先生、神様の光に満たされたおばあちゃんのお葬式_ペイフォワードへの挑戦4

九州の新年の集いで、おばあちゃんにGLAに入会して頂くときに、TL医療のお医者さんから「入会したら元気になられるよ、何人もそういう人見てきたから」と聞いていました。

しかし、直前まで食事も流動食以外は受け付けない状態だったので、常識的にはあり得ないと感じていました。

しかし、実際に入会して頂くと、おばあちゃんの体力は回復し、元気になりました。

食事も流動食以外も普通に食べられるようになりました。

入会の時に、入院届けも出させて頂いたのですが、先生が光をおばあちゃんに送って下さっていたんだと思います。

孫である自分よりも、先生の方がGLA会員となったおばあちゃんの魂を大切にして下さっていました。

その後、半年以上の時間を頂くことになりました。

おばあちゃんはその後、いつもありがとう、ありがとうと感謝の言葉を伝えて、病院の中で周りを照らして行かれました。

そうして、お盆に帰ったときもお見舞いに行くことができました。

しかし、さすがに厳しくなられていて、意識も朦朧としていました。

お盆が終わって東京に戻ってきて、偶然とは思えない出会いがありました。

お世話になっている地域の方とお話しをする機会があったのですが、偶々その方が、お母さんの最後を看取った話しを教えて頂きました。

どうしてもお母さんに天国に行って欲しいと願われて、病院で新祈りのみちの「臨終の祈り」をずっと読んであげていたそうです。

その時の歩みについて、先生に声を掛けて頂く機会があったらしいのですが、お母さんの魂にとって、臨終の祈りをしてもらっていたことは決定的だったということでした。

そのことを聞いていたので、母に病院に行ったらできるだけ「臨終の祈りをおばあちゃんに祈って欲しい」とお願いしていました。

先日、九州では10年ぶりに先生がGGPの御講義に来て下さることになりました。

母と姉も、参加の対象になっており、参加することを楽しみにしていました。

先生が九州に来られる直前の金曜日に、母から連絡がありました。

おばあちゃんが熱を出してしまい、食事も食べられなくなったということでした。

私も職場での大試練もあって一休みしたかったので、帰ろうかと相談したのですが、いつになるかは分からないので、まだ帰ってこなくていいと言われました。

そして、母と姉は先生のご講演に参加することができました。

そして、母と姉は、九州での10年ぶりの先生の御講義に参加することが出来ました。

どのような場になったのか、気になって月曜日の朝に母に連絡してみました。

すると開口一番「とても良かった」と感動したことを教えてもらいました。

姉は、終始号泣していたようで、本当に先生のご指導が深く心にしみいっていたそうで、母も驚いていました。

それから数時間後、家族から連絡が入っていました。確認するとお婆ちゃんが亡くなったという連絡でした。

私は急いで、実家に帰ることにしました。

おばあちゃんは先生が来られるぎりぎりまで頑張ってくれていました。

帰る途中に、GLAの仲間に、Lineでお婆ちゃんが亡くなったので急遽九州に帰ることを伝えました。

すると、次々にお婆ちゃんのために、光を送りますと連絡が入っていきました。

私もこれまで、仲間の手術の時など、光を送ってきたのですが、こうしていざ光を送られる側になると、GLAの仲間の支えがいかに有り難いのかを深く実感しました。

夜遅くに佐賀に着く頃には、私の方が仲間から送られてくる光に癒されてしまいました。

そして、GLA会員として歩める感謝を深めつつ葬儀の会場に向かいました。

母が迎えに来てくれて、葬儀の場に向かったのですが、それまでの歩みについて教えて頂きました。

おばあちゃんがなくなった時に、すぐに母と姉が駆けつけ、親戚を前にして、なんと姉が率先して「臨終の祈り」を大きな声でおばあちゃんのための読んでくれたというとでした。

