コロナ禍での新たなチャレンジ_八ヶ岳でのセミナープロジェクト起動

今年は、GLAでは八ヶ岳でのセミナープロジェクトは開催されてこなかったのですが、秋に開催された八ヶ岳伝道者研鑽セミナーの開催に当たって、いよいよセミナープロジェクトが発足することになりました。

セミナー開始時に抱いていた省エネ意識

ただ、当初、運営プロジェクトを担うことが、ある程度決まってきたのですが、コロナの期間にいつの間にか身についてしまった、「あまり無理をしない方がいい」という意識に飲まれていて、プロジェクトも波風立たないように、大きな問題が起きないようにしないといけないと感じていました。

もちろん、ウイルスでのクラスターが発生しないように、万全を期すことはとても大事なことなのですが、どちらかというとそのような前向きな気持ちというより、平穏無事に過ごしたいという省エネの意識の方が強かったように思います。

そのような後ろ向きの気持ちだった時に、青年塾の収穫のセミナーの先生ご講義をお受けする機会がありました。

多分、引いている気持ちもあったからだと思いますが、収穫のセミナーの運営プロジェクトの募集はあったのですが、結局担いませんでした。

ただ、プロジェクトは担わなかったものの、空いた時間を有効に使えたかというと、ものすごくエネルギーが落ちてしまい、やっぱり担えばよかったなと後悔しました。

青年塾・収穫のセミナーでの先生の実践報告による喚起

先生のご講演だけ、自宅でお享けしたのですが、実践報告は職場の近くに住んでいる、ある青年の県庁での神理実践の物語でした。

実践報告された、青年のお父さんの話を先生が何度かしてくださったのですが、私も運営プロジェクトでよくお世話になってきた方でした。

その青年にとって、八ヶ岳でのセミナープロジェクトが大きな転機とっていました。

当初、波動戦争が起きていた所から、最終的に響働へと運ばれる体験をされていたのですが、生まれて初めて響働を体験し、これを職場でもやりたいと願われて、職場での実践を深められた結果、産官学連携の大きなプロジェクトを成功へと導かれていました。

八ヶ岳のセミナー直前に、この実践報告をしていただいたのは、とても意味があると思ったのですが、半年近く集中プロジェクトが行われて来なかった状況に対して、改めてプロジェクトで起こるお一人お一人の転換がいかに大きいのか、教えていただいたように感じました。

省エネ意識を転換し、先生の願われるプロジェクトの水準を目指さなければならないと深く心に刻印することになりました。

セミナープロジェクト前の八ヶ岳での作業研鑽

その後、セミナーの1週間前に、作業研鑽が募集されたのですが、私も参加することにしました。

行ってみると、9割は青年で、しかもお世話をしているメンバーがほとんどだったのですが、日曜日に合流すると、すでにかなり積極的に作業が進められていました。

朝から夕方まで、一心に各所のお掃除が進められており、当初は、洗面所には虫の死骸や、鳥の羽などもあってドロドロの状態だったのですが、綺麗な状態にどんどん変わってゆきました。

改めて一人ひとりの青年の素晴らしさに感動し、青年の頑張りと、綺麗になっていった様子を、東京本部の集中PJの皆にLineで送らせて頂きました。

八ヶ岳いのちの里が、どのような状況になっているのかも理解し、いよいよセミナープロジェクトが本格始動してゆきました。

働きへのとらわれの意識化

八ヶ岳に行く前は、リーダー(L)か、サブリーダー(SL)を担うことになると言われていたのですが、いざプロジェクトが始まってみると、特にL、SLの働きはなく、メンバーとしての参加となっていました。

いつもだったら非常に落ち込んでいたと思うのですが、今回はそれほど落ち込むこともなく、暗転の因としては、プロジェクトを担う楽しさの方が強く、快・衰退の方が強くなっていました。

「楽観・満足・安心しているとき(順調と感じるとき)」の祈りがとてもしっくりきました。

後で振り返って思ったのですが、いつもは、「これだけ支えたんだから、これくらい評価して欲しい」という思いがあって、期待値ほど評価されていないと感じると、不満にのまれたり、卑屈になったり、拗ねたりしていたんだなとこれまでの自分が客観的に見えてきました。

