GLA特別御供養。神様と先生の御心によって開かれた光の場の中での奇蹟の救い

転生超えられないテーマへの挑戦を思いつつ、セミナー三日目の朝早く起きて、人生祈念館の近くにある地上の星へと向かいました。

先生が、パワースポットがある場所に地上の星を作られたとお聞きしており、八ヶ岳のセミナーに行った時は、できるだけ地上の星の付近で禅定するようにしています。あの場所は特別ですね!

地上の星に到着すると、偶然にも母が一人で座っていました。

そうして、親子水入らずで、しみじみとセミナーの感想等を話すことができました。その中で、母の関わりのテーマについて改めて聞かせて頂き、「転生超えがたきテーマをそれぞれ抱いていて挑戦しているんだねえ」としみじみと話しました。

そして、母は念願の豊心大学に入学することができました。初めての八ヶ岳であり、初めてのセミナー参加であり、初めての豊心大学入学でした。

そして母は、ありがたくも先生御退場時に先生と握手することができました。

握手する前に、母から先生に何を話そうかと相談されたので、去年のご供養で弟が救われたことを話したらいいんじゃないかと提案しました。

というのも、母は弟のことをずっと心配し苦しんできたのですが、そこから先生に昨年救って頂いていました。

ここで、その背景となる特別ご供養の取り組みについて分かち合います。
GLAでは、春と夏のお彼岸の季節に特別御供養が持たれるようになりました。

特別御供養が始まったのは、GLAが40周年を迎えた2009年からでした。
GLA40周年を先生も大切な節目として7つのプログラムを作られたりしていましたが、改めて特別な年だったんだと思います。
私もこれまで4回ほど特別御供養に取り組ませて頂きました。

最初に父方の祖父に取り組ませて頂きました。

おじいさんが亡くなられたのは20年以上前であり、いい人だったと聞いているので、きっと天国にいらっしゃると思っていました。

ご供養を始めるに当たって、GLAのご供養の作法に従って、取り組みを始めて行きました。
ご供養の取り組み方の詳細については、
GLAブックレットシリーズ⑥「供養行への誘い」
にまとめられています。

一般に世の中で行われている供養とGLAの供養はどのように違うのか、あの世とこの世の私達が響働しながら一緒に成長していく取り組みであることがよく分かる内容となっています。既に御供養に取り組まれている方の中にも、まだ見られてい方もいらっしゃると思いますが、ご一読することをおすすめします。御供養へのより深い取り組み方法と、実践された方の感動的な物語が書かれており、私も改めて見返して、まだまだ深め方が足りないなあと感じました。

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http://www.gla.or.jp/studymaterials/booklet/booklet_6.php

新祈りの道の「供養の祈り(供養行の歩みとして)」には以下のように書かれています。一部を抜粋させて頂きます。

「・・・
その基本を前提に、実際の供養行は三つの期間に分けて取り組んで下さい。亡くなられた魂のことを様々に思い出し、なつかしむ、心の同調回路を開く第一の期間、同調回路を開いた上でその魂との関わりやその魂から受けた影響など自分自身の振り返りをする第二の期間、最後に自らの気づきや発見を基に亡き魂に愛念をもって語りかける第三の期間です。
・・・」

この祈りを深めつつ、30日間を三つの期間に分けて、毎晩取り組んでいきました。

初めは、おじいさんと言ってもそれほど親しくなかったので、亡くなられた方の霊の存在に対して、恐怖心がありました。本当におじいさんが来たらどうしようという恐怖心を感じる所からのスタートでした。

しかし、30日続けていく中で、そのような恐怖心が取り払われて、親しみを持って心の中で話しかけるようになって行きました。

そうして30日が過ぎ、家族でGLA太宰府研修センターに向かい特別ご供養をお受けすることになりました。

GLA誌によると、先生はこの特別御供養の場を開くに当たって、神様よりあの世とこの世の間にある門を開こうと誘われ、30日30夜、祈りと禅定の時を持たれたそうです。

その時に、戦争で亡くなられた方や、病で亡くなられた方など、苦しみながら亡くなられた方々が先生の前に現れ、その方々を御供養され続けたそうです。

そして、神様よりあの世とこの世の間にある門を開いて、御供養の場を司ることをお許し頂いたことが書かれていました。

改めて、先生と神様の深い御心があって御供養の場が開かれていることを思いました。

そして、きっとこれまでの人類が一度も体験したことがないような御供養の場が開かれ、私もありがたくも参加させて頂きました。

初めに、特別ご供養に望む願いを定め、司祭からのアドバイスを頂いて、特別ご供養の場へと入っていきました。

高橋先生の深い祈りが始まり、異言で語りかけられていくと場がどんどん変わっていき、あの世とこの世を隔てていた扉が開かれていきました。そして、おじいさんの存在が、目の前に感じられてきました。

