台湾 2018新年の集いビデオ会 神理伝承のフロントにある巨大なカオスとの遭遇

昨年、台湾のビデオ会に参加させて頂いたのですが、今年も中国語チームの同志に誘って頂いたので、少し長めの休みを頂いて、台湾にプロジェクトのお手伝いに行くことになりました。

父と母が豊心大学に行けなくなる試練との遭遇

今年は、父が豊心大学に来てくれることになり、長年の夢が叶う喜びを感じていたのですが、特別御供養で帰省したときに、母から「新しい仕事が始まったばかりだから、とてもそんな長期休暇を取ることはできない」と言われました。

それじゃあ仕方ないとなり、父も来年にしようかなという話になってしまいました。

父も75歳を迎えようとしており、いつまで元気でいられるかも分からないので、わずかでも可能性があれば父だけでも参加して欲しいと思い、セミナーの申込みや、宿の手配を進めました。

飛行機に乗るまでの父への誘いのチャレンジ

台湾のビデオ会に行くために成田空港に到着したのですが、飛行機に乗る前に、父を思い切って誘おうと心していました。

そして、思い切って、父に電話しました。

「セミナーの翌日に、美味しい料理が出るホテルのコースを予約したので、お母さんは行けないけれども、セミナーに参加しない?」と話しました。

すると、父は「ありがとう」と言って、参加してくれることになりました。

一時はもう駄目なんじゃないかと諦めかけていたので、あー本当に良かったと安堵しつつ、台湾への飛行機に乗り込みました。

飛行機の中での光と闇の振り返り

飛行機の中ではじっくりと取り組む時間があったので、仕事について、改めてウイズダムに取り組んでみました。

改めて、暗転の結果に思いを馳せた時に、思い通りにならなかったこと、理不尽な評価をされたと感じたこと、そのため自分のやってきた成果が、仕事のプロセスを変えるところまで道がつかなかったこと等振り返っていきました。

でもそれは、自分の内側の心と繋がっていて、自己不信、世界不信のニヒリズムに飲まれた心によって生み出されていたことが理解されてきました。

更にもう一つの側面として、光転に導かれたことに思いを馳せたときに、自分にとって一番足りなかった、プロジェクトを組織として成功させる為のプロジェクトマネジメントや、物事をロジカルに考えて、システム開発を成功に導く、システムズエンジニアリングといった最先端の知識を、集中して修得する機会を頂いていたことが見えてきました。

先生から頂いた具現の公案の深意へのアクセス

頂いた光転を思いながら、過去の先生との出会いが思い出されてきました。青年塾の運営について、ご指導を頂いたことがあったのですが「〇〇にXXをお願いし、△△に□□をお願いし、・・・」といったプロジェクトの運営ができる力を育んで欲しいと、ご指導を頂いたことがありました。

それまで、皆でウイズダムを作って、分担して一緒に具現するようなことはずっとやってきていました。

しかし、先生が話されるような具現をどうすればいいか分からず、無思考状態になってしまいました。

その後も、どうすれば先生が言われているような自分になれるんだろうかとずっと探していました。

図らずも、この4年間の仕事を通して、そのような技術を修得することになったのですが、先生は自分の未熟を全部ご存知で、やがてそのような技術を修得することも見通されていて、ご指導を下さっていたのかなと感じました。

人天経綸図の書写を通して見えてきた使命の地平への道

ウイズダムの取り組みを通してこれまでの歩みを振り返り、次に「人天経綸図」の書写行に取り組ませて頂きました。

書写をしながら、「宿命の洞窟」から始まって「運命の逆転」を起こし「使命の地平」に導かれていく歩みが、ずっと心にしみ入ってきました。

そして「使命の地平」に到ったときに、吸い込んだ「3つのち」の闇が光へと転換し、キラキラと輝いて、世界の問題を解決していく姿が、ありありとイメージされてきました。

そうか、会社で理不尽だなと感じていたことも、会社の弱点としての「知」としての闇であり、でもそれらも、人天経綸図の智慧に導かれて、光へと転換していくんだなあと俯瞰して見えてくることになりました。