『新 祈りのみち』の「不満を募らせるとき」の一節に

不満は、期待と成果、欲求と現実のバランスが崩れたときに生まれます。期待の大きさに現実が見合わないとき、そうあるべきと思う状態にまで現実が追いついていないとき、不満は生じます。

と書かれているのですが、表面的にしか理解していなかったんだなと思いました。

また今年は「月の心」の神理カードをいただいており、書写行を続けてきているのですが、この世界は月のように、本当に陰徳によって支えられているんだなという実感を深めてきていました。

極微の世界では、コロナウイルスをきっかけに細胞レベルで何が起こっているのかを知るほどに、見えない免疫系のシステムによって人間が守られていることがわかってきました。

また、極大の世界では、科学のチームの大学の先生からの情報で、地球内部のマグマの対流によって磁力が発生しており、それが太陽風という磁力線から生物を守っていることも分かってきました。

極微の細胞から、極大の地球まで、いかに人間が守られているのか分かってくると、このシステムを作られた神様は本当に凄いなと思うようになりました。

神様も、先生も見えない次元でずっと支えてくださっているのに、自分自身はちょっと努力して、評価されないとすぐに不満にのまれてしまうことが感じられてきました。

また、先日のご講義において、「果報は寝て待て」という言葉は、もともと仏教から来ていて、転生を超えて積み重ねられた修行の歩みが、今世に果報として現れてくるといったことを教えていただいたのですが、自分自身が本当に短絡的なスパンでした物事を考えていないことが感じられ、本当に何もわかっていないんだなと思いました。

コロナをきっかけに、愚かさの自覚が少しずつ深まってきました。

久しぶりのプロジェクトでの出会い

2回目のプロジェクト集会では、青年も合流できたのですが、なんと収穫のセミナーで実践報告をされた青年も同じチームになっていました。

これはいよいよ水準を落とすことはできないと思ったのですが、一緒にウイズダムに取り組むことになりました。

青年のお2人も積極的に進めてくださったのですが、ウイズダムに取り組みながら、前回の先生のご講義の内容を振り返ってゆきました。

先生は人智を超える明運力によって、宇宙との響働、古代ギリシャのアタラクシアの境地に導かれるといったことを教えてくださったのですが、本当に凄いことを教えてくださっていると思いました。

とても理解できなかったのですが、この先生のご指導のかけらでも今回のプロジェクトで体験させていただきたいと思いました。

途中から役割分担し、ウイズダムの滅(目的)は青年のお2人がとりまとめてくださったのですが、前回の先生のご指導の内容は、あまり表現されていなかったので、後で、自分の方でアクセスして、3案ほど提案させていただきました。
(後で聞いたら、先生のご指導の内容が凄すぎて言葉にできなかったということでした)

今回の久しぶりのセミナープロジェクトであり、改めて感じたのですが、プロジェクトの場がなければ、先生のご指導に立ち返り、こうやって皆で滅にアクセスすることもなかったと思いますし、プロジェクト期間中に滅へと導かれるような体験もなかったと思うと、プロジェクトって神理を修得するための、本当に貴重な場だったんだなと実感しました。

営みにおける恨みの意識の浄化

このセミナーの当日に向かう期間、営みにおいては、15年来の教育業務の歩みについて10回ほどに分けてメールで共有させていただく機会がありました。

不思議なことに、ちょうど伝研セミナーの直前が最終回となったのですが、これまであまり共有してこなかった教育業務の栄枯盛衰について書かせていただきました。

またこの期間は、先生からGGP(グローバルジェネシスプロジェクト)において、神理実践シートを降ろして頂いており、過去の会社の中での様々な「しくじり」についても振り返り、何度も浄化する歩みを連ねてきていました。

それでも、メールの最終回を書いていると、いかに自分は正しいことをしてきたのに、理不尽な目にあってきたのか、恨みの思いがあふれてきてしまいました。教育業務について、2006年の青年塾セミナーで先生が実践報告で分かち合ってくださったのですが、その後もライフワークにするつもりで取り組んできたこともあり、途中で挫折した恨みは相当強く溜まっていました。

この恨みのメールをそのまま送ってしまったら、色々と暗転するだろうなと思い、送る前に再度、神理実践シートに取り組みました。

シートに誘われるように『新  祈りのみち』の中から祈りを探していったのですが、「投げやりになるとき」の祈りを深めました。

そうして試練の呼びかけを受け止めて行った時に、教育業務から離れることができたお陰様で、MBSEやPLMといった新しい技術に挑戦することができ、更に仮想開発の最新の情報を得ることになったことが見えてきました。