母の方が驚いていました。

前日の先生との出会いが姉にとっては決定的だったようで、お婆ちゃんを光の世界につなげるには、先生におつなぎすることが何よりも大切だと感じていたようです。

葬儀の場に到着し、亡くなられたお婆ちゃんと出会わせていただきました。

赤ちゃんのような顔に成られていて、その顔はうっすらと微笑んでいるようでした。

後で母に聞くと、なくなった直後は肌の色が黒くなったらしいのですが、その後どんどん白くなっていったと不思議がっていました。

医学的なことはよく分かりませんが、私は、母と姉の祈りが先生に通じ、先生に光を送って頂いたんじゃないかと感じました。

そして、GLAの仲間から送って頂いた光が、お婆ちゃんの魂に届いたんだと思います。

翌朝から、通夜の準備、そしてお葬式の準備が進んでいきました。

葬儀となると、父とは犬猿の仲である叔父さんとの出会いが避けられなくなります。

もう十年近く、まともに会話はしていない状態であり、近寄ってさえもいませんでした。

そこで、父に一緒にウイズダムに取り組もうと提案しました。

ウイズダムの願いについて深めながら、お婆ちゃんはどのような葬儀になることを願っているのか一緒に尋ねていきました。

すると、父からは「兄弟で仲良くおばあちゃんを送り出したい」という願いが語られました。

父の本心は再結を願っていることを改めて感じました。

いつも兄弟に対する許せない思いを語っていた父から、兄弟で仲良くしたいという願いを聞いたことは、本当に驚きでした。

ずっと不思議に思っていたのですが、先日開催されたTL人間学セミナーの実践報告の中で、ある経営者の方の実践を聞かせて頂きました。

父親との関わりでテーマを抱えられていたのですが、快苦を超えて本心で出会ったときに、父親の本心と出会うことができ、自分の願いと父親の願いが同じであったことに気づかれていきました。

私もウイズダムに書かれた先生の御言葉に導かれるて、父の本心と出会うことが出来たんじゃないかと感じました。

もし自分がGLAと出会っていなかったら、きっと父の恨みを更に引き出すような出会いになっていたと思います。

改めてGLAで学ぶことで、大難を、中難、小難へ変えて頂いていることを痛感しました。

こうして久しぶりに、親族で集まって、じっくりと話す機会を頂きました。

おじいちゃんや、おばあちゃんの生い立ちのことなど、初めて聞くような話もいくつかありました。

その中で、実践報告の時に頂いた先生の御言葉の謎が解けていったところがありました。

私は先生から「父親からの流れが強い」とお聞きしていたのですが、その意味が分からず、心に引っかかっていました。

しかし、今回親族の話を聞く中で、父の兄弟げんかの背景に、祖父母の関わりがあったことが見えてきました。

父は、おじいちゃんにかわいがられ、父もおじいちゃんを尊敬しており、お店を托されていました。そして、長男ばかり大切にするおばあちゃんへの不満を強く持っていました。おじいちゃんの最後をみとったのは父でした。

一方、叔父さんはおばあちゃんにかわいがられ、おじいちゃんとの関わりが捻れていました。そして、おばあちゃんの最後を看取ったのは叔父さんでした。しかも、殆どお見舞いに行っていなかったのに、珍しく病院に行ったときに目の前で亡くなられたそうです。

父の兄弟間のテーマの背景にあった祖父母の関わりが見えてきたときに、初めて謎が解けていったように感じました。

また、同時に自分自身の超えがたかった仕事での大試練への解答も頂くことになりました。(詳細は次回とさせていただきます)

