大学での研究室の選択 そしてIT領域の国難へのチャレンジへ


前回までに、1995年の青年塾セミナー、その後スタートした青年のシリーズセミナーの中で、21世紀への切実なリアリティーを先生と共有し、覚醒して生きる青年となるための歩みが始まったことを書かせて頂きました。

その後、ある読者の方から、「その後の就職への歩みも、今の青年の参考になるんじゃないかな?」とリクエストを頂きました。

ご要望にお応えして、その後の歩みについて書かせて頂きます。

なお、ご意見、要望、もっと詳しく知りたいことがあったら気軽に声をかけて下さい。できるだけお応えします。

大学では機械科で学んでいたのですが、専門の研究室を選ぶタイミングがありました。

GLAに入会したのは、その直前だったのですが、それまでは、特に父親から以下のようなフレージングを受けて育ちました。
 ・お金があれば人間は幸せになれる
 ・お金をかせぐためには、有名大学に行って、大企業に就職した方がいい
 ・いい大学に行くには勉強しなければならない

この父親の価値観は、自分自身の価値観となり、そのためにものすごいエネルギーをかけて、受験戦争の中を戦ってきました。

しかし、GLAに入会し、神理を学ぶ中でこの価値観が根底から覆されることになりました。

「人間は永遠の生命であり、人生には目的と使命がある」

先生の神理の根幹にある、永遠の生命観に触れたときに、この父親から流れ込んできた価値観が根底から覆されてしまいました。

しばらくは、茫然自失となってしまい、何も考えられないくらいショックを受けました。
それでも、先生の永遠の生命観の方が、スッキリと心に入ってきてしまいました。

そこから、人生の目的は、快の追求ではなく、魂の願いを果たす事へと変わっていきました。

ただ、その頃は自分の魂の願いが何であるのかも分かっておらず、今のようにミッションワークも説かれていなかったため、まずは競争をやめることにしました。

そして、自分にとっての最優先時効は、神理を学び、習得することに変わってしまいました。

プロジェクトを優先するために、研究室も一番楽と言われていた制御工学の研究室を選びました。その当時、制御はそれほど人気がなかったので、比較的に簡単に入ることが出来ました。

そのような選択だったので、制御が何なのかも全く知らなかったのですが、制御とはロボットの制御であることが、後から分かってきました。

そして、研究テーマとして、コンピューターシュミレーションのアルゴリズムを考えることになりました。

コンピューターは好きだったので、図らずも面白そうなテーマを担当することになったのですが、担当の助教授の方は、アメリカに出張中でした。

更に全く0からスタートのテーマを任されることになってしまいました・・・。

こうして、GLAの神理を習得すること第一の目的として、偶然のように選んだ研究室だったのですが、厳しい環境の中で、研究テーマも全部自分で考えて進めることになりました。

プログラムを構築するC言語も、本で学びながら習得していったのですが、不思議なことにそこで習得した技術は現在のミッションワークへとつながってきているように感じています。

というのも、日本はこのIT領域において、非常に遅れている部分があり、それは現在の日本が陥っている、国難を生み出す大きな要素の一つになっていると感じるからです。

この部分は説明が必要なので、IT領域の遅れが、どのように日本の国難つながっているのか、次に見てみたいと思います。

日本の電機メーカーが惨敗しているというと、ロボットの技術では日本は世界一だと言われる方もいらっしゃると思います。

確かに、日本が得意な技術領域も多くありますが、全体を見たときには、欧米やアジアに対して十年以上の差をつけられている分野も少なくありません。というか、かなりの領域で負けてきています。

