セミナーの先生御講演前のコンサートにおいて、青年塾セミナーは青年のメンバーによるMAXIMA、豊心大学セミナーは豊心層のMAXIMAが歌われ、とても感動しました。
そして、壮実年の私達の世代にも、初めてお声がかかり、合同セミナーに向けての合唱団が発足することになりました。
事前の浅草での練習の後、セミナーでは参加者としてセミナーを受講しつつ、休憩時間に集まって練習することになりました。セミナーでの研鑽の深まりと、合唱の働きがリンクすることを願いつつ、準備を進めていきました。
Contents
無限回廊の意識化
合同セミナーのカリキュラムをお受けする中で、新自己診断チャートの取り組みがあったのですが、快・暴流が一番強く出ており、改めてこの煩悩をテーマに取り組むことにしました。
「歪曲→独尊→孤立」の結果を生み出していることは、色々と気づきは深まってきていたのですが、気づいても、気づいても、超えていくことにはつながっていくように思えず、同じところをぐるぐると回っているだけなんじゃないかな?という不安を抱えていました。
先生がかつてお示しくださった、無限回廊(先生はかつて、私たちが人生の中でなかなか同じ回路から抜け出せないことの象徴として、「視覚の魔術師」と呼ばれたオランダの画家M・C・エッシャーの「人々が階段を永遠に回り続ける」『上昇と下降』の作品を示されました)から抜けられないイメージがありました。
先生はその点について明確にご指導をくださり、煩悩地図で受発色を発見することと、超えていくための善我を育むことは、全く異なることを教えてくださいました。そして、今回は善我を育むための行について、具体的に教えてくださいました。
善我を育む行への葛藤
先生のメッセージ映像をお受けしつつ、シートに取り組んでいったのですが、最初は、行の内容を自分に引き寄せることがとても難しく、シートに対して手も足も出ないような状態となってしまいました。
このままではまずいと思い、先生が示してくださったお言葉を、まずそのまま書写させて頂きました。そして、問いかけの一言一言を自分に引き寄せて、日々の生き方としてどのように実践していくか、問いかけへの答えを明確にしていきました。
ここまで善我を育むことにエネルギーを注いだのは、人生初の出来事だったんじゃないかと思います。
葛藤しつつもシートを深めていったところ、あるとき、宿命の洞窟の中で、ぐるぐると同じ受発色を繰り返して、抜けられなくなっている自分の姿が客観的に見えてきた瞬間がありました。
あー本当に先生がおっしゃるように、煩悩を見続けているだけではいつまでたっても超えることはできず、善我の自分を育むことで、初めて煩悩を超えていくことにつながっていけるんだなあと希望が感じられてきました。
そう考えると、これまでは善我を育むことには、具体的にエネルギーを注げてこれなかったので、無限回廊の迷路から抜けられないような感覚がずっとあったんだなあと思いました。
煩悩を発見させていただくことだけでも大変な功徳だと思いますが、善我を育んで真我へと至る道を先生に導いていただいていることが、どれほど奇蹟のような歩みを頂いているんだろうかと、感謝の思いが溢れてきました。
合唱の働きを通しての神理実践シートの深まり
このようなタイミングで合唱団の働きを頂いたことは、善我を育む第一歩への挑戦のチャンスを与えていただいたように感じ、合唱の働きを介在として、GGP(グローバル・ジェネシスプロジェクト研鑽)の神理実践シートにセミナー中に取り組みました。
すると、これまで焦って空回りして、光転の縁を整えることができず、光転の因縁果報の流れを生み出せていなかった後悔が深まっていきました。この悪循環を超えるために、先生だったらどうされるだろうかと、先生の御心にアクセスし、光転の流れを生み出していく願いを確かにしました。
セミナーでのシートの取り組みを深めつつ、合唱の鍛錬を重ねていったのですが、TLミュージックの先輩にご指導をいただく中で、少しずつ皆の声が揃っていきました。
また、同じパートを担う仲間とも、駐車場の車の中で、お互いの声を聞きあう練習をさせていただいて、音が揃っていく感覚を頂きました。
最後に皆で志を分かち合い、光転のエネルギーの流れに載せていただく感覚を抱いて、合唱の本番に向かいました。
舞台で見せていただいた「MAXIMA」の世界
最初の曲の「約束」は舞台袖で聞かせて頂いたのですが、その感動を抱きつつ「MAXIMA」を歌うために舞台へと向かいました。
歌い始めると、魂からの歓びが溢れてきて、会場の皆さんと先生の許に集い合ってご一緒に歩ませていただける感謝の思いが溢れてきました。
そして、歌うほどに、どんどん歓びが溢れていきました。
