「恩恵の自覚」を深めた先に見えてきて魂の願い_そして嫉妬心の浄化へ

年末のクリスマスの日に、先生の特別プログラムをお受けする機会があり、かけ橋セミナーで放映された朗読劇「しあわせな王子」を見せていただきました。

先生は、その後でご講演をくださいました。

(朗読劇と、このご指導の映像はGLAで販売されており、会員の皆様は購入できます)

エネルギーを引き出す根源にあった煩悩の発見

先生は、3つの自覚についてお話しくださったのですが、いくつかの具体例を話された中で、私自身は「恩恵の自覚」がなくて、「愚かさの自覚」を深めている状態になっているように感じました。

先生がお話しくださった自己否定のつぶやきは、生きる信条といってもいいくらい、強烈に持っていました。

具体的には、「こんなに努力をしていない自分」「こんなに技術力がない自分」という自己否定の思いがあって、「だからもっともっと努力しないといけない」と思い、そこから頑張るエネルギーを引き出してきていました。

しかし、先生のご指導をお受けして、この自己否定の思いは、煩悩だったんだと初めて気づかせて頂きました。

自己否定から生じる技術獲得競争の悪循環

自己否定から努力をしてゆくと、いつの間にか比較競争の中で戦っている意識になり、その意識のまま世界の技術の進化を追い続けると終わりがなくなり 、インプットすることに偏って、役立つアウトプットを生み出せなくなってゆきました。

難しい技術に挑戦するより、もっと基礎的な足元の技術の鍛錬を繰り返し、定着させることの方が、よっぽど大事な場合もあるですが、技術獲得の意識の闘争状態になると、なかなか立ち止まれなくなっていました。

仕事においても、プライベートにおいても、同じような課題を抱えていました。

このままの状態を続けると、いつまで経っても報わないかもしれない、、、

自己否定からエネルギーを引き出し続けても、 結局は自己不信、世界不信の悪循環からは自由になれず、指導原理に運ばれるような具現にはいつまで経ってもたどり着けないかも知れない・・・。

でも先生から教えていただいた「恩恵の自覚」を深めて、そこから「愚かさの自覚」、「忍土の自覚」を深めることで、これまでとは異なるエネルギーを引き出して、悪循環から抜け出せるかも知れないという希望が感じられてきました。

「恩恵の自覚」を深める具体的方法の模索

このご指導の発見は本当に大きく、忘れたくないなと思い、最初にポストイットに書いて、冷蔵庫に貼っていました。

更に、忘れないだけじゃなくて、もっと具体的に実践して、新しいエネルギーを引き出せるようになりたいと思いました。

そこで、「技術者としての恩恵」というノートを作って、どんどん書き足してゆきました。

「恩恵の自覚」を深めることで見えてきた魂の願いと先生への誓願

恩恵の自覚を深め続けていくと、中期、長期的な視点で、恵まれた環境や、人間関係を本当は頂いていたことが意識化されてきました。

逆に、いつもは仕事においても、視野狭窄になっていて、課題に対する不満をもっていることが多かったことも見えてきました。

ちょうど同じ時期に、あるレポート作成のために、MBSEの本質を尋ねる取り組みを重ねてきたのですが、MBSEが抱く力として、様々な技術分野を接続し、それぞれの可能性を最大限に引き出す力を抱いていることが深く理解されてゆきました。

その一つの節目を迎えたのがちょうどクリスマスの朝だったのですが、明け方に先生の夢を見ました。

夢の中で、先生に誓願をさせていただいていたのですが、最後の所で、「皆の可能性を引き出したいんです」と伝えていて、強い願いが溢れてきて、泣き崩れていました。(他は覚えてないですが、そこだけ記憶があります)

自分の中に、こんなにも強い願いがあったんだと、驚いてしまったのですが、偶然のように取り組んできたMBSEですが、内なる魂の深い願いとつながっていたことが感じられてきました。

「月の心」の2回目の100日行の書写を終えたのが、ちょうどこの頃だったのです。それまで「月の心」は地味で、陰徳もあまり好きになれなかったのが、神様の光を常に感じて、その光を世界に届け続ける月って、本当に凄いんだなと初めて思えてきたのです。この皆の可能性を引き出したいという願いと、「月の心」も繋がって行くように感じました。

年末のご指導を通して見えてきたコロナ禍におけるGLAの飛躍

12/30に、GLA共同体のお世話をしている方のために、先生がご指導をくださいました。

この1年、先生がコロナ禍にあって、GLA共同体を不連続な飛躍へと導いてくださっていたことが改めて感じられてきました。まさに先生の神理実践によって共同体がゴールデンパスへと導かれて来たことを感じました。

また2020年は、「先生は何をしようとされているんだろう?」という疑問と改めて向き合った年でもあったのですが、それまでは外なる要請に応え続けていて、そういった根本の問いかけを持てていなかったんだと思います。

改めて、先生は何をしようとされているのか求めていったのですが、先生は神様の存在を証し、魂の存在を証し、真の宗教GLAによって、魂文明へと人類全体を導いてくださっていると感じます。

そう考えると、自分の中にも、神様のことを伝えたい、神理を伝えたいという願いがあったのですが、それは先生の巨大な具現の、ほんのかけらでもお手伝いをさせていただきたいという願いにつながっていたんだなと思いました。

先生のご指導を通して、2021年はよりダイレクトに、先生の光が世界に伝えられていく年になるのかもしれないと思ったのですが、私も、もっと具体的に、願いを生きる年にしたいと、願いが定まりました。

