映画「風立ちぬ」 第二の国難と闘った日本人技術者の輝き!そして第三の国難への挑戦

昨年、先生御自身が総合プロデュースされた劇「ミサミスの太陽」において、先生は第二の国難としての第二次世界大戦に突入していった日本の中枢と、大きな流れに飲み込まれず魂の願いを生きた青年将校の歩みを表現されていました。

丁度同じ時期に、宮崎監督は「風立ちぬ」という映画を作られており、第二次世界大戦に突入していった時代の技術者の人生を描かれていました。

宮崎監督も、先生と同じように、国難を受けとめられていたのかもしれないと思い、映画を見に行くことにしました。

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映画の冒頭は、関東大震災から始まり、その後日本が太平洋戦争に向かっていった当時の状況と、激動の時代の中で活躍した設計者、堀越二郎さんと堀辰雄さんが零戦を開発していく姿が描かれていました。

自分自身が設計者ということもあり、「設計者は夢を形にする仕事なんだ」といった表現などに、一々感動していました。

そうして、飛行機に憧れを持った少年は、成人し、やがて名古屋の三菱で飛行機の開発に携わるようになっていきました。

あるとき、海外へと出張する機会があり、ドイツの最新の航空機に圧倒されて、日本の旧態依然とした開発の体制に対して、一緒に行った仲間からは「日本は10年以上遅れている」、「20年以上遅れている」という愚痴のような言葉が何度も出てきました。

技術力においても、資金においても、日本は圧倒的に不利な状況があったようです。

私の職場の周りでも、同じような「日本は遅れている」という話しが良く聞かれます。
そういう点でも、第二の国難の当時と、今の第三の国難を抱える日本では、同じような構造が生まれていることを改めて感じました。

海外の圧倒的な国力、技術力に対して、堀越青年は愚痴に飲まれることもなく、技術を磨き続け、たんたんと自らのミッションワークに取り組まれていきました。

その姿に、本当に感動し、涙無くしては見られませんでした。

まだ、見ていない方のために、残念ですがあまり話さないようにします。

ただ、同伴者として病を抱える方の痛みを引き受けながら、それでも、日本で世界一の飛行機を開発するという技術者の夢を抱いて、涙を流しながら設計されていった姿は、本当に心を打つものがありました。

重すぎる試練を引き受けて、それでも自分の限界を超えて乗り越えんと挑戦する主人公に注がれる神様の慈愛を感じずにはいられませんでした。神様はミッションワークを果たさんとチャレンジする人を応援して下さっているんだと思いました。

世界最速の飛行機を作るという夢に向かって、何度も失敗を繰り返しながら、技術者の集団は成長していきました。その当時の開発チームの熱い議論の様子と、それを見守る上司の温かな関わりにも感動しました。

そうして、夢の世界一の飛行機は完成していきました・・・。

ただ、夢の飛行機ではあるのですが、それが兵器として活用されてしまうことへの悲しさも同時に描かれていました。

午前中に映画を見て、午後はテュフズードというドイツの会社のセミナーに参加し、ISO26262という国際規格についての概要を学びました。

機能安全という考え方に基づいて、電子機器の故障率を下げて、人間の命に関わるような事故を未然に防ぐための様々な智慧がつまった内容でした。今後の開発の基幹的な考え方が含まれており、非常に重要な内容でした。

この規格自体も、ヨーロッパを中心にして規格化が推進され、日本は後追いで対応するような形になっています。
映画の中でもドイツの先進的な飛行機に対してショックを受けるシーンが出てきますが、現代も同じようなことが起きています。

第三の国難の中で、精神の鎖国状態になっている日本が、世界の進化から取り残されていく危機を改めて感じました。

第二の国難にあって、世界最高の飛行機の具現への道を開いていったのはなんだったのでしょうか?

天才設計者の堀越さんの存在も大きかったとは思いますが、私はそれを支えた名も無きエンジニアの集団の総合力にあったのではないかと感じました。
上下の差別もなく、蹴落とし合いのような競争もない中で、夢に向かって一丸となってチャレンジして行く姿が描かれていました。

翻って第三の国難を抱える、現代の日本において、一体何が必要なのでしょうか?

私は魂の学を学び、実践し、人生を転換して輝く人であり、その集団だと思います。

今年の夏のかけ橋セミナーの具現に向かって、先生は主力となってセミナー全体を背負う青年塾の鍛錬プロジェクトメンバーに対して、以下のテーマを設定して下さいました。

ミッションワーク発見のために
■第1の実践:心の基礎体力・
       受発色力鍛錬
■第2の実践:ミッションワーク探究

先生は今年の集中鍛錬の期間、月に一回開催される鍛錬プロジェクト集会毎にメッセージを下さり、事前に開催された鍛錬プロジェクト合宿においては「果報側人類」「因縁側人類」の神理と、取り組むシートを降ろして下さいました。

そして、プロジェクトの様々な試練を、果敢に神理実践で乗り越え成長した一人一人は、それぞれの職場での関わりが変わり、職場の皆さんと響働してそれぞれのミッションワークを果たす働きへと向かって行かれました。その姿に、本当に照らされました。

先生の下で鍛錬した一人一人の魂から生み出されていく希望の世界が、やがて第三の国難を超えて世界に広がっていくことを信じて、更なる神理実践を重ねていきたいと願います。

「映画「風立ちぬ」 第二の国難と闘った日本人技術者の輝き!そして第三の国難への挑戦」への2件のフィードバック

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