「魂主義という生き方」 青写真へのアクセスの深まり

一年半前に発刊された「魂主義という生き方」を、もっと深めたいと思っていたのですが、どこから深めたいくか、きっかけが掴めずにいました。

今回、豊心大学のプロジェクトの振り返りに取り組み、ウイズダムを通して願い(青写真)にアクセスしたことが決定的だったことが見えてきました。

そのことをきっかけとして、魂主義という生き方」の青写真について書かれている章を深めることにしました。

また、昨年「Discovery」の御著書を反芻し、色々と付きがあったのですが、両方の御著書の共通点として、青写真について書かれていたことが見えてきました。

Discovery tamashishugi 1

今から丁度20年前にお書き下さった「Discovery」の御著書にも青写真について書かれていたのですが、両方の共通点としては、プラトンの想起説を紹介されていました。

「Discovery」には、ガンジー、アンリデュナン、ナイチンゲールの歩みが、宇宙との響働のモデルとして書かれていました。また、青写真の具現については、人類の約千年に及ぶ飛行機開発の歴史を紹介されていました。

この内容については、昨年のブログに書かせて頂きましたが、今回も改めて「Discovery」の御著書を反芻し、響働の三つのテーゼを深めさせて頂きました。

  • 第一のテーゼ:響働とは何か・・・・・・宇宙との共鳴
  • 第二のテーゼ:響働の力・・・・・・鍵と鍵穴
  • 第三のテーゼ:響働がもたらすもの・・・・・・三つの賜り物

三つの賜り物:宇宙からのエネルギーの湧出、内なる促しと外なる促しの一致、ミクロとマクロの共振

昨年、「宇宙との響働」という言葉の深みに触れて、人間は無力であるというニヒリズムが根本的に癒されていく体験を頂きました。

宇宙との響働による青写真へのアクセス_具現の循環(先智慧・実行・後智慧)

また、同じ青写真について書かれてはいますが、20年前の御著書と、最近の御著書の違いについても考えながら、「魂主義という生き方」を深めていくことにしました。

個人的な感想ですが、20年前からすると、比較にならないほど神理実践する人が増え、具体的な結果を出されるようになってきており、先生がお説き下さる神理の理論と、お一人お一人の転換の物語がその理論を実証する結果として書かれていることを改めて感じました。

「魂主義という生き方」には5つの自分革命について書かれていますが、第三の自分革命として、『「青写真」(ヴィジョン)を描いて生きる –内在する魂の力』という章があります。

今回、第三章に書かれている内容から深めていったのですが、三章への理解を深めるにはプロローグを理解する必要がありました。

そこで、まずはプロローグに書かれている内容を振り返らせて頂きます。

プロローグにおいて、現在の社会で起きている事件とその背後にある現代人の生き方について書かれていました。

STAP細胞に関わるデータの改竄事件、オリンピック誘致事件の猪瀬直樹元東京都知事、覚醒剤事件のCHAGE and ASKA のアスカ氏の歩みに触れられながら「どうするか」「どうすればよいのか」という問いに懸命に応え続け、その都度、最高の答えを出しながらもつまずいてしまった無念の気持ちを受けとめられていました。

そして、この「どうするか」を超える生き方として「どうあらんとするか」を問う魂主義の生き方を示されていました。

また、その問いを発する主体者こそが「魂」であると示されていました。

このプロローグに示されている「どうあらんとするか」という問いかけには、当時、非常にインパクトを受けたのですが、具体的な日々の生き方につなぎきれていない部分がありました。

しかし、「どうあらんとするか」という生き方に対して、第三章に答えが書かれていたことが見えてきました。以下、一部抜粋させて頂きます。

『「魂の学」には、「人間の使命」という図像があります。これは、本書のプロローグで投げかけた、私たちは「どうあらんとするか」という問いに対する1つの答えを示しています。私たちがめざすべき「青写真」がここにあるのです。』

(魂主義という生き方 157P)

と書かれていたのですが、魂から発される「どうあらんとするか」という「青写真」を求める問いに対して、「痛み、混乱、停滞、破壊」を「歓び、調和、活性、創造」に運ぶ人間の使命の図が一つにピッタリと重なっていたことが見えてきました。

「どうあらんとするか」という強烈な言葉が、人間の使命を生きることにつながりました。

人間の使命
ご著書「魂主義という生き方」 158Pより抜粋
https://www.sampoh.co.jp/books/tamashiishugi/

魂主義と人間の使命について書かれた後で、先生は唯物主義、刹那主義、利己主義の一つの中心が米国にあり、それを超えていく志だけが新たな経済や社会の青写真を描くことができることを示されていました。

この部分を読んでいて、魂主義こそ次なる世界の青写真を示すものであることを感じました。

この章の後半は、新井さんというタクシー会社の社長さんの実践の歩みが書かれていました。新井さんの実践が三章に書かれている必然について、それまであまり深くは考えていなかったのですが、そのことについても改めて深めることにしました。

新井さんは非常に重い宿命を背負われていたのですが、在日韓国人への差別による苦しみと、家族がバラバラになっていく悲しみがありました。

その背後には、国と国の関係、民族の間の壁、先祖代々の血縁として積み重ねられた想いという、3つの「ち」があったのですが、「この様々な濁った関わりを浄化したい」という魂からの願いと、先生からの御導きを通して、奇跡的に宿命から使命へ転換されていました。