これは、もしかすると神様が行くべき道へと導いてくださっていたのかもしれないと思えてきました。

そう考えると、15年来の教育担当者とのねじれた関わりの恨みも浄化され、恨みの思いは、逆に新しい世界へと押し出していただいた感謝へと変わってゆきました。

恨みが感謝に転換するとは全く思っていなかったので、驚いたのですが、感謝の心で最後のメールを送信し、セミナーに向かうことになりました。

GLAのプロジェクトにおけるしくじりの意識化

仕事でのしくじりが、感謝に変わってきたところで、GLAのプロジェクトにおけるしくじりについても意識化してゆきました。八ヶ岳のセミナーに向かうバスの中で、渋滞で遅れたこともあり、じっくりと取り組みました。

ちょうど、仕事で教育の業務から離れた時期に、GLAのプロジェクトでも青年塾を卒業し、次なる働きに移ったのですが、色々としくじりを重ねていました。

自分自身の思いを見てみると、かつて一緒にプロジェクトを担っていた仲間が、様々な重責や、フロントで活躍する姿を見ては嫉妬し、自分自身は何もなくなってしまったと、卑屈、愚痴に飲み込まれていたことが改めて見えてきました。

その思いを浄化するために、『新 祈りのみち』から祈りを探したのですが、「孤独感・寂しさに襲われたとき」の祈りがとてもピッタリ来て、深めてゆきました。

これまで、あまり読んだことがない祈りだったのですが、「こんなに大事なことが書かれているのに、何で取り組んでこなかったんだろう」と思ったのですが、深く深く心に染み入ってゆきました。

前回のご講義で、宿命の洞窟の中で、宇宙の孤児となっている状態から、天上の世界との絆を再び結び直すと教えていただいていたのですが、まさにその極意のようなことが、この祈りの中に書かれているように感じました・・・。

人はもとより、独りで生まれ、独りで死んでゆく存在です。

あなたが孤独を抱えているように

誰もが孤独を抱いて生きているのです。

そのことをまず、心の中心に定めておきましょう。

そして、世界はすべてを抱擁していること

全ての人間が見守られていることを忘れないでください。

この文章を読んで、孤独は嫌だなと思っていたのですが、誰もが孤独を避けることはできないことを深く刻印しました。

そして、孤独な人間をずっと見守ってくださっている、神様、天上の世界があるとことに心を開いてゆきました。

更に祈りのみちの中に次のような一節がありました。

自ら自身に立ち戻れず

自らに正直に向かい合えず

自らを率直に開くことができなければ

独りであることの焦りや恐れや寂しさや不安から

決して逃れることはできません。」

シートの取り組みを通して、自分自身の寂しさや、惨めさ、孤独感が意識化されてきていたのですが、でもこのような思いを抱いていることを知られるのは恥ずかしいので、隠しておかないといけないと思っていました。

しかし、この一節に立ち返った時に、自らを率直に開くことができないと孤独は超えられないんだなと思い、思いきって暗転の因として孤独感や惨めさを意識化し、天上との絆を結び直す光転の因に取り組み、チームにLineで分かち合いました。

シートの取り組みをじっくりと深めている内に、高速バスは長坂のバス停に到着し、いよいよ八ヶ岳にたどり着きました。

(続く)

「コロナ禍での新たなチャレンジ_八ヶ岳でのセミナープロジェクト起動」への2件のフィードバック

  1. 承認欲求とか顕示欲とか誰でもあると思います。それがいつも叶い、惨めさを全く知らないことを無惨と言うそうです。
    鬼滅の刃に出てくる最強の鬼は鬼舞辻無惨です。
    私達は大如来によって鬼の世界から救って頂きました。

    1. Junjinoさん

      鬼滅の刃、詳しいんですね。(私もアニメ見て感動してました)
      「むざん」が「無惨」という字で、惨めさが無いという意味なんですね。
      今年の講演会が、XとYの掛け算の話がありましたが、無惨だと掛け算の結果が0になってしまいますね!
      そういう点でも、みっつの「ち」に縛られて無惨になってしまうところを、先生から最高の人生になるように救っていただいているのかなと思いました。

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