生活実践_2年間を通して頂いた人生大転換の物語の数々

前回は、ある生活実践での出会いについて書かせて頂きましたが、この2年間、ほぼ休まずに、毎月2回実施させて頂きました。

その歩みを通して頂いた功徳の意識化に取り組んでみます。

2年前の発足会の時に、ある生活実践のグループの歩みを、先生が分かち合ってくださいました。

そのグループの皆さんは、生老病死といった人間にとって避けることができない試練が一人一人に生じた時に、それぞれ自分事のように試練を受けとめられて、一緒に超えて行かれていました。

その歩みにとても憧れたのですが、私もあのグループのような生活実践をしたいと思いました。

仕事やプロジェクトで忙しいときもあったのですが、不思議と調整できることが多く、生活実践はGLAの学びにおける基盤のようになっていきました。

生活実践は、近況の分かち合いから始まっていきます。

時に、抱えている困惑に対して落ち込んでいる気持ちを語って下さったり、GLAのセミナーに参加しての気づきや感動が分かち合われていきました。

私の場合は、お一人お一人の2週間の歩みをお聞きする中で、自然と自分自身の神理実践の歩みを振り返ることになっていきました。

そして、頂いている功徳が意識化されていくのですが、話すことで更に深まっていきました。

普段は、なかなか神理実践の功徳を分かち合うことは少ないので、それだけでも貴重な場だったんじゃないかなと思います。

それぞれの神理実践の歩みを聞くことで、新人さんもいつしか神理実践への理解が深まり、御自身でも神理実践されるようになっていったのですが、皆さんの生の話しを聞けたことがとても大きかったと言われていました。

また、そのような生活実践の場の原則を作るために、大切にされているのが「生活実践の手引き」という一枚のシートです。生活実践の参入者は全員頂くことができます。

生活実践の心得として

■三つの「きく」ーー「きく」境地の三段階
■煩悩で「聞く」から菩提心で「聴く」へ

等が書かれており、その一つ一つの項目に非常に深い関わりの智慧が書かれています。

毎回最初に、その内容を読み合わせることで、日常の煩悩での関わりが意識化され、菩提心で聴く心が整えられていきます。

今思えば、あの手引きによって、菩提心でお互いを受けとめ合う場が出来ていたからこそ、功徳の分かち合いができていたんじゃないかと思います。

何故かというと、日常の関わりのまま、煩悩ベースで会話していると、相手の話を深く受けとめるが難しくなります。

そうなると話す側も、どうせ功徳を話しても相手は受けとめてくれないと思い、頂いた功徳を話す気持ちにもなかなかなれません。

シートによって場の前提が整えられていたことは、深い出会いを果たす為には、本当に大事だったんだなと思います。

近況の分かち合いの後のメインのプログラムとして、いくつか選択できる場合が多いのですが、GLA誌の先生の御文章の反芻であったり、止観シートの取り組み、人生史の分かち合い、映像反芻等に取り組みました。

毎回のように、場に神理の深まりが訪れ、それぞれが抱えている問題に対して、神理による解答がお一人お一人にもたらされていきました。

鍵穴に対して、鍵がぴたっとはまるように問題が解決し、一回一回がミニセミナーのような深い出会いを頂いてきました。

GLA誌の反芻は、最も多く取り組んだプログラムの一つですが、最初に輪読をして、次に連歌発想法という先生がお考え下さった原則に従ってそれぞれの気づきを分かち合っていきます。

日常の関わりでは、お互いの気持ちを深く受けとめることが中々出来ないのですが、連歌発想法で取り組むとお互いを深く受けとめられるようになるので、分かち合いの内容がどんどん深くなっていきます。

そして、自分一人でGLA誌を読むことでは、なかなか到達できない深みへと導かれていきます。

たった4ページの御文章の中に、こんな凄いことが書いてあったのかと、まるで宇宙に隠されていた真実の法則を発見したかのような衝撃を受けたことが何度かありました。

元々先生の御文章には、毎回毎回、大変深い内容をお書き下さっているんだと思いますが、自分達の境地が低ため、その表面的な意味しか受けとめることができていないんだと思います。

しかし、連歌発想法で深めることを通して、先生の御文章の深みの一端に触れることが出来たんじゃないかと思います。

GLA誌

GLA誌(会員には毎月頒布されます)

止観シートの分かち合いも、毎回様々な発見を頂いてきました。

先生が、止観シートについてお書き下さったGLA誌を反芻してから、止観シートに取り組み、その後、気づきや発見を分かち合っていきました。

聴かせて頂く中で、自然と試練と向き合われているお一人の止観シートが題材となり、そこから深い切磋琢磨の出会いが始まっていきました。

生活実践では、毎回の近況の分かち合いを通して、それぞれの職場での課題や、家族との関わりのテーマなどもお互いに理解し合っているため、その方に訪れている試練の呼びかけを、より深く一緒に受けとめることができました。

