ブログ10年の振り返り 2012年 今だから分かる出会いの必然の物語

ブログ十年の振り返り第二弾ですが、2012年の取り組みを振り返ってみました。

2012年のブログ記事一覧

35個の記事があり、最も多い年になってますが、タイトルを並べると以下のようになってました。

2011高橋佳子講演会参加レポート 神理実践報告に大感動
生活実践 「海の心」の菩提心の輪読によるそれぞれのテーマへの挑戦
神の僕-マルティン・ルター
神の僕-マルティン・ルター 職場での神理実践
GLAの歴史の振り返り 地獄滅消の法 → 菩提心発掘への歩み
菩提心の書写行 1200日の功徳 「悪因切断の菩提心」と「善因開墾の菩提心」
1995年 青年塾セミナー 「今始まる約束の時」 鍛錬のはじまり
2012青年塾セミナー 人生祈念堂からの眺めと先生との出会い
愛の使命-テレーズ・マルタン 幼少期の痛みと私の救われの物語
愛の使命-テレーズ・マルタン 「小さき道」の深まりと転生かけた先生との出会い
GLA誌 神理の大河36~38 炎と無-アビラの聖テレジアと十字架のヨハネ
2012合同セミナー 頂いた功徳の深め 恨みの根本にあった父への赦し
2012合同セミナー 頂いた功徳の深め続編と国難克服への胎動
福岡先生講演会参加 (一回のプロジェクトは一転生 人生の基盤の転換)
Nexstage SRS 参加レポート(魂の発見 第五章 生まれ変わる力を発見する)
Nexstage SRS 参加レポート(魂の発見 第六章 全ての問題を解決する鍵)
生活実践での切磋琢磨 「俺を認めろ」という心の叫びからテレーズの小さき道の深まり
青年鍛錬PJ合宿での先生との出会い 人生の条件が生む限界の克服へ
日々の行のライフスタイル 「月の心」1300日書写行を通して頂いた功徳
人生祈念堂 モザイクプロジェクト 草むしり体験記&ビッグクロスとの再結
人生祈念館 モザイクプロジェクト 石工の皆さんとの出会いと匠の技の伝承
人生祈念館 モザイクプロジェクト 「地上の星」と「天上の星」に込められた神意
東北復興プロジェクト 震災の翌日には先生の緊急招集、そしてボランティアへ
東北復興プロジェクト 2011年青年塾セミナーとボランティア活動による覚醒
東北復興支援プロジェクト 2011年 三陸被災地訪問とクリスマスカードプロジェクト
東北復興プロジェクト 福島放射能汚染 ガイガーカウンターでの現地調査
2012TL人間学セミナー 先生のシートによる「時代の三毒」の発見と転換
東北復興プロジェクト 放射能問題群の科学的把握と「魂の発見」
東北復興プロジェクト チェルノブイリ原発事故からの呼びかけと内部被曝
東北復興プロジェクト チェルノブイリ放射能汚染の先生メッセージと人類の歴史
火の心の書写行 1400日の功徳 仕事の功徳あったっけ?から深める挑戦
菩提心合唱団プロジェクト ヒロイズムを克服し「愚かさの自覚」を深める挑戦
母の手術の試練 神理実践シートで「早く死にたい」から「病は呼びかけ」の受納へ
母の手術の試練 光を送って下さった高橋佳子先生への感謝と忍土の自覚の深まり
GLA合唱団プロジェクト 2012感謝の集い 高橋佳子先生との合唱体験

メニューの、「記事一覧」からも、過去の記事は年代ごとにリスト表示できますので、よかったら活用ください。

2012年に印象に残っている出来事

2012年の大きな特徴として、人生祈念館が建てられた年でした。

2012年青年塾セミナー記事『 2012青年塾セミナー 人生祈念堂からの眺めと先生との出会い 』では、セミナーの中で建設中の人生祈念館に先生とご一緒に行かせていただく体験をしていました。

人生祈念館前の芝生の土地が、整地中だったりするのですが、そういう時期もあったなと振り返っていました。

人生祈念館

また、地上の星のオブジェを作成するプロジェクト『 人生祈念堂 モザイクプロジェクト 草むしり体験記&ビッグクロスとの再結 』を振り返り、草むしりをしていて、苦・暴流を発見したのは大きかったなと思い出しました。

Tijonohoshi

仕事において、一緒に進めていた上司が急に敵になって、背後から攻撃されるような事件があったのは鮮明に覚えていますが、合同セミナーでその恨みを浄化する取り組みをしていました。『 2012合同セミナー 頂いた功徳の深め 恨みの根本にあった父への赦し 』

また、この頃は、主に教育の業務に取り組んでいたのですが、次なるシステム開発の仕事が向こうからどんどんやってきていました。今見ると、次のPLMやMBSEの仕事に導かれていたんだなあと思いました。

10年スパンで振り返って湧いてきた疑問

先生がかつて、一人の魂が誕生の門から生まれて、様々な出来事を経験し、死の門に到達したときに、人生を振り返りをする劇をしてくださったことがあったのですが、10年というスパンで人生の振り返りをしているように感じました。

振り返っていて、いくつか疑問が湧いてきました。

一つは、『Nexstage SRS 参加レポート(魂の発見 第六章 全ての問題を解決する鍵)』の記事で、データベースのシステム開発を提案した時に、上司から「何でそんなに自分の利益(昇進)につながらない仕事ばっかりやるのか」と叱責された事件です。

もう一つは『2012TL人間学セミナー 先生のシートによる「時代の三毒」の発見と転換』で、高橋先生がつくられたシートの取り組みを通して自分の内なる時代の三毒が浄化されることを通して、問題が解決され次なるステージへと運ばれてゆく体験をしていました。

