ヒーローかヒールか? 吉田茂を「意味の地層」の神理で読み解く挑戦!

丁度一年ほど前、NHKで吉田茂の人生について連続ドラマが放映されました。

主演は渡辺謙で、戦後の厳しい時代の中において、日本の尊厳を守るために活躍した、ヒーローとしての吉田茂が描かれていました。5回も総理大臣を務めており、在籍期間も2616日と最長です。

命がけで日本のために戦い、朝鮮戦争において日本を再度軍国化しようとするアメリカの圧力にも屈することなく信念を貫き、自衛隊の組織化に携わっていった歩みが描かれていましたと思います。

ドラマを見てとても感動し、日本にもこんなに凄い政治家がいたんだなあと思いました・・・。多くの本やWebにも同じようなヒーローとしての情報が溢れています。

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当時、以下の感想を残していました。

『「負けて勝つ 戦後を作った男 吉田茂」 戦後の初代首相となった吉田茂のNHKドラマ 自衛隊の前身の、警察予備隊。 元々憲法第九条で、武力を放棄したはずの日本が、再軍備を意味する警察予備隊を持つことになった理由って・・・? 実は、北朝鮮が韓国に攻め入った朝鮮戦争時に、GHQが韓国を助けに行く際に、日本の兵力が必要で作ったそうです。 その後、サンフランシスコ講和条約でGHQは撤退し日本は独立 同時に、アメリカは日米安保条約で陸海空軍が残ることになった。 ただ、日米安保がなければ、憲法九条を破棄して再軍備を避けられなかったとしたら、仕方なかったのか・・・。 戦後の復興期という大激動の時代に、いのちがけで日本を守ろうとした姿に感動しました。 また日本は朝鮮戦争の戦争特需で復興するのですが、吉田茂の言葉が心に残りました 「戦争で荒れ果て戦争で復興する、皮肉なもんだな」 』

その後、様々な情報を集める中で、表面的で浅い受け止め方をしていたことを恥ずかしく感じるようになりました。
その原因を神理で読み解いてみたいと思います。

これから神理の眼差しで深めてみたいと思いますが、そもそも「神理とは何か?」というGLA会員にとっての根源的な問題について、改めて問いかけられた機会がありました。

先日、先生からGLAの場を支える皆さんにメッセージを頂きました。先生は様々な機会を通して、日本の政治や経済に携わる方々に対して、具体的に日本が取るべき政策や行動について意見を交わされてきているらしいのですが、その際に神理で事態を読み解いて、お伝えされているとういことでした。

先日も、先生は近代国家の礎を作ったフランスのある思想家の偉業についてお話し下さいましたが、先生から教えて頂くと、歴史認識にしても、経済の分析にしても、本当に深く納得させられます。心の深くで「そういうことだったんだ!」と感動して、根本の認識が変わり、自然と生き方まで変わるようなところまで導かれてしまいます。神理で読み解かれる先生の眼差しに本当に憧れます。

先日、先生は神理について「神様はものすごいものを降ろして下さった」といった表現をされていました。

このときに私は若干の違和感を感じました。私はこれまで、神理は先生が作られたと心のどこかで思っていました。煩悩地図、人天経綸図、悟りの九段階、人間の使命、因縁果報ウイズダム、様々な神理がありますが、それらすべて先生が考えられていると思っていました。

しかし、先生は神理を神様が降ろされたと受けとめられていました。

でも確かによく考えてみると、神理とは神様が作られたこの世界の構造の一側面であるとも受けとめられます。それは既に世界にあったものであり、先生が作られたというより、どちらかというと先生が発見されたと言った方が実態に近いのではないかと気づきました。

また神理とは、世界の真相をみつめる眼差しとも言えると思います。とすると、神様がどのような視点を持ってこの世界を作られたのかが神理なのかもしれません。そういえば以前、神理は神様の眼差しであるとも教えて頂きました。

となると、先生は神様の眼差しにアクセスできる稀有な御存在ということなんでしょうか?
神理とは何なのか、また先生とはいかなる御方なのか、全然分かっていないことを改めて感じました。

先日、GLAのある先輩のすすめで、孫崎享さんの「戦後史の正体」という本は面白いから、青年は是非読んだ方がいいよと勧められました。

証券会社の第一線で活躍されてきた方であり、深い洞察力を持たれている方だと思っていたので、早速読んでみることにしました。

その中には、NHKのドラマで描かれていた吉田茂とは真逆の姿が描かれていました。

この本のテーマとして、戦後の歴史を、超大国アメリカと日本との関係という視点で表現されていました。

二つに分類するというのは、少々強引な見方ではありますが、ある真実を言い当てている部分があると感じました。首相は以下のように分けられていました。

自主派 重光葵、石橋湛山、芦田均、岸信介、鳩山一郎、佐藤栄作、田中角栄、福田赳夫、宮沢喜一、細川護煕、鳩山由紀夫
アメリカ追従派 吉田茂、池田勇人、三木武夫、中曽根康弘、小泉淳一郎

ドラマではアメリカと戦って日本を守った吉田茂が、アメリカ追従派になっていました。

真逆の結果をどのように受けとめるのか・・・。ここで「意味の地層」という神理で読み解くチャレンジをしてみたいと思います。

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http://www.gla.or.jp/tamashiinogaku/termiology.html#a01

