新渡戸稲造からの志の伝承! 神の光を世界に現すミッションワークへ

新年おめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。

昨年の終わり頃から、ずっと新渡戸稲造の反芻行を続けてきましたが、当初予想していた以上に後智慧が深まったこともあり、先智慧の取り組みが伸び伸びになっていました。
ただ、新年を迎えて、ヴィジョンを描くには丁度いいタイミングになりました。

これまで、青年塾二十年の歩みと、会社の十年の歩みの後智慧を深めてきましたが、今回は先智慧としての取り組みになります。

一度紹介させて頂きましたが、稲造は宮部金吾宛の手紙の中に以下のように認めています

「私の眼の前には、きらきらする私が握ろうとする何物かがある」
「私のなさんとすることは、私の前にうず高く積まれているように思われる。その巨きな積み重なりに私は驚きはしない。・・・・・・私は毎日神に祈る――神が、神と世界のために何か役に立つ精神力と機会とを御恵みくださるようにと。」

ここに書かれた稲造の祈りを深めていて、それまでの目先の試練に一喜一憂する自分を離れて、未来に果たすべき使命に思いを馳せるようになりました。

そして、稲造の人生と自分の人生の歩みを更に深く見つめていきました。

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稲造は自分にとって、最も深い御縁を感じる先人の一人なのですが、最初に稲造のことを知ったのは、1999年の2月号のGLA誌に先生が稲造について書いて下さった時でした。それから反芻行に取り組みました。

そのことが大きなきっかけとなって、稲造が自分を磨くために東京に行ったように、私も自分を磨くために東京に行きたいという思いが深まっていきました。そして、転職して翌年には東京で働くことになりました。それまで失敗続きで、全く開かなかった転職への道がすっと開いてしまいました。

稲造が東京に引っ越した年と、私が引っ越した年が重なっており、不思議な一致があるもんだと思って他にもないか探してみました。すると、稲造が「武士道」を書いて、世界に日本を紹介した年と、私がこのブログを始めてGLAのことを世界に伝え始めた年も同じであったことに気づきました。

また、稲造は38歳の時に「糖業意見書」を書いて、その後台湾での事業が、5年間で世界一のハワイに並ぶほどの成功へと導くのですが、私も同じ年に、意見書を書いて、そのことが新しい事業の創出へとつながってきています。今後5年間で、世界一を目指す予定です。事業家でありながら、教育者である点も同じです。

また、煩悩も同じ苦暴流です。(稲造が苦暴流とはどこにも書かれていませんが、怒りを乗り越えるべきテーマにしていたので、そのように推察しました)

こうして不思議な一致点が色々見えてきたのですが、更に詳細に稲造の人生を自分の歩みと照らし合わせると、他にも沢山発見できました。以下は、大まかな稲造の人生の年表ですが、一致点も併記しました。

西暦 稲造の年 稲造の出来事 → 私の出来事
1862 0 南部藩(盛岡市)
1871 9 上京 → 田舎から市への引っ越し
1877 15 札幌農学校
1879 17 霊的な体験 → 霊的な体験、宗教の更なる探求
1881 19 愛読書 サーターリサータスとの出会い → 祈りの道との出会い
1882 20 東京大学入学 太平洋の橋になりたい → 青年塾 自分を信じ、世界を信じ、未来を信じて歩みたい
1885 23 アメリカ 教育ヴィジョン → 中京NP フロントで神理を学びたい
1887 25 ドイツ留学 農政学 → 中京NP フロントで神理を学びたい
1891 29 札幌農学校 → 会社内で教育スタート
1897 35 伊香保 西海岸 武士道執筆
1899 37 武士道 出版 → 本ブログスタート
1900 38 意見書作成 台湾行き → 意見書作成 新事業の着手
1906 44 一高 校長
1911 49 日米交換教授
1919 57 国際連盟 事務次長
1933 71 死去

最近、お二人の方から、「歪曲、独尊が強いので戒めた方がいい」と言われたばかりなので、できるだけ戒めようとしている真っ最中です。なので、できるだけ正直、愚覚を深めながら検証しています。

これまで、100名ほどの先人の歩みを辿ってきていると思いますが、ここまで詳細の年表を調べたこともありませんし、不思議な一致点が多い先人はいませんでした。

何でだろう、不思議だな? という位で止めておこうと思います。

もちろん、何よりもの人生の最高のモデルは、高橋佳子先生です。

歴史上の先人での人生のモデルは、不思議な御縁がありそうなので新渡戸稲造に定めさせて頂くことにしました。

そこで、人生の大きな転換点を迎えるにあたって、未来のヴィジョンも稲造の歩みから学んでいこうと思います。

高橋先生は、稲造の人生に働いていた力について以下のように書かれています。

「稲造の人生の前半は、渡米など、本人の内なる促しによる選択によって貫かれていますが、後半生は、台湾行きにも見られるように、本人の要望というよりも外からの強い要請に応えることによって営まれてゆきました。引き上げる力、外からの促しの力によって、その使命へと運ばれてゆき、またそれに誠実に応えていったのです。」

私も、まさに稲造の人生の転換が起きた年と、ほぼ同じ年齢となりました。
会社での教育の仕事における10年の結びと新事業へのチャレンジ、そして、青年塾における20年の歩みを経て卒業する時期を迎えています。
そして、今回の稲造の反芻行と後智慧を通して、「こうだったからこうなってしまった人生」から、「こうだったからこそこうなれた人生」へと転換していきたいという願いを確かにさせていただきました。