2020年の最後に見えてきた煩悩のテーマ

その翌日の大晦日は、中京会館の中継会場で、総合新年祈りの集いに参加することになっていました。

コロナもあって帰省するか迷っていたのですが、実家から連絡があって、お正月に親戚回りはできないけれども、帰ってきてほしいと言われました。

そこで、九州に帰省する途中に今年も名古屋の中京会館行くことにしました。

しかし、いざ名古屋に行こうとした時に、行かなくてもいいんじゃないかという思いが湧いてきました。

中継会場だったら東京で受けても同じじゃないかなという思いと、行っても先生が朝まで様々な方々にご指導される様子を傍から見て、卑屈な思いが引き出されるだけになるのも辛いし、、、

東京にいれば、そのような比較の思いも出てこないし、苦しい思いもしなくてすむし、楽なんじゃないかなと思いました。

しかし、昨年の先生講演会でのXとYのご講演のことが思い出されて、苦しい体験も必要なのかもしれないと思いました。

そして、改めて名古屋の中京会館に行くことにしました。

年賀状から見えてきた関わりのテーマへの神理実践シートの取り組み

ちょうど、年末に年賀状に取り組んでいたのですが、自分がGLAの青年塾を卒業したあとで、青年塾に中心的に関わられている方との関わりが意識化されてきました。

20数年来の、かなり大きな波動戦争もあった関わりなのですが、改めて、浄化する必然を感じ、神理実践シートに取り組みました。

名古屋に向かう新幹線の中でじっくりシートに向き合ったのですが、卑屈→愚痴→虚無、の受発色になっていたことが見えてきました。

2枚目のシートで、自分にしか果たせない共同体の中での働きを「テーマカオス」として設定した上で、「素直→懸命」の受信発信を心におきつつ『新 祈りのみち』の「比較・競争にとらわれるとき」を深めてゆきました。

星印前の、自分自身への語りかけの言葉を読んでゆくと、一言一言が深く心にしみ入ってきたのですが、本当に比較競争で、ずっと苦しんで、孤独になってきたことが感じられてきました。

一人ひとりの内に
計り知れない光が宿り
一人ひとりの人生に
果たすべき使命があることを
信じさせてください

「比較・競争にとらわれるとき」 P227

星印の後の、祈りを乗せる言葉を、何度も反芻していったのですが、これまで嫉妬してきた一人ひとりのことが思い出されてきて、その皆さんに光を送るような気持ちになってゆきました。

わたくしが
自らに与えられた人生の仕事(使命)に
心を傾けることができるように
そしてその仕事を通じて
共にある多くの人々との絆を確かにできるように
導いてください。

「比較・競争にとらわれるとき」 P227

お一人おひとりが使命を果たしてゆかれますように、そして自分自身も使命を果たすことができますようにと祈りを深めてゆきました。

そして、「嫉妬心を感じるとき」の取り組みへ

更に、「嫉妬を感じるとき」の祈りも深めていったのですが、お一人お一人りがフロントで働きを担ってくださっているからこそ、私自身は準備蓄積に時間を使うことができ、やがては使命を果たしている皆さんと響働できるんだなと思い、感謝の思いへと転換してゆきました。

とてもスッキリした気持ちで中京会館に到着すると、到着早々、シートに書いた方とばったりお会いしたのですが、いつもは卑屈な思いになって挨拶もあまりできなかったのが、心を開いて挨拶をすることができました。

ほかにもいくつか出会いがあったのですが、比較競争ではなく、感謝の思いで出会うと、こんなにもスッキリと出会えるんだと自分でも驚きました。

中京会館には、先生のウイズダムが掲示されており、今回はどのようなタイミングで描かれてきたのかに注目して見ていくと、一年という括りで大部のウイズダムが書かれていることに気づき、私自身も、一年の振り返りをちゃんとやらないといけないなと思いました。

先生のご講演を通して、改めて最初中京に来るときは、重い気持ちを抱えていて、あえて苦しい思いをする必要があるんだろうかと思っていたのですが、苦しいYの中にこそ、宝物があることを実感し、試練の中でこそ、使命への道は開かれていく思いを抱いて、九州へと向かうことになりました。

その後、一ヶ月をかけて、嫉妬心の浄化に取り組むことになりました。

(次回に続く)

「「恩恵の自覚」を深めた先に見えてきて魂の願い_そして嫉妬心の浄化へ」への4件のフィードバック

  1. このブログの中の『礎となる魂ペテロ』を思い出しました。イエスの弟子として一緒に旅をした仲間と生き直しをしてることがユニバース体験で分かったと言ってましたね。イエスは貧しく虐げられた人々、神から見放されてると思い込んでいる人々に真実の神の愛を伝え、魂を救う同伴者になることを求めていたと言ってましたね(涙)
    あきらめに縛られ、低水準に順応して魂の力を解放しないまま死んだように生きるしか術を知らなかった私に先生は煩悩地図を渡して下さいました。そこにイエスの愛を感じます。

    1. Junjinoさん、次のブログ記事を書いていて、改めて『維持陶となる魂 - ペトロ』の反芻をしていて、師を哀しませる弟子たちの愚かな姿を反芻していると何故か、涙が滲んできます。
      イエス様に弟子たちが愛されたように、今生、高橋佳子先生に愛を注いでいただいて、宿命から使命へと導いていただいているのかなと、今回、人生史セミナー、卒活講座で感じました。また書かせていただきます。

  2. いつも楽しみに、また興味深く拝読しています。
    今回の記事では、私の中にも卑屈な思いから比較競争が生まれ、嫉妬心もあってなかなか人と心から出会えていない思いがあります。Ⅰヶ月かけての嫉妬心の浄化、、そのようにされていったのか。次回の投稿をお待ちしています。

    1. Yukoさん、投稿、ありがとうございます。
      嫉妬心の闇は、本当に深く、途上ではありますが、分かち合わせていただきます。
      新祈りのみち というご著書のありがたさを、本当に痛感しています。

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