新井さんの人生は共感するところが多く、同族経営による親族の怨恨については、自分にも通じるところがありました。

ただ第三章について深めさせて頂いた視点をもって、改めて更に深く読み返して見ると、新井さんの背負われた宿命は、唯物主義、刹那主義、利己主義にも通じており、魂主義の実践を通して転換していかれた歩みになっているように感じられてきました。

「魂主義」という生き方は、一人一人の重い宿命を使命に転じていく道であり、それは同時に、唯物主義、刹那主義、利己主義故に生じる時代、社会の限界を超えていく具体的な力があることが改めて深まっていきました。

「魂主義という生き方」について、「どうあらんとするか」という生き方が、魂の願いとしての「青写真」につながり、それは人間の使命の図につながっていたことがようやく心に落ちたのですが、先生はこの章において、チームの響働についても書かれていました。

『ヴィジョンや願い・目的とは、大波小波が行き交う海原にあって、めざすべき地点への航路を示す灯台の明かりです。
・・・

もし、あなたがチームやグループで仕事をしている人なら、このヴィジョンや願い・目的を問い、それを共有することを何よりも大切にしなければなりません。
それは、チームやグループの共同(響働)の質を決めるものだからです。ヴィジョン、願い・目的は、ものごとを推進していく必然なのです。
・・・

しかし、一度、その大切さを知り、それを意識したときから、私たちは、いつも最善の未来に向かうひとすじの道を探すことができるようになります』

(魂主義という生き方 155P〜156P)

ヴィジョンへのアクセスが、響働の質を決めると書かれていたのですが、豊心大学のプロジェクトにおいて具体的に実際に体験させていただきました。その歩みを分かち合わせて頂きます。

ここから前回の青年塾セミナーでの気づきに立ち返らせて頂きます。

青年塾セミナーでのシート取組を通して、相手の喜びよりも、自分の手応えに重心をおいて、仕事をしてきたことが見えてきました。

そこから、相手が出したいと願っている成果が出るようにサポートしようと意識を転換したところ、反発していた一人との間に共感が生まれ、反発が明らかに減っていきました。

しかし、もう一人との関係は、依然として反発される状態が続いていました。

原因が分かったと思っていたけど、まだ気づけていない原因あるんだろうなあ・・・。でも、自分では気づけない・・・、一体どうしたらいいんだろう・・・。

そのような葛藤を抱えながら、豊心大学のプロジェクトがスタートしていきました

昨年の豊心大学では、安全防災のプロジェクトを担ったのですが、今年も引き続き、安全防災チームを担うことになりました。

リーダーは昨年サブリーダーだったSさんだったのですが、あと二人のサブリーダーは、今年はセミナーの参加者になられていました。

また昨年は、あるターミナルから10名程のメンバーが参加されていたのですが、今年は別のチームになっていました。

結果として、昨年の17名に対して6名からのスタートとなってしまいました。

プロジェクト集会でも、安全防災チームの厳しい状況は分かち合われることになりました。

最初、ここまでメンバーが少なくなっている状況を理不尽に感じ、メンバーを増やす交渉をした方がいいんじゃないかと感じました。

しかし、ここで「ちょっと待てよ」がかかりました。

「これだけの試練が来ているのも偶然ではないんじゃないか・・・、きっと呼びかけがあるに違いない。先生神様が導かれんとされている青写真のはたらきに応えたい」という願いが湧いてきました。

そこで、不満を訴えるのは一旦止めて、呼びかけに応える道を模索することにしました。

プロジェクト集会は終わったのですが、この試練をどう受けとめればいいか分からず、圧倒されている状況がありました。

そこで、プロジェクト集会後に更に集まって、それぞれの思いを率直に語り合っていきました。

すると、少しずつそれぞれにとってのこの試練を引き受ける必然が明確になっていきました。

今回の試練は、それぞれにとってのこれまでの生き方を変えることが呼びかけられているんじゃないか・・・

安全防災チームのことだけを考えていても、きっと上手くいかない。それぞれが主体者となって安全防災チームだけではなく運営プロジェクト全体の責任を背負う位の意気込みでチームを超えた響働をしていこう・・・

そのためにも、これまでの人生を壊してきた内なるデストロイヤーを発見し、後悔を深め、自己ベストの受発色でこの試練を乗り越えていこう・・・

試練をどのように受けとめていくのか、ミーティングを通して徐々に深まっていったのですが、結果として次の願いへと集約していきました。

・このチームに集った一人ひとりが因縁側に立ち、内なるデストロイヤーを発見し、後悔を生き直して、最高の受発色で神理実践し、運営プロジェクト全体に新たな風を吹かせる。

こうして、試練という外圧を前にして、内側からそれに応える内圧としての願いを引き出し、具体的なチャレンジを始めていくことになりました。

今回のチームは遠隔のメンバーも多かったため、これまで集中プロジェクトではあまり使われていなかった、MessengerやWebシステムを活用し、場所は離れていても日々情報共有しながら準備を進めていくことになりました・・・。(続く)

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *

This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.