意味の地層では、印象、常識、事実、心理、因縁、自業 と受け止め方が深まっていきます。

ここ数年の震災直後の原発の報道においても、NHKでさえも海外のマスコミと比べて、なかなか真実を報道できないことは多くの人が痛感されたと思います。

日本のマスコミは、戦後に占領軍であるアメリカに徹底的に報道を検閲されていた歴史があり、アメリカの意向に従うというのは組織の文化として定着しているようです。となると、アメリカ追従派を美化する傾向があり、吉田茂も偉人の物語として放映することになります。

テレビで放映された吉田茂のドラマは、「印象」、「常識」としての人物像になるかと思います。ドラマなので、真実ではなく脚色している部分も多分にあったんだと思います。

意味の地層で更に深い「事実」を見るために、吉田茂の言動について残っている記録を確認します。

『続 重光葵手記』には次のように書かれています。ちなみに、重光さんは外交の分野で活躍された先人としてNexstage SRSで先生がご紹介されていました。

「最上級の幹部達が、ひんぱんにマッカーサーのもとを訪ねるようになり、みな自分の立場の安全をはかろうとしている」
「最近の朝日新聞をはじめとする各新聞のこびへつらいぶりは、本当に嘆かわしいことだ」
「吉田外務大臣は、いちいちマッカーサー総司令の意向を確かめ、人選を行った。残念なことに、日本の政府はついに傀儡政権となってしまった」

戦後、アメリカの圧力に屈して保身に回る人々、その中心に吉田茂がいたようです。

またGHQとして戦後の日本の形を決めていったウィロビーは『知られざる日本占領 ウィロビー回顧録』の中で、帝国ホテルの社長の談話として、以下のように書いています。

「ウィロビーはたいへんな吉田びいきだったねえ。
帝国ホテルのウィロビーの部屋へ、吉田さんは裏庭から忍ぶようにしてやって来たりしたよ。裏階段を登ってくる吉田さんとバッタリということが何度もあったな。(略)
あのころは、みんな政治家は米大使館(マッカーサーの宿舎)には行かず、ウィロビーのところで総理大臣になったり、あそこで組閣したりだった」

ウィロビーの所に裏で通っていたようです。最長の総理大臣の在任期間の背景には、アメリカの意向を汲む努力をされ続けていたんだと思います。それが日本の自律への道につながっていたかというと、裏庭から入っていった様子からも、そうはならなかったと思います。

そして、当の本人の吉田茂は『激動の百年史』の中で次のように語っています

「私は戦争が終わって外務大臣に任命されたとき、総理大臣であった鈴木貫太郎氏に会った。
そのとき鈴木氏は『負けっぷりも、よくないといけない。鯉はまな板の上にのせられてからは、包丁をあてられてもびくともしない。あの調子で負けっぷりをよくやってもらいたい』といわれた。この言葉はその後、私が占領軍と交渉するにあたっての、私を導く考え方であったかもしれない」

敗戦国として、まな板の上の鯉になることを信条としていた・・・。アメリカと戦った姿とはかなりかけ離れている実際の姿が見えてきました。本当にアメリカの圧力と戦った重光さんのような方は不遇な人生を送られており、最高権力の場に居続けた吉田茂とは対極的です。

ここから先は、完全に推測になりますが、この発言と生み出した結果という事実の奥にあった「心理」を考えた時に、日本の国益よりも自己の保身を優先してきた思いが伝わってくるようです。また、因縁としての吉田茂を取り巻く多くの人々が、そのように生きていたんだと思います。

そのことで、日本はかなり不利な条約を結ぶことになり、その負債を未だに引きずっています。沖縄の基地問題は分かりやすい現れですが、現在の第三の国難につながるような、沢山の課題を抱えることになりました。

翻って、私自身のことを振り返ると、幼い頃からテレビを見ていて

「たとえ総理大臣になったとしても人間は自由には生きられないじゃないか。」

そのような世界への絶望感を抱いていました。そして、自分さえ良ければいいと打算で生きてきてきました。その根源には、様々な国と国との力関係の中で、自由には生きられなかった歴代の首相や、色々な人々の思いが流れ込んで来ていたんだと思います。

吉田茂がカルマに呑まれて、超大国のアメリカの意向に従って生きてきた思いと同じ思いが、自分の中にもあったことを発見しました。

しかし、私は高橋先生と出会いました。

先生より「魂の学」を教えて頂く中で、人間は本当に魂であり、永遠の生命としての転生の願いと後悔を抱いて生まれてきたことを教えて頂きました。

そうして少しずつ、魂の深くからあふれてくる願いを中心に生きていけるようになってきました。高橋先生は私の人生にとって希望そのものです。

今年、高橋先生は「一億総自己ベストの時代」という講演会を全国各地で開催されます。

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http://www.keikotakahashi-lecture.jp/

吉田茂がそうであり、かつて私自身もそうであったように、魂が失われ、唯物主義、刹那主義、利己主義にのみこまれた時代にあって、魂としての願いを生きるためには、GLAで神理を学ぶことは最短距離であると確信しています。

吉田茂や多くの先達が、魂としての願いを生きることが出来なかった後悔を引き受けて、「一億層自己ベストの時代」を先生とご一緒に、切り拓いていきたいと願っています。

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