最後の「最高の人生つくろう」の歌詞の部分は、会場の皆さん全員と最高の人生を作っていける歓びが溢れてきました。
そして、「マキシマ オー マキシマ、さあ取り出そう」の部分を歌っていると、会場からマキシマの光のエネルギーが爆発するようなイメージが伝わってきました。最初は2つ、3つだったのですが、2回、3回と歌うほどに、その爆発がどんどん連鎖していって、最後は会場全体にマキシマの大爆発が広がっていくイメージが現れました。あーこれが本当にしたかったことだったんだなあと思いました。
先生ご講演で頂いたニヒリズム転換への道
「MAXIMA」の合唱が終わると、すぐに先生は会場に入ってこられたので、私達も会場に戻って、先生の御講義をお受けすることになりました。
先生の御講義において、改めて善我を育んで、内なる力を開放していく秘訣を教えていただいたように感じたのですが、特に心に残ったのは「3つの自覚」についてのご指導でした。
何度もお聞きしてきた神理だったのですが、全く新しい神理をお聞きするように、心深くに響いてきたのですが、今回は特に恩恵の自覚が心に突き刺さりました。
ニヒリズムがあるのは、恩恵の自覚が足りないからと教えていただいたのですが、自分には決定的に恩恵の自覚が足りないんだなあと思いました。
2006年に神理実践報告を頂いた時に、先生から魂の中心に、「ニヒリズム」という黒いカードを貼っていただきました。
ニヒリズムは昔からテーマであると感じてきたのですが、魂の中心近く「ニヒリズム」のカードを貼っていただいて、改めて根深いテーマであると感じていました。
それを超える鍵が「恩恵の自覚」にあることを刻印させていただき、毎日祈る祈りとして、『新・祈りのみち』の「歩みを深める祈り3(恩恵の自覚を生きる)」に切り替えました。
シートに記した正直な魂願
セミナー2日目の御講義が終わった時点で、チームとしてシートへの取り組みが十分ではなかったので、提出するために皆でシートに取り組みました。
シートの最後の方で、改めて魂の願いを尋ねていったのですが、かつて、「魂の所以に遡る瞑想」を先生にしていただいた時に、「先生にお仕えしたい」という言葉が溢れてきたことが思い出されてきました。
生まれてから、一度も「お仕えする」という言葉を、普段の会話で話したことはなかったので、自分でもそのような言葉が出てきて驚いてしまったのですが、魂としての自分は、先生にお仕えすることを願って生まれてきたんだなと感じていました。
しかし、その言葉は重い意味を感じるが故に、他人の目を気にしたり、ニヒリズムで打ち消したりして、その言葉と真っ直ぐに向き合えてこなかったのですが、今回はその言葉を思い切って願いとして書かせていただきました。
恩恵の自覚による転換の始まり
翌朝、少し早く起きて、改めてシートを振り返り、御講義の内容を振り返っていったのですが、これまで技術の領域をずっと突き詰めるような仕事をしてきていたのですが、色々な意味で成果が評価されていないという不満がありました。
しかし、恩恵の自覚という視点で振り返ってみると、先生、神様、そして共同体に貢献するために、必要な技術をずっと鍛錬させて頂いてきたんだなと、見方ががらっと変わってしまいました。
もし立場が上がって、マネジメントンの業務になっていたら、現場から離れざるを得なかったのですが、マネジメントにならない絶妙のポジションで、現場のフロントで鍛錬し続ける環境を与えられていたことに気づかせて頂き、「技術を極めたい」という魂願を生きる環境を与えられていたんだなと思いました。
また、愚かさの自覚をもって振り返ると、まだまだ技術不足の部分は大きく、継続した鍛錬が必要であることを感じました。
先生ご退場時に頂いたテーマ「響働」
3日目にも、更に御講義をいただくことになりました。
改めて昨日の御講義の大事な部分を教えて頂いたのですが、お話が終わった後で、先生は中央通路をお一人お一人と出会われながら、退場していかれました。
自分も握手していただきたいなとは思ったのですが、初めてセミナーに参加された皆さんのことが気になって、皆さんが先生と握手ができるように、自分は控えさせていただいていました。
新年の集いで一緒にプロジェクトを担ったTさんが、バスの時間のために外に出ていかれたので、自分も一緒に外に出ていって探したのですが、残念ながらバスが出発してしまい、諦めて戻ってくるとちょうど目の前に先生が来られていました。
一緒にお世話の働きを担っていたSさんが握手されたので、続いて私も握手させていただいたところ、先生から 「buyanくんは響働がテーマですね、Sくんは響働が得意なんですよ、彼から学んでください」と話してくださいました。
同志の切磋琢磨を通して見えてきた「響働」のテーマ