予想に反して、おじいさんは天国に行かれておらず、病気の苦しみがずっと続かれていました。死んでいることにさえ気づけず、時間が止まっているような状態になられていました。

そして、ご供養の場で光が注がれる中で意識がハッキリして行かれて、病も癒されて、光の世界に帰って行かれました。

おじいさんは、経営者として先見の明があり、裸一貫から始めて靴屋のチェーン店を展開された方で、多くの人を助けられてきていました。しかし、無神論者で魂の存在は否定されていたと聞いています。そして、亡くなられる直前は、病気に対して恨まれてこんなに苦しいなら早く死にたいと言われていたそうです。

先生もかつて、お話し下さったことがありますが、魂の存在を信じることなく、死んだ場合に、自分が死んだことにすら気づけずに、無意識の状態がずっと続くことがあると言われていました。おじいさんはまさにそのような状態となっており、特別ご供養をとして救われていきました。

天国に行っていると思っていたおじいさんがそのような状況だったので、これはまずいと思って、次に母方のおじいさんにも取り組みました。

母の父は、脳梗塞で倒れられて半身不随になられていました。

おじいさんが、話すことも、歩くことも困難な中で、家族との意思疎通もままならず、時折癇癪を起こしながら苦しまれる様子は、孫の自分にとっても見ていて苦しかったのを覚えています。

おじいさんのご供養に取り組んだときも、おじいさんの存在が近くに感じられてきました。

おじいさんは父方のおじいさんと同じく、病気で亡くなったときのままでいらっしゃいました。しかし、光が注がれていく中で、病が癒されて、どんどん若くなっていかれ、光の世界に帰って行かれました。

おじいさんがこんな状態だったので、母方の祖母にも取り組まなければならないと思い取り組みました。しかし、このときの御供養は、何故かこれまでのように、おばあさんの存在を近くに感じることはなく終わりました。

福岡での取り組みが終わり、浅草に戻ってきました。このときにたまたまダウンロードしたばかりの、大橋卓弥さんの「ありがとう」という曲を聞いていました。とてもいい曲なので、ご存じない方が居たら聞いてみて下さい。以下のような歌が流れてきました。

「生ぬるい風にふかれながら、東京のそら眺めていたら
遠くで暮らしているあなたのこと、ふと思い出す、元気ですか?
・・・
頼りなかった僕に、後悔だけはしないでと、優しい言葉、ぬくもり、その笑顔
ずっと覚えているよ、そして忘れないよ、今心からありがとう・・・。
・・・
心配かけたこと、支えてくれたこと、今心からありがとう。
返しても、返しても、返しきれない、この感謝と敬意を伝えたい
・・・・
あなたの元に生まれ、本当に良かったと・・・」

曲の内容自体が、東京に出てきた息子が、母親への感謝を伝える内容だったのですが、何か自分内側からも感謝の思いが溢れてきました。

そして、心の中が感謝の思いに満たされたときに、あの世のおばあさんからの感謝の思いがダイレクトに伝わってきました。
おばあさんが実在界の光の世界に帰ることができて、初めておじいさんと再会できた感謝の思いが伝わってきました。

丁度その年は、GLAでは駒形屋盂蘭盆会奇譚という劇が上演されていたのですが、劇の最後に主人公の御両親が実在界で会うことができたシーンがありました。あの物語は、劇の中だけではなく、特別ご供養を通してリアルにこの世界で起こっており、本当に奇蹟のような救いを頂いていることを感じました。

祖父母のご供養は、こうして一回ずつ行ってきたのですが、実は供養の時は毎回二人ずつ取り組んできました。毎回取り組んできたのがXさんです。しかし、このXさんの存在だけはずっと分からない状態が続いていました・・・。

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