そして、そのような宿命を使命へと転じ、菩薩として世界に貢献する人を生み出すために、先生が全力を上げて、支えて下さっていたことが感じられてきました。

先日の合唱団での体験もそうですが、きっと過去世でも体験したことがないような、自分の想定を超えた光の世界に先生が導いて下さっていることが改めて感じられてきました。

台湾への到着と試練との遭遇

台湾に到着すると、いきなり試練がやってきました。

昨年、台湾のビデオ会のお手伝いに行った時に、神理の教材を切実に求められている方が多くいらっしゃることが分かったのですが、そのことが一つのきっかけとなり、中国チームとして中国語版の書籍の発刊に向けて準備をしてこられていました。

約一年かけて、準備を整えて来ていたのですが、様々な事情から、計画を見直すことになりました。

そこで急遽、夕方に到着した日本からの第二陣のメンバーと合流し、試練の呼びかけを受け止めることになりました。

メンバーに合流するまで、散策していた台北のお寺です。

国の中枢と思われる場所も通りました。

試練を通して見えてきた響働のテーマ

私も友人のJ君から、中国語チームの事は色々と教えてもらっていて、国を超えての響働がテーマなんだろうなあと感じていました。

今回は日本語圏を離れるということもあり、現地の台湾のお世話の方と一緒になって後智慧するチャンスかもしれないと密かに感じていました。

食事をしながら、今回の試練の呼びかけを受け止めていったのですが、響働のテーマも呼びかけられているんじゃないかと率直にお伝えしました。

すると予想以上に皆さんが動揺されて、一瞬、「また余計なことを言ってしまったかな」と感じたのですが、チームの皆さんの中から、「この試練を通して、どう自分達が変わっていくのかが呼びかけられている」と熱く語られるようになっていきました。

アメリカの先輩からの後智慧の伝承

丁度、アメリカ在住のOさんもいらっしゃっていたので、英語版の「祈りのみち」が発刊されるまでどれくらい時間がかかったのか教えて頂きました。

今は、先生の御著書の新刊もそれほど時間をかけずに翻訳されるようになってきたけれども、最初はもの凄く時間がかかっていたと、当時の苦労を教えて下さいました。

このように、先に進まれている先輩から、智慧の伝承を頂けるのも、本当にありがたいと感じました。

海外に神理をお伝えするのは、自分達が思っている以上に、本当に大変な道程があるんだなあと改めて感じ、もっと大きな視点で、今回の試練の意味を受け止められるようになっていきました。

ビデオ会前日の試練との遭遇

翌朝、日本からの第3陣のメンバーも揃い、いよいよ本格的に準備が進んでいきました。

昨年は、提供頂いた場所のお掃除をずーっとし続けたのですが、今回のYMCAホテルは綺麗だったので、余裕があると思っていました。

しかし、いざ準備を始めると大きな試練が発生しました。

私は、映像を担うことになったのですが、日本から持ってきたメディアの中国語の音声が小さ過ぎて聞き取れない試練が発生しました。

その解決方法を検討する中で、様々な意見が出てきて紛糾しそうになったのですが、お昼休みにスターバックスでO君と一緒にウイズダムに取り組みました。

ウイズダムへの取り組みを通して、
「『そうだとしてもこうすることができる』神理を実践し、カオスから光転を引き出す」という願いを定め、複雑に絡み合った現状を書き出して整理して、気持ちを転換し、解決のためのアクションプログラムも明確にしました。

その後、O君は別件で動くことになり、私一人で担当することになったのですが、途中、日本とのやりとりが上手くいかなくなり、混乱した状況が発生してしまいました。

そこで、仕事で取り組んできた技術を使って、ここまでのプロセスとシステムを見える化して日本に報告し、次の作戦の指示を待つことになりました。

待っている間も、台湾の現地では、議論が紛糾していきました。

途中で、自分が暴走しているという話になり、「ウイズダムまで書いて、正しいことをしようとしているのに何で分かってくれないんだ」という理不尽な感情に飲み込まれてしまいました。