スマホからの撤退や、液晶テレビで負けているのは分かりやすい事実ですが、具体的な数値で見てみると、その結果はハッキリと現れています。

お隣の韓国にあるサムスン電子と、日本の大手電気会社の8社の2013年度の営業利益を見てみましょう。
単位は億円です。

日立 5328
パナソニック 3051
ソニー 264
東芝 2907
富士通 1425
三菱電機 2351
シャープ 1085
NEC 1061

8社合計 17472
サムスン 37000

8社合計の、2倍以上の営業利益をサムスン1社で稼いでいます。

また、経営体質を評価する指標のひとつである営業利益率にも、その差はハッキリと現れています。

8社 3.8%
サムスン 16%台

もうこれは、完敗と言っても言い過ぎではないくらいの差をつけられています。

丁度一年ほど前に、因縁果報で日本の産業界のIT化の遅れについて書かせて頂きましたが、そこを土台として更に考察を深めていきたいと思います。

「国難への挑戦!!見えない国難の実態を見える化する因縁果報の神理」

かつて、Japan as NO1 とまで言われていた時代に、世界を席巻していた日本の電機産業が、どうしてここまで明確な差をつけられることになったのでしょうか?

そして、負けているのは電機産業だけなのでしょうか?

私は自動車業界で働いておりますが、トヨタは世界一に返り咲いており、一見成功しているようにも見えます。

しかし、いずれ電機業界で起きている問題が、自動車業界や他の業界に拡散していくことを危惧しています。

そのように考える背景として、IT分野の日本の遅れが、大きく足を引っ張っていることを日々実感しているからです。

電機業界は、ある意味でその影響をダイレクトに受けやすい業界なので、顕著に数値として表れています。

ITの分野が遅れていると言われても、実感がない方は多いと思います。また、どのように影響しているのかも見えにくい部分があります。

ただ、身近な問題として、日本のIT業界は就職先として人気がないことは、良く聞かれる話ではないでしょうか?

「色々と就職活動したけど、結局ITの会社にしか受からなかった」といった話しは多く、かなり過酷な労働条件で、給料も少なく、睡眠時間も充分にとれないような環境で働いている友人も私の側にいます。

土日出勤も多く、夜中までの仕事で家に帰ることも出来ず、ホテル代も出してもらえずに、寝袋で寝て作業を続けているそうです。

そのようなエンドレスで続く、過酷な仕事を業界用語で「デスマ」というそうです。Death marchの略語らしいのですが、そのような用語が日常的に飛び交っているそうです。

しかし、世界を見てみると全く異なる状況があります。

海外では、アーキテクトというと、アーティストに近いような扱いを受け、給料においても待遇においても、最高級の扱いを受けます。

実際にそれほど高度で、効果の大きい仕事をされているのですが、この日本と海外との差は何なのでしょうか?

〇ITの遅れを生み出す原因の洞察

どうしてこのような日米での差が生まれてきたのでしょうか?

非常に重要な問題でありながら、この原因についてまともな考察と対策が打たれることがないまま、差は開き続けてきています。

その原因について、ずっと探してきたのですが、最近になってようやく本質的な問題について、書かれているブログの記事と出会うことが出来ました。(非常に興味深い内容が書かれていますので、良かったらブログの中身まで見てみて下さい。この後のまとめの部分は端的な結果だけ書いているので、読まないと分からないかもしれません)

日経コンピューターの編集長等をしてこられた、谷島宣行さんの、
「ソフトを他人に作らせる日本、自分で作る米国
長年の難問への対策、諦めず小さいところから」

という記事と、

米国のマイクロソフトに勤務し、アメリカでベンチャー企業を複数立ち上げてこられた、中島聡さんの
「なぜ日本のソフトウェアが世界で通用しないのか」 

の二つです。

日本のソフトウェア開発の、歴史的な背景について書かれているのですが、それはソフトウェアの産業構造が、ゼネコンの構造と同じ構造になっており、その結果、雇えない、プロがいない、
多段階発注でノウハウが蓄積しないという結果が生み出されてきている事が分かりました。

その背景には、官僚主導のIT産業の育成の方針があり、ITゼネコンビジネスモデル」と言われるような構造があることが分かってきました。もう30年も前から、その問題点は指摘されてきているそうです。

何十年という時間をかけて作られてきた社会システムそのものに問題を生み出す構造があり、一朝一夕に解決することができなくなっています。
しかも、ITの中にはITインフラと呼ばれる領域もありますが、あらゆる産業の基幹になっており、その領域での敗退は、致命的な差を生み出すことになります。