こういったブログでの過去の歩みを振り返りながら、同時に科学のLineグループの中で、日本はドクターなどの資格が評価されない(アメリカは資格で給料が変わる)ことや、そもそも技術自体があまり評価されないことが話題になっており、この記事の中でも技術が評価されないことで葛藤していたことを改めて思い出していました。

なんでこんなに苦しい体験をすることになったんだろう?なんで、日本はこんな状況になってしまったんだろう?厳しい国難を迎えている日本の現状に思いを馳せ、原因を探り、様々洞察する中で、見えてきたことがありました。

10年スパンでの振り返りを通して見えてきた恩恵の自覚

私の会社は、戦後の復興期に発展し、今ではある領域では世界一となっている会社です。

戦後の焼け野原になった日本を、なんとか立て直そうと奮起した創業者の物語は自分も大好きで、創業者に憧れ、大変尊敬もしています。

神理実践の一つの願いとしては、そんな創業者が作った会社をなんとか良くしたいと願って、第二創業を果たすつもりで取り組んできた側面もありました。

ただ、戦後の復興期はベンチャーの先駆けだった会社も、やがて大企業になり、時代の流行りとしての欧米の様々なマネジメントのシステム、また日本の産業界特有の法律などの影響もあり、どんどん会社の形や風土が変わってゆきました。

高橋先生は「時代の三毒」として唯物主義、刹那主義、利己主義について教えてくださっていますが、私の会社もその影響から免れることはできず、暗転循環のエネルギーが生まれていたんだと思います。その中で、私自身のカルマ煩悩によって、暗転循環を更に加速させてしまっていました。それは私達の会社だけでなく、日本の社会全体が「時代の三毒」の中で国難への傾斜をより強くしてきたんだと思います。

しかし、GLAのセミナーに参加し、高橋先生が作ってくださったシートに取り組み、ご講演をお受けする中で、魂主義へと回帰させて頂き、その度に新しい解決方法へと導かれる体験を重ねさせていただきました。

ただ、自分の中では魂主義に回帰することによって、時代の三毒から免れて、新しい解決と創造へと導かれていたという恩恵の自覚が弱く、あまり意識化していなかったのですが、今回改めて振り返りを深める中で、どれほど神理によって救われ、導かれ続けてきていたことがスッキリ見えてきました。

魂主義を20年実践することで頂いた果報

ブログ自体は10年の取り組みですが、今の会社に来てからは20年経過しています。

結果としてたくさんのYを経験することになりましたが、試練を通して神理実践もたくさん取り組むことができ、智慧を深め、また技術も蓄積することになりました。

前職のM自動車では、こんなに自由に働くことはできていなかったので、今の会社の個人の意思を尊重する風土の中で、比較的に自由に仕事をさせていただいて、神理実践できたのは本当にありがたい環境を頂いていたなと思いました。

今の会社は元々教育しない会社と言われていたのですが、その会社の中でもフロントランナーとして教育領域を切り開くことになりました。私は3D CADの領域で実践しましたが、その後、3D CAEの領域も取り組まれ、最近は技術教育も充実する結果へとつながってきています。

会社はいくつかのセクションに別れているのですが、今では私達の組織が最も利益率が高くなり、会社全体を支える結果となっています。教育が弱いと、自分たちに技術力がないので技術もお金で買うようになってしまい、結果として開発費が高くなってしまうのですが、20年という時間を使って、技術者を育てる風土に変わり、また目に見える利益率にも影響を与えた側面もあるんじゃないかと感じています。

母の学びへの定着の転換点

また、最後の方の2つの記事『母の手術の試練 神理実践シートで「早く死にたい」から「病は呼びかけ」の受納へ』『母の手術の試練 光を送って下さった高橋佳子先生への感謝と忍土の自覚の深まり』を読み返して、母が学びに定着するようになったのは、この病気の試練があったからだったことを思い出しました。昔、母はGLAの学びにあまり来ていなかったことを、すっかり忘れていました。

手術の時に、先生に光を送っていただいて癒やされ、そこから翌年の豊心大学セミナーへつながり、先生と出会い、ご供養に取り組み、GGPにも参入することになってきていました。

本当に見えないところで、ずっと導かれていたんだなと思いました。

2012年のマイベスト記事

そして、2012年の記事を一つだけ選ぶとすれば

『東北復興プロジェクト 震災の翌日には先生の緊急招集、そしてボランティアへ』

にしました。震災直後のボランティアに行ったときの体験ですが、家が津波に飲まれてしまって、津波に沈んでゆく家を見て「神も仏もあるものか」と絶望されたお宅に行かせていただいた時の体験です。

ボランティアが終わって東京に戻ってきた時に、苦しみの極限の状況にあって、神を呪って生きざるを得ない皆さんの同伴者になりたかったという深い願い、魂願が思い出されてきた瞬間のことを改めて思い出しました。

東北復興プロジェクトはその後、先生から継続して取り組むようにお声をかけて頂いていたのですが、音楽塾のアスパイアのチャリティーコンサートなど、この10年取り組ませていただくことになり、何度も魂の願いを思い出させていただく体験を頂いてきたのですが、その起点となったのがこの時でした。

先生が、あの出会いは必然だったと証してくださったのですが、10年経って、本当にそうだったんだなと心底実感しました。

One thought on “ブログ10年の振り返り 2012年 今だから分かる出会いの必然の物語”

  1. 2012年のブログ記事は、魂誕生を願う信仰者が「これを知りたかった」と言うような興味深い内容となっています。このブログもいつか極められてテレーズマルタンの日記のように世界中から必要とされる日がくると思います。境地について伝えるためには、どうしても現象界の試練とのコラボレーションが必要となります。

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