GLA誌 神理の大河36~38 炎と無-アビラの聖テレジアと十字架のヨハネ

テレーズの歩みの反芻ですが、最後の章の所で行き詰まってしまいました。テレーズは殉教して、イエスと一つになって生きることを求めていくのですが、どういう感覚なのかよく分かりませんでした。

二千年の祈りの中に、テレジアの内的な告白の道には、アビラの聖テレジアと、十字架のヨハネの影響が指摘されており、キリスト教の霊的な指導書として、この二人の著書は一つの極北を示しますと書かれていました。

アビラのテレジア
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そこで、回答を求めて、このお二人の先人についても深めることにしました。

実は、この3名の物語は、GLA誌にかつて以下のような順番で掲載されていました。

2000年 2月 「小さき道の魂」 リジュのテレーズ
2000年 3月~5月 「炎と無 Ⅰ~Ⅲ」 アビラのテレジアと十字架のヨハネ

高橋佳子先生は、1997年の4月から2004年の3月までの9年間、一回も休むことなく神理の大河シリーズの連載を書かれていました。その中には人類史に名を残す、キリスト教、仏教、哲学者、芸術家、詩人、科学者、政治家、・・・。ありとあらゆる分野の先人の話がありました。

今回は、テレーズの反芻だけで、かれこれ2ヶ月近く経っているのですが、私はキリスト教は素人なので、表面的な理解になっていると思います。

GLAには高名な神父さんや修道女の方も学びに来られていますが、そういうプロの方も、キリスト教の本質を高橋先生から学ばれています。

しかも、神理の大河シリーズの中ではテレーズの物語は約1/100の内容です。先生がどれほどの智慧を人類に残しておられるのか、本当に計り知れないと感じています。

ということで、二千年の祈りから一端離れて、GLA誌の「炎と無」を深めることにしました。

ここでこの3人に共通するカルメル会について、改めて確認しますが、1154年に創設されるのですが、16世紀にアビラのテレジアと十字架のヨハネによって、原始会則に則って厳しい戒律を課す改革カルメル会が生まれます。

そして、1925年にリジュのテレーズが聖人に列せられたことで有名になったそうです。

「炎と無」の中では、どのようにテレジアとヨハネがカルメル会の改革を行っていったのか、その歩みが書かれています。

お二人が活躍した時期は、ルターの宗教改革の嵐が吹き荒れていた時期と重なります。

その頃のカルメル会は、緩和カルメル会と言われていた時代で、ペストによって多くの死者が出たために、会則を緩めていました。

しかし、そのことが一切を捨てて神の御旨を求めることを願いとし、目的とする修道院本来のありかたを阻害する大きな要因となっていました。

二人が進めた修道会の改革は、基本的には会としての原点に遡るものでした。彼らが求めたものは、何よりも神の心にひたすらに近づき、イエスの感じていた苦難、苦しみをわがものとして、その真の友情を生きるというものでした。

丁度、このお二人の反芻を深めながら、私はGLAの青年塾の風土の転換に取り組むことになりました。

95年に始まった青年塾も、17年の月日が経過する中で、初期におられた先輩の皆さんもほとんど卒業してしまい、発足当時のことを知る人はごく一部となっていました。

そのため、元々持っていた青年塾のいのちが薄れてきていました。

そのため、青年塾の風土の刷新することを先生よりテーマとして与えて頂いていたのですが、どのように取り組めばいいのか模索しているところでした。

「炎と無」の冒頭はテレジアの生い立ちから始まるのですが、テレジアは、恵まれた境遇で育ったが故に、イエスの苦難の物語を読んでも何も感じることができませんでした。

そこから「念禱」と呼ばれる深い祈りの道にはいっていきます。

念禱とは、何も唱えずにただ心のうちでイエスに親しく語りかけることです。

この念禱について深めているときに、高橋先生が生活実践のしおりの中で同行二人ということを書かれていることと重なりました。

生活実践のしおりには、高橋先生の言葉として以下のように書かれています。

「営みの中で、皆さんが生きている場所が私が見ている場所。私を背負って頂いてそこへ一緒に行きたいのです。皆さんの心の中で相談しながら、考えながら、一緒に歩みたいのです。」

