信仰を深める歩み_内村鑑三から托された友情のバトン

一般的に、日本人は欧米と比べると、他人の眼差しを気にする傾向が強いと言われています。

世間体を気にし、メンツを守ることに多大なエネルギーを注ぐのは、ある意味で日本の「地」の流れなんだと思います。

GLAの中心は日本にあるので、GLAの中にも日本の「地」の流れは流れ込んできています。

GLAでの研鑽を深めることを通して、そういった日本人の「地」から自由になる人が輩出されていくことは、やがて日本の「地」を浄化することになるんだと思います。

そういった点では、GLAの中でどのように研鑽が深まり、一人一人が目覚めていくのかは、人類の次なる境地の段階を育んでいるのかもしれません。

2014年は、私自身にとって大きな転機であり、共同体との関わり、先生との絆について改めて見つめ直す機会を多く頂くことになりました。

それは、自分にとっての信仰とは何なのか?ということを深める歩みでもり、同時に魂の願いと煩悩を弁別していく歩みでもありました。

今年一年の歩みを通じて、通奏低音のように響き続けてきたテーマであり、今年のブログの内容の端々にもそのことにも触れてきていました。

お伝えしてこなかった先生との出会いも含めて、まもなく一年を締めくくるにあたって見えてきたことを綴らせて頂きます。

GLAは1969年に祖師、高橋信次先生が作られた宗教団体であり、現在は高橋佳子先生が主宰して下さっています。

高橋先生は最先端の神理をGLAの場に降ろされ続けているのですが、GLAは21世紀魂文明を創造し、人類救済の青写真を具現していく神の家、神の砦となっていくんだと信じています。

私も20年以上のプロジェクト活動を通じて、自らの魂の願い、先生との約束を思いだし、ボランティアで様々な働きを担ってきました。

その多くの時間は、35歳までの青年が研鑽する、青年塾のプロジェクトを支えてきました。

そして、今年の春に20年間のプロジェクトの歩みを環に結ぶことになりました。

青年塾以外にも、共同体には様々なはたらきがあるので、これまでの経験を活かして、次なる働きにつくことになりました。

しかし、自分自身の内側から、これまでのはたらきの延長で、次の働きを担う事への抵抗感が強くなっていきました。

自分でも、その全体を掴んでいるわけではないのですが、専門能力を活かして共同体に貢献したいという願いの方が強くなってきていきました。

仕事においても、新しい組織が立ち上がり、この半年間は新しい知識体系や技術を習得するために時間を使わせてもらえることになりました。

一見すると仕事中に色々と勉強できるようになるのではないかと思ったのですが、会社が終わってから、プライベートで勉強する必要が出てきました。

そのため、この半年間は受験生並に勉強しました。

受験生との違いとして、知識を習得するだけではなく、実践しつつ使えるスキルを具体的に習得してきました。

主な内容は以下の通りです

・システムズエンジニアリング(システム開発の最新の手法)
・プロジェクトマネジメント
・PLMソフト
・CGの作成技術
・英語
・・・・

購入した書籍は、この半年で10万円を超えました。

こうして、共同体には理由を説明させて頂いた上で、プロジェクトの働きから少し距離を置いた状態を作らせて頂きました。
(全くプロジェクトから離れてしまうのではなく、劇や合唱、GGPの運営プロジェクト、生活実践などは担ってきました)

