にして「プリーズプリーズミー」が世界的にヒットした歩みをご紹介してくださったのですが、志を立ててある水準のある結果を出すためには、10年間の徹底した鍛錬が必要であると講義をしてくださったことがありました。

仕事においても、プロジェクトにおいても、志の10年法則は当てはまるように感じています。合唱団における10年間の歩みが、今年の12月の感謝の集いで、一つ環に結ばれることになると思うのですが、私も更なる青写真具現の挑戦に向かってまいります。

「GLA創立50周年 善友の集い GLA合唱団:信仰の原点回帰、そして約束の未来へ」への2件のフィードバック

  1. 高校生の時、モーツアルトのレクイエムをテノールとして歌ってました。先輩から譜面にはない音が聞こえてくる時があるとか、自分の周りのエネルギーを腹筋を使って後頭部から抜きなさいとか言われて、神秘への憧れを持ちました。今の憧れは、心を変えることで現実を変えるという神秘です。

    1. Junjinoさん、テノール担当されていたんですね!
      歌の世界には、そういった見えない世界とつながる部分がもともとあることを改めて感じました。
      菩提心合唱団では、心が変わることで、歌声という現実が変わることをリアルに体験できるのですが、機会があればご一緒に体験したいですね。

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