念禱はイエスと交わす親しげな会話ですが、高橋先生はいつも私たちの傍らに伴い歩んで下さっていることを改めて思いました。

また、これまでこの同行二人というところに、とてもひかれていたものの、心の中で先生に話しかけるということに自分なんかがという卑屈さがありました。

しかし、テレジアは念禱について以下のように書かれていました。

「主との友情を真に望むならば、虚栄を恐れてはいけません」

それを読んで、もっと普段から心の中で師と相談していいんだなあと気づかせてもらいました。

テレジアの歩みを反芻していて、表面意識の自分は高橋先生に対して遠慮などがあったのですが、魂としての自分は、心からの歓びを持って高橋先生とご一緒にいつも歩んでいることも感じられました。

魂の願いのままに、素直に生きられるようになりたいと思います。

そして、38歳の時に「見よ、この人を」(エッチェ・ホモ)と題されたイエスの十字架像がテレジアの魂の殻を砕きます。

『わたしはこれを見て、魂の奥底から揺り動かされるほどの強い敬虔の熱情を覚えました。これほどの傷が物語る測りがたい愛に、自分がどんなに悪いこたえ方をしたかを考えて、あまりにも激しい悲痛にとらわれ、わたしの心は千々に砕けてしまいました』

テレジアはイエスと一体にならんばかりに近づき、共振し続けていました。そうして祈りの深まりは、もう一つの「今応えるべきこと」としての教会の改革に向かいました。

『テレジアが求めたのはただ一つ、イエスの心に近づくことでした。閉域や沈黙、断食、はだし、苦行は、そのための生活の規範にすぎませんでした。テレジアは、かつて預言者や使徒たちがそうであったように、貧しく厳しい生活に身を置くことによって、彼らと一つになることを願ったのです。・・・』

原始会則とは、大変に厳しい苦行を強いることになるのですが、イエスの生きていた時空とつながるために、敢えて厳しい修行生活へと多くの反対にあいながらも変革していかれました。

このイエスの心を求めていった結果として、厳しい修道生活にしていかれた部分は、今の青年塾にも必要な取り組みであると感じます。

イエス様は人類の一切の罪を背負われたと言われていますが、高橋先生は会員さんのあらゆる困惑も、日本の国難としての時代社会の抱える問題も背負われて、本当に人間業とは思えないほどの速度とエネルギーであらゆる問題を解決創造され続けています。

先生に近づくことは、すなわちそれだけ先生に倣って重い問題を背負う自分に成長していくことではないかと思います。

カルメル会がイエスを求めて、厳しい会則へと回帰したように、現在の青年塾に必要なのは、高橋先生が背負われている試練を共に背負わせて頂くことを願い、甘えや緩みを絶って水準を上げていくことではないかと思いました。

その厳しい環境の中でこそ、先生と一つとなって生き、21世紀魂文明を開いていく、優秀な人材が輩出されていくのではないかと思います。

アビラのテレジアと十字架のヨハネは、イエスを求め神と一致する体験を深める中で、霊的な体験においても、信じられないような奇跡を起こして行かれます。GLA誌をお持ちの方は、是非改めて反芻されてはいかがでしょうか?

そのことも非常に興味深いのですが、今回は、キリスト教において何で殉教を求めるほどの、厳しい修行をされているのかという謎が解けたので、次回こそテレーズの最終章に挑戦したいと思います。

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  1. まとめtyaiました【炎と無-アビラの聖テレジアと十字架のヨハネ】

    テレーズの歩みの反芻ですが、最後の章の所で行き詰まってしまいました。テレーズは殉教して、イエスと一つになって生きることを求めていくのですが、どういう感覚なのかよく分かり…

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