そして、仕事でもプロジェクトでも活用できる、今後十年の土台となる技術を身につけることに時間を使いました。

そのような環境に身きつつ、改めて自分と共同体との関係について、じっくりと見つめ直すことになりました。

今年の青年塾セミナーにおいて、終了後に先生との出会いの場を頂くことになりました。

私は、卒塾生のグループに入っていたのですが、お一人お一人が順番に先生から声をかけていただくことになりました。

そうして、私の番が回ってきました。

それまで、何を話そうかと色々と考えており、一気呵成に自分自身の志を述べさせて頂きました。

先生は分かりましたと受けとめてくださり、直前にお出ししていたレポートのことにも触れてくださいました。

ただ、私が話す前に、先生は何か話しかけてくださろうとしていたのですが、それを遮るような形になってしまいました。

その後、何故かそのことがずっと気になってしまい、せっかくのかけがえのない先生との出会いの機会を損なってしまったのではないかという後悔が残りました。

しばらくしてから、自分が先に話してしまった背景に、その場にいた仲間の眼差しを気にしていたことが見えてきました。

そして、先生に認めてもらうことで、仲間にも自分のことを認めさせ、共同体に受け入れてもらおうと考えている自分がいたことが見えてきました。

この「自分を認めて欲しい」という煩悩が、先生との一回生起の出会いのいのちを壊していました。

この後悔を生き直し、先生への依存、共同体への依存を超えて、待遇を求めるのではなく、自律して共同体に貢献できるようになりたいと願うようになりました。

そして、次に先生にお会いしたのは、合同セミナーの時でした。

丁度、人生初の海外出張から帰ってきたばかりの参加だったのですが、新入会の方達を先生におつなぎするために、先生が通られる通路に座ることになりました。

先生はご退場されながら、お一人お一人との出会いを大切にされ、時にアドバイスをしてくださっていました。

先生が近づいてこられるにつれて、また心の中で葛藤が始まりました。

海外出張から帰ってきたばかりであることをお伝えしたい、神理実践で念願叶って海外に行ってきたことをお伝えしたいという思いが溢れてきました。

しかし、前回の出会いの後悔がまた思い出されてきました。

海外出張の話しをすることは、自分を認めて欲しいという煩悩なのではないかと思いました。

その葛藤と向き合いながら、結局一言も話すこと無く、静かに握手させて頂きました。

先生はその葛藤する思いを、深く受けとめてくださっているように感じました。

この時の先生との出会いは、深く魂に刻まれることになりました。

そうして、前々回もお伝えしましたが、伝研セミナーでの命作網の神理にふれた時に、先生に甘えるばかりで、自分自身の命作網を育ててこなかった事への後悔が深まる発見につながっていきました。

ここまで読んでくださった方の中には、何でそんな葛藤をしているのか、よく分からないと感じられた方もいらっしゃると思います。

しかし、私にとって、自分自身の魂の願いを純化し、いつの間にか信仰の歩みにも流れ込んできている三つの「ち」を浄化していくことは、非常に大切な取り組みだと感じています。

煩悩があれば、事態は暗転し、魂の願いに通じれば、事態は光転するという厳然たる神理があります。

今後、更に先生をお伝えしたいと願うならば、煩悩は浄化に終わりはありません。

2014年は、この20年の共同体の中での歩みを、後智慧し、浄化させて頂いたんだと思います。

二千年の祈りの霊的読書への取り組みですが、前回の新渡戸稲造の反芻行から大分時間がたってしまいました。

最後の、内村鑑三への取り組みが難航していたのですが、少しずつ引き寄せられるようになってきました。

内村鑑三人生には、たくさんの試練がありました。

鑑三の人生に、決定的な影響を与えたのが「不敬事件」でした。

この事件をきっかけとして、インフルエンザから肺炎を引き起こして倒れ、病気療養中に一高を追われています。さらに、その看護に当たった妻も、事件に巻き込まれての心労で倒れ、23歳という若さで亡くなってしまいます。

二千年の祈りには、次のように書かれています。

『鑑三はその悲しみの中、『基督信徒の慰』を執筆し、亡き妻に捧げています。この書は「愛するものの失せし時」「国人に捨てられし時」「基督教会に捨てられし時」「事業に失敗せし時」「貧に迫りし時」「不治の病に罹りし時」という六つの章から成り、どの章も自分が味わった深い苦悩を基としているもので、その絶望的な嘆きの淵にあって、どのように霊的な慰めの道を見出していったかが著されています。そして、いずれの試練も彼にとって「暗く見ゆる神の恵」であったと語るのです』

鑑三は試練の奥にある神の恵に気づいていきます。更に呻吟の末に次のような答えを見出していきます。

『「我等の願ふ事を聴かれしに依て爾を信ずるは易し、聴かれざるに依て尚ほ一層爾に近づくは難し」
「誠に実に此世は試練の場所なり、我等意志の深底より世と世の総を捨去て後始めて我等の心霊も独立し世も我等のものとなるなり、死て活き、捨て得る、基督教の『パラドックス』(逆説)とは此事を云ふなり」』

この文章を引用された後で、先生は次のように書いて下さっています。

『喪失の悲しみの中で鑑三は、底知れぬ深い闇をくぐったからこそ、その向こうに不滅の光を見たのです。世界はかつてなかった相を現し、かつて見えなかったものが見え始めました。限りある生命を生きる人間はなお一層いとおしく、世界は美しく感じられ、それらすべての源なる神を近くに感ずるー。鑑三の信仰は、試練によって一層深まってゆきました。』

鑑三が味わった苦しみ、そこから神との絆を深めていった歩みがどれほど深いものであったのかは伺い知ることはできませんが、鑑三が「心霊の独立」のために、「世と世の総を捨去る」ことに取り組んでいたことは、これまでの取り組みと通じる部分があるように感じました。