また、信頼関係も深まってきているので、お互いの煩悩についても、かなり踏み込んだところまで切磋琢磨することが出来ました。

自分の煩悩は、中々自分一人では気づけないこが多いのですが、煩悩地図の曼荼羅を中心において、信頼できる仲間から神理の視点を頂くことで、煩悩への深い発見が起こり、転換へとつながっていきました。

私も何度か止観シートの切磋琢磨を頂いたのですが、自分では謎にしか見えなかった問題に対して、神理の新たな視点を頂いて自分の煩悩を発見でき、危機を救って頂きました。

Map of bonnou

切磋琢磨の際に中心に置かれていた「煩悩地図」の曼荼羅

そして、2年間の歩みの最後に取り組んだのが、人生史の分かち合いでした。

分かち合いの時に、人天経綸図という曼荼羅を中心において進めたのですが、先生の御著書「魂の冒険」の「第6章 覚醒ーアクロス・ザ・ユニバース P239〜246」にその内容についてお書き下さっています。
その項目の後に、アクロス・ザ・ユニバースについて次のように書かれてます

「無自覚な人生から智慧深き人生への変容。宿命から使命への歩み。カルマに束縛された不自由さから、魂願を生きる本当の自由への飛翔ー。

それは、何世紀も何千年も変わることなく、そこにそのようにあり続けた宇宙(ユニバース)がもっている人間の姿です。その歩みは、限りない時、大いなる存在、宇宙(ユニバース)との交感によって紡がれてゆくものです。

それを一言で表すなら、アクロス・ザ・ユニバースー。

永遠の時、遙かな願いを抱いて、限りない宇宙(ユニバース)を横切って進んでいく歩みではないかと思うのです。」(魂の冒険 248P)

この魂の学の人間観に立ち返りながら、具体的には人天経綸図の曼荼羅を中心において進めていきました。

それぞれが人生の年表に取り組まれて、幼少期からどのような苦しみ、悲しみ、喜びを経験し、そして神理と出会い、今にいたったのか、その貴重な歩みを分かち合って下さいました。

先生の神理実践報告をお聞きすると、様々な痛みを抱えた皆さんが、どのように神理を実践し、その宿命を使命へと転じていかれたのか、分かち合って下さいますが、生活実践の仲間の人生の話しは、未だ神理で隈取られていない発展途上のお話しをお聞きすることになります。

しかし、ご一緒に深く聴かせて頂く中で、先生の神理の通りに、三つの「ち」によって心が作られ、その心が現実を生み出してきていることが見えてきます。

Three ti

それら一切を導いている魂願とカルマまではハッキリとは掴めませんが、深い必然があって人生が導かれてきていることは感じられてきました。

そうして、お一人お一人の中で様々な発見があり、神理による人生の捉え直しが起こり、新たな人生への転換へと導かれていきました。

改めて、先生の説かれる神理の通りになっていることを発見し、「神理って本当にすごい」という実感を、皆で深めていくことになりました。

こうして毎回様々な気づきを頂いてきた、生活実践の2年間の歩みの最後に、お食事会を開催しました。

出会いの最後に、それぞれが生活実践を通して頂いた功徳を分かち合っていったのですが、改めて、皆さんの人生が大きく転換していったことが見えてきました。

病気がちで、学生として病との葛藤を語っていたA君は、今では立派な社会人として社会の第一線で活躍されるようになっていきました。

新入会のBさんは、GLAでの学びを生活実践の場で深められ、神理の視点で塾の生徒や家族の困を願へと運ばれる同伴者となっていかれました。

もう一人の新入会のCさんは、初めはGLAを本当に信じていいのか、不信感を抱かれていましたが、生活実践の出会いを通して神理への確信を深められ、プロジェクトにも熱心に参加されるように変わっていきました。

長年一緒にプロジェクトをやってきながら、ここ最近あまり見かけなかったDさんは、プロジェクトやGLAの学びに対して抱えられていた様々な葛藤を浄化され、先生との約束に決定的に回帰され、セミナーにも数年ぶりに参加して、共同体との再結の歩みを深めて行かれました。

また、劇に情熱をもっているEさんは、当初、神理の学びには関心があまりなかったのですが、GGPにも参入し、熱心に学んで神理実践されるように変わっていきました。

そして、窓口を担って下さったFさんとは、お互いに畏敬の念を抱きつつ、煩悩に対しては率直に切磋琢磨できる同志に変わっていきました。

それぞれの皆さんの人生の転機に、この生活実践の期間がぴたっと重なっていたことが見えてきました。

生活実践の手引き書には、生活実践のいのちとして、一人一人が神理の理解を深めながら、互いに成長し合い、人々を愛し、世界に貢献していく絆のネットワークを広げていくことを願いとしていることが書かれていました。

私たちの生活実践の場も、この願いに導かれ、そしてずっと同行二人でお導き下さっている先生に光を注いで頂いていたんだと思います。

改めて、一切をお導き下さっている先生、神様への感謝を深め、頂いた功徳をお返しすべく、次なる生活実践の出会いへと向かって参ります。

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