「何のことだろう?全然わからないけれども、大切な事を教えてくださった気がする」と思っていたのですが、たまたま近くに豊心大学セミナーで一緒にプロジェクトを担ったIさんがいらっしゃいました。
Iさんに先生から頂いた言葉を分かち合うと、「なるほどよくわかる、実はそう思っていて言えなかったけどこれも呼びかけなんで伝えるね」といって、豊心大学セミナーのプロジェクトの一番最、初の出会いの時に感じられた、私の快・暴流に対する嫌悪感について話してくださいました。
自分としては全く無自覚で、どちらかというと親しみを込めて十数年来の友人であるIさんとの関わりについて話したつもりだったのですが、それが相手にとって優位で関われる感じがして、嫌悪感を与える結果になっていたとは全く思ってもみませんでした。
更に言うと、私自身は最初のチーム展開に出た時に、場に活気がないように見えていて、それは他のリーダー陣やターミナルの関わりに問題があったと感じていたのですが、まさか自分自身が暗転させていた張本人であったとは夢にも思いませんでした。
友情を持ってお伝えくださったIさんに対する感謝の思いでいっぱいになって、涙が滲んできたのですが、本当に全く無自覚に関わりを壊してきてしまったんだなあ、これで関わりを壊しているとすると、普段の関わりで、自分の知らないところでたくさんの相手に嫌な思いを与える関わりをしてきたんじゃないかな?
そう思うと恐ろしくもなったのですが、本当にカルマで無自覚に壊していることを感じることになりました。
最後に、「畏敬」の念がないのがテーマじゃないかと教えてくださったのですが、セミナー中深めてきていて、少し分かってきたかな?と感じていたことがそのままテーマじゃないかと教えていただいて、本当に自分にとってまだまだ見えていない、最大級の弱点であることを感じました。
その後、同じく豊心大学セミナーのプロジェクトで一緒だった、M君が今回のセミナーでは同じチームになっていて、先生から頂いた言葉を話すと、青年の頃の自分の快・暴流の関わりで、2度ほど傷ついたことがあったことを教えてくれました。
その時の出会いについて、私は覚えてさえいなかったのですが、本当に自分の気づいていないところで、関わりを壊していることを改めて教えていただきました。
更に、もう1人青年塾時代の友人がいたので、聞いてみたのですが、その方も納得されていて、
「Sさんは響働が願いですよね。自分のやりたいことよりも、まず響働しているかどうかそのことを大切にされている。
buyanさんは、自分のやりたいことと、響働だと、どっちが優先ですか」
と質問を頂いて、自分のやりたいことが先にあって、響働もそのための手段の一つ位にしか考えていなかったことに気づかせていただきました。
本当に自分にとって響働がいかに大切なテーマであるのか刻印させていただきました。
追伸:合同セミナーから始まった光転の歩み
合同セミナーを経て、改めて、自分が「3つのち」に飲み込まれて、どうにもならない程の地獄の底から先生に救っていただいたこと、既にどれほど奇跡のような救いをいただき続けてきたのかが感じられてきて、感謝の思いが溢れてきました。
先生は、魂としての自分のことも全てご存知で、宿命の洞窟から救済くださっていることに思いを馳せていきました。
先生とお合いできる、転生の歩みの中での奇跡のようなこの一瞬を、どれほど願っていたのかなと、魂の願いに思いを馳せていきました。限られた時間の中で、先生と御会いできることを改めて心に刻み、一刻一刻を切実に生きたいと思いました。
また、先生から響働がテーマであると教えていただいて、それから自分のやりたいことを進めるのよりも、響働が起きることを願って、自然と陰徳のはたらきをするようになりました。
損だなと感じるようなことも、行だと思って取り組んで、自分のスキルを皆さんに伝えていきました。すると、自分のスキルの高さを、皆さんが評価してくださるようになり、思わぬ所で自分のことが評価されて、MBSEという現場適用が困難な、難易度の高い技術を普段の業務で皆で取り組めることになっていきました。
「歩みを深める祈り3(恩恵の自覚を生きる)」の深まりとともに、当初想定していなかった、光転の流れが作られていくことになり、ニヒリズムの繰り返しとは異なる現実が、少しずつ生まれ始めていきました・・・。
4つの心得で生きるようになると、予期しないような事件が起こるようになったと思います。この事件は自分のどんなカルマを知らせるためかな?と考えるようになりました。
Junjinoさん、本当にそうですね、昨日、ある先生のご指導を反芻していて、過去世の意識のテーマをずっと繰り返しているとお聞きし、この人生だけの繰り返しだけじゃなくて、本当に長い間、数百年、数千年、繰り返しているんだなあと思いました。