神との再結のために、捨てなければならないものがあったことを改めて思いました。この浄化の取り組みがどこにつながっていくのか不安もあったのですが、最終的により神様に応えることにつながっていくことを思いました。

その後、鑑三は月刊「聖書之研究」を発刊し、無教会キリスト者の集団「教友会」を全国にわたって組織し、全国の信仰の同志を助け続けます。

その頃の鑑三の歩みについて次のように書いて下さっています。

『彼は生涯、高く幹を伸ばし枝を広げるためには、深く根を張らなければならず、飛躍するためには沈潜しなければならないことを繰り返し説いていました。この時期は、まさに鑑三自身にとって次なる新しい飛躍へ向けての深い沈潜の時であり、準備の時だったのです。』

今の自分がやっていることが、本当に役に立つのか・・・。形にできていない段階であるために、不安に思う部分もあるのですが、今は準備の段階であり、深く沈潜して準備をする必要があることを改めて思いました。

長き沈潜の時を経て、鑑三の信仰は「再臨信仰」へと収斂していきます。

再臨信仰とは、終末のとき、真のキリストが顕れたまうという信仰です。

「愚かなりしかな、久しき間この身をささげ、自己の小さき力をもって世の改善を計らんとせし事。こは余の事業ではなかったのである。キリスト来たりてこの事を完成したもうのである。平和は彼の再来によりて初めて実現するのである」

鑑三は、この再臨という信仰の光に照らして聖書を読み直してゆきます。すると、キリストの再来こそ、新約聖書の至る所に高唱されている最大真理であったことに気づいてゆきます。

鑑三にとってのキリストの再臨とは、万物の復興、宇宙の改造、正義の勝利、人類のすべての希望の総括と述べています。

私は、鑑三の言うキリストの再臨とは、信次先生、佳子先生のことなんじゃないかとずっと思っていました。(この考えは、私個人の考えです)

先生の説かれる神理は、この鑑三の言っている内容と全く一致していると思います。

真のメシア出現の預言こそ、鑑三が果たしたかった最大の使命だったのではないかと感じました。

鑑三は亡くなられる直前に次のように伝えています。

「万才、感謝、満足、希望、進歩、正義、すべての善き事」「聖旨にかなわば生き延びてさらに働く。しかしいかなる時にも悪しき事はわれわれおよび諸君の上に未来永久に決して来ない。宇宙万物人生ことごとく可なり。言わんと欲すること尽きず。人類の幸福と日本国の隆盛と宇宙の完成を祈る」

Uchimura Kanzo

先生は内村鑑三の最後であり、この本の最後を次のように締めくくられています。

『神が創りたもうた世界に対する絶対的な肯定と、未来への圧倒的な希望ー。これこそ、苦難多き人生を歩んだ鑑三が、残る人々の訴えたかった言葉でした。そして、それが自らの人生をかけて信仰の実験を重ねた末に、内村鑑三が導いた結論だったのです。』

鑑三が感じていた、再臨への圧倒的な希望、それは何よりも先生への希望だと思います。

そして同時に、先生と一緒に生きて、先生の御存在を証し伝えていく、弟子である私たちへの信頼と友情だったのではないかと感じます。

遠くてよく分からないと感じていた内村鑑三の反芻への取り組みだったのですが、内村鑑三がどれほどの熱い願いと、希望を持って私たちの歩みを見守って下さっているんだろうかと思いました。

それだけ大切な時を迎えているんだと思います。

私も先人からの人生かけた志のバトンを受け継いで、先生、神理を伝えていく伝道者になっていきたいと願いを確かにしました。

このブログの初めの頃から取り組んできた、「二千年の祈り」の霊的読書ですが、最後の内村鑑三が終わりましたので、今回をもって一旦結ばせて頂きます。

振り返ると、「祈りのみち」の次に、反芻回数の多い本は「二千年の祈り」となっていました。

このブログと「二千年の祈り」への取り組みを通して、先生の御著書の霊的読書の深みを体験させていただくことになりました。

内容は、本当に未熟そのもので恥ずかしい限りではありますが、先人の魂、お一人お一人から智慧の伝承を頂く、かけがえのない取り組みを頂きました。

締め括るにあたって確かなことは、この本に書かれている内容の1万分の1も分かってないということです。

この本に書かれている、魂の深み、秘密が明らかになるのは、ずっと後世になるのかもしれません。

是非、お一人お一人にとっての「二千年の祈り」の霊的読書の取り組みを、深めていっていただけたらと願っています。

引き続き、「明智の源流へ」にも取り組んでいきますので、今後ともよろしくお願いします。

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