先生に早くお伝えするために、母にお願いして、おばあちゃんが亡くなられたことを佐賀のお世話役の方に連絡してもらいました。

すると、すぐに佐賀ターミナルのお世話役の方が動いて下さって、死亡の報告書をGLAに提出することができました。

そして、お通夜にはGLAの佐賀のお世話役の方が4名ほど駆けつけてきて下さいました。

母も姉も、普段からお世話になっているようで、佐賀の皆さんとの温かな絆が感じられました。

改めて佐賀ターミナルの皆さんにも家族が見守られていることを感じました。

そうして、お葬式も終わり、火葬場へと向かいました。

おばあちゃんは光に満たされており、肉体からは抜けられていたようなので、あまり心配ではありませんでした。

火葬が終わって、骨を骨壺に移しに行きました。

火葬が終わった後のおばあちゃんの骨は白く光り輝いているように見えました。

人としての面影はほとんどなく、おばあちゃんは肉体への執着が無くなっていたことが感じられました。

本当に、ずっと先生に光を送って頂いていたんだと思います。

White Flower

偶々隣でも、病気で亡くなられた方の火葬が終わっていました。

亡くなられた方のことを第三者が語るのは、あまりよろしくはないと思いますが、大変に苦しそうな思いがそのまなご遺骨に現れているように感じました。

ご親族の皆さんも、その苦しさを引き受けかねている御様子で、何とも言えない重苦しい空気が漂っていました・・・。

でも、これが普通のお葬式なんだと思います。

思い返すと、私もお葬式に対してはずっと暗いイメージを持っていました。

お葬式と、死のイメージがつながっていたからだと思いますが、かつての自分にとって死ぬことは恐怖そのものでした。

なので、お葬式に行くのは義務感からであり、あまり行きたいと感じたことはありませんでした。

その考え方が一変したのは、あるGLAの友人のお母さんのお葬式に参加したことがきっかけでした。

それまでGLAのお葬式に対しても、同じような暗いイメージをひきずっており、あまり参加していませんでした。

しかし、実際に参加すると全く違っていました。

その場には、亡くなられた会員さんの魂が近くにいらっしゃることがありありと感じられました。

また、送る側のGLAの皆さんも、亡くなられた会員さんが近くに居ることを感じつつ、最後の出会いの時を大切に受けとめられていました。

そして、出会えたことの感謝をお一人お一人が率直に伝えていかれました。

そこには、死への恐怖など全くなく、お互いを大切に思う愛情に満ち、光に満たされた場となっていました。

魂として、肉体を持っての修行を終えて、お互いに別れることは切ないけれども次なる世界に旅立っていく、まさに人生の卒業式がお葬式であると感じられました。

GLAのお葬式に参加することで、昔から抱いていた死への恐怖は小さくなっていきました。

そして限られた時間、肉体という魂の乗り物を与えられ、この世界で人生修行ができることが、どれほど重要で大切であるのかが実感として深まっていきました。

新祈りのみちの「臨終のときの祈り」には以下のような一節があります。

「しかし、死は一切の終末ではありません。
魂は永遠、生き通しです。
不生不滅、連鎖湧出の神理のままに
死はまた、新たな始まりなのです。
死は同時に、生命湧出です。
・・・」
(新祈りのみち 513ページより抜粋)

この後に、どのように光の世界に帰って行けばいいのか、そのステップや心構えについて分かりやすく書いて下さっています。

以前に先生より、唯物論的な世界観しか持っていない方は、自分が死んでも、死んでいることにすら気づけず、無意識状態がずっと続く人が多いとお聞きしたことがあります。

GLA会員として高橋先生に導かれ、死に方や、死んだ方をどのように見送ればいいのかを教えて頂いていることは、魂の道行きにとって、本当に決定的なことであることを感じました。

今年の新年の集いの時に、孫として出来る最大の孝行は、GLAに入会して頂くことじゃないかと感じ、おばあちゃんに入会して頂いたのですが、おばあちゃんの魂も先生によって光の世界へと導かれ、親族も再結の歩みを深めていくことが出来ました。

もし、新年の集いで入会に誘えていなかったら・・・、今からすると本当に想像も出来ないくらいの大きな差が生じていたんじゃないかと思います。

一人の方を、GLAに入会して頂いて、先生におつなぎできることの大きさを深く実感させて頂きました。

同時に、未だお繋ぎできていないお一人お一人に、先生、神理、GLAをお伝えしていきたいと改めて心に刻みました。

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