こうして、まさに国難と言っても大げさではないほどの問題となっています。

私は、自動車会社で設計業務に携わりながら、3Dデータの作成業務を中心に仕事をしてきました。

しかし、開発現場においては、ITゼネコンビジネスモデルが浸透しているため、そのような仕事は派遣社員にやってもらうスタイルをとっている人が殆どでした。派遣社員を使って、多くアウトプットを出す人が出世していきました。

私は、開発現場にある、正社員と派遣にある差別意識がどうしても納得できず、派遣社員の人がやっていた3Dデータ作成業務も自分でやってきました。

そして、そこで得られたスキルをe-learningの教育システムにして、普及するような仕事をしてきました。(大学時代に、コンピューターのスキルを磨いていたことは、この時にも非常に役立ちました)

ある意味で、ITゼネコンビジネスモデルとは真逆の、人材(プロ)の育成と、ノウハウの蓄積の問題に真正面から取り組んできました。

ただ、世の中の価値観と違うことをやることは、非常に多くの困難と苦痛を伴うことになりました。

どんなアウトプットを出しても評価もほとんどされることはありませんでした。それでも、このままでは会社が駄目になってしまうことへの危機感を持って孤軍奮闘してきました。

約十年ほどかかりましたがリーマンショックによって派遣切りが行われる中で、派遣社員への依存によって、スキルが蓄積されてこなかったことの問題が表面化し、私の提案に耳を傾ける人が徐々に出てきました。

そして、底辺からの提案に対して、理解して下さる経営層の方との出会いをいただくことになり、会社の古い構造を転換するような、非常に重要なプロジェクトを任されることになっていきました。

本当に茨の道をずっと歩んできたのですが、そのような道を選択する判断をすることになった背景には、GLAの青年塾での鍛錬があったことが、今回のブログをまとめていて、初めて見えてきました。

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写真は海外のユーザー会に向かう飛行機から見た夜明け

ここで、改めてITビジネスモデルと、仕事でやってきたことを比較します。

★ITゼネコンビジネスモデル(国難を生み出す構造)
多段階発注 → ノウハウが蓄積しない
プロが育たない

☆神理実践で構築してきた業務内容(国難への挑戦)
ノウハウの蓄積 → e-learningの構築 → 教育による正社員のスキルアップ
プロの育成

となっており、国難に挑戦する構図となっていました・・・。

それこそ、GLAの根幹にある永遠の生命観は、今の国難の根幹にある時代の三毒としての、唯物主義、刹那主義、利己主義とは真逆の価値観となっています。

■時代の三毒(唯物主義・刹那主義・利己主義)

永遠の生命観を基とすると、仕事の一つ一つの判断が変わり、それが何十年もの時間をかける中で、国難の解決へのチャレンジへとつながっていくことが、今にして見えてきました。

また、大学時代にGLAのプロジェクトを優先して、偶然のように選んだ制御の研究室も、20年以上の時の経過の中で、ミッションワークを果たすための必然の選択に変わってきました。

私は、大学時代に青年塾で思いっきり鍛錬していて、いざ会社に入ったときに、思ったほど青年塾で鍛錬してきたことが活かされないと感じていた時代がありました。

「新世紀創造の志士となる」というテーマに対して、非常に憧れを抱いていましたが、現実はそうは甘くはないなあと諦めるような思いになったこともありました。

しかし、もっと長いスパンで見たときに、青年塾で鍛錬したことは、国難と解決する道へと直結していたことが分かってきました。

もし、自分のミッションワークが分からないという青年の方がいらっしゃったら、まずは、先生の準備して下さった鍛錬プロジェクトに思いっきり飛び込んで、プロジェクトを通して、先生の願われる世界をご一緒に具現していくことを強くおすすめします!

直ぐには結果が出なくても、神理実践を深める中で、必ずやミッションワークへと辿り着けると確信しています。

青年塾で一緒に鍛錬した同志の中には、それぞれの業界で目覚ましい結果を出す人も増えてきています。
改めて、高橋先生に導いて頂いていることの大きさを刻印させて頂きました。

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