私もこれから、稲造のように人生にはたらく力の転換が起こり、外なる促しの力によって、使命へと運ばれていく人生に向かっていきたいと願いを深めました。

稲造の後半生の年表は以下のようになっています。

西暦 稲造の年 出来事
1906 44 一高 校長
1911 49 日米交換教授
1920 58 国際連盟 事務次長就任
1926 64 国際連盟 事務次長辞任
1933 71 死去

一高の校長として、その後、日本の礎を作っていく優秀な人材を育まれています。

稲造は、キリスト教を土台として、日本に新しい文明を持ち込まれており、教育においても新しい手法を持ち込まれています。

そのため、様々に非難されながらも、自らの信念を貫かれていくのですが、私もGLAで次なる時代の新しい価値観を学びつつ、新しい教育理論を会社内で試行錯誤しています。それ故に旧来の考え方と様々に衝突してきたんだと思いますが、稲造の人生を俯瞰すると、そのような試練を引き寄せる生き方を乗り越えてきたが故に、次なる人生のミッションワークがもたらされているようです。私も敢えて試練を引き受けて、ミッションワークへと向かいたいと願います。

また、青年塾を卒業したばかりではありますが、社会で成果を上げた後に、また教育の働きにも尽力していきたいと思いました。

その後、日米交換教授、国際連盟事務次長として、世界平和のために尽力されています。

そのときの稲造の心境について、「二千年の祈り」の中には以下のように書かれています。
『稲造は、当時の心境をアメリカの友人に宛ててこう書いています。
「私の生涯の仕事における変化を思うとき、頭上に私を導く御手のあるのを改めて感じます。自分に能力があると正直申して思いません。しかし、この任務は私の全精力をかけるべきものであることは確かです」
そして、「私のこれまでの経験はこの仕事を成し遂げるためのものであった」と言っているのです。並々ならぬ決意を持ってこの任に就いたことが窺えます。』

まさに、ミッションワークに従事されていきました!

今の自分からすると、国際平和のために尽力する人生というのは、なかなか描きずらい所があります。しかし、いずれGLAが日本を超えて、世界に広がっていく段階を迎えたときに、様々な文化の違い、宗教の違い故に生じる試練は沢山あると思います。

そのときに、国と国の間に、橋を架けようとする人は絶対に必要になってくると思います。

前回のブログでの英訳へのチャレンジもその一つですが、稲造の反芻行をするようになって、英語を習得する環境が次々に開かれていき、仕事の要請も出てきました。というか、自分から敢えて海外に出て行く機会を作ろうとしています。

英語の勉強方法ですが、Iphoneをフル活用しています。辞書はもちろんですが、BBCのニュースアプリを使って、英文の記事を読み、英語のラジオもずっと聞いて、とにかく量に触れるようにしています。

更に、英単語アプリ、TOEICアプリなど、ゲーム感覚で勉強できるアプリも沢山出ており、移動時間などの空いた時間を活用しています。

先日、エスプリラインの社長さんから、同じ英語を何度も聞いた方がいいとアドバイスを頂いたので、Speed Learningも改めて活用してみようと思います。

また、もう一つおすすめの勉強法は、先生の御著書の英訳版を使っての勉強法です。海外の会員さんに勧められて始めたのですが、英語版の本と日本語版の本を両方準備して、英語の意味が分からない場合は日本語を読むようにしています。辞書を引く手間が省けるので、スムーズに英語を読んでいくことが出来ます。

英語の理解と神理の理解が同時に深まるので、是非おすすめです。

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是非、皆さんとご一緒に、世界に目を向けて、世界に先生、神理、GLAをお伝えしていくミッションワークに向かっていきたいと願います。

先智慧としての反芻行にずっと取り組ませて頂いて、一番響いた所は以下の文章でした。

『稲造は、「宗教とは、神に接して力を得、これを消化し、同化して現す力である」と言い、何よりも実行を大切にしていました。そして、一人ひとりの内なる光(インナーライト)を世に現すことこそ、宗教の目的であると訴えていました。』

これまで、神理をお伝えしようとして、理解して頂けないこともありましたが、何で宗教が必要なのかについて、上手くお伝えできませんでした。様々な偏見や誤解をされるのが当たり前の時代にあって、その流れを押し返すほどの宗教の必要性への確信が弱かったんだと思います。

でも、稲造のこの言葉に触れ、稲造のミッションワークへと導かれていった人生の歩みを思ったときに、本当に神様の力と一体となって、内なる光を世界に届けて行かれました。

神様を信じるということは、世界を導き、一人一人の人生を導かれんとする、最も巨大な神様の力と一体となって、自らの人生を開き、世界を開いていくことなんだと思いました。
それは、最新の先生の御著書「一億総自己ベストの時代へ」に書かれている、ミッションワークへと到る道そのものだと思いました。

年末に、高橋先生はあるご指導の中で、この御著書にかかれたペイフォワードという映画のことをご紹介下さる際に、聖書の一節についてお話し下さったのですが、はからずも、新渡戸稲造の最後に出てきたのも同じ聖書の一節でした。

『―― 一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが死ねば多くの実を結ぶ。――』

捨て身で試練を自らに引き寄せていった稲造の歩みは、後世の人々へと引き継がれていくことになりました。
私も稲造の志を引き継いで人生を切り拓き、ミッションワークを果たしたい!
そして、世界中の人々に先生、神理をお伝えし、後世へと志のバトンを引き継いでいく願いを更に確かにしました。

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