後で分かったのですが、Lineを自分が見ていなかったために、勝手な判断をしているように誤解されていたようです。

その後、中国語チームのJ君が本気になって調整をして下さり、最終的に現地のスタッフとも響働しながら問題を一つずつクリアーしていくことになりました。

YMCAのスタッフが、最終的に、施設の工事までしてくださって、音量の問題が解決することになりました。

振り返りを通して見えてきた自らのテーマ

今回、改めてほんの数時間の事件でしたが、当時の記録を振り帰って後智慧に取り組んでみました。

すると、これまで苦暴流での失敗が、象徴的に現れた事件であるように感じられてきました。

「正しいことをしているのに分かってくれない」と思って、極端な行動に出て、失敗してしまうことを繰り返してきたのですが、それも、大本を辿れば、コミュニケーションミスが自分の知らないところで起きていて、お互いの心の鏡がどんどん歪んでいって、問題を拡大していったのかなと気づかせて頂きました。

また、「問題の見える化」をしたときに、そのことで責められたり、またその解決への動きが自分の知らないところで進んでいたことも何度かあり、自分の存在が否定されているように感じることもありました。

しかし、別の視点から見ると、「問題の見える化」をしたことによって、自分を越えた所で指導原理が働き始め、問題が解決していったのかなと初めて思えました。

また更に別の視点から考えると、「問題の見える化」は組織の権限とは関係なくできるのですが、問題を解決するだけの組織への実行権限を持っている人は限られており、二つは別のプロセスとして分けて考える必要がありました。

そういった点では、自分の組織での問題解決プロセスに対する理解の甘さが、問題の根本にあったことも見えてきました。

後智慧を通して、たくさんの自分の弱点を教えて頂き、同時に頭だけの理解ではなく、生きた智慧を教えて頂くことになりました。

夕食の時に顕わになった海外に神理をお伝えする遙けき道程

夕方になって会場を出なければならなくなったため、工事をYMCAのスタッフの皆さんにお願いして、食事会場へと向かいました。

10名ほどのメンバーで、中国風の丸いテーブルを囲んで食事を頂きました。

その中で、様々な課題について話し合われることになったのですが、それぞれが中国語チームに対する熱い思いを語ってくれました。

改めて、中国語チームが抱えている、本当に膨大な課題があることが見えてきたのですが、お聞きしていて逆に嬉しくなってきました。

先生がずっと育んで下さってきた日本のGLAの環境にいると気づけなかったのですが、中国語圏においては、書籍も、お世話の体制も、研鑚の体系も、建物も何もかもが揃っていないことが見えてきました。

日本がどれだけ恵まれた環境にあったのか、改めて気づかせて頂きました。

同時に、海外でGLAを広げていくには、一つずつ問題を解決して、道を付けていかなければならないことが感じられてきました。

神理伝承のフロントへの憧れと歓び

海外に神理をお伝えするフロントにあるカオスの圧倒的なエネルギーを感じたのですが、神理伝承のフロントに一緒に立たせて頂いている歓びが感じられてきました。

私はかつて九州本部から中京本部に就職で移動したときに、先生から「神理伝承のフロントを求めてきた魂です」と紹介頂いたことがありました。

先生が神理をお説き下さるフロントに行きたいという強い願いがあったのですが、今回のプロジェクトは、神理を世界にお伝えしていくという意味での、神理伝承のフロントに押し出されたように感じました。

かつて一緒に青年塾を担っていた同志と共に、自分達の魂がずっと願ってきたはたらきの一つを頂いた様に感じました。

「二千年の祈り」の御著書に描かれているフランシスコザビエルは、アジア圏にキリスト教をお伝えする際に、大変な苦労されながら道を切り開いていかれましたが、自分達もかつてのザビエルと同じように神理伝承のフロントに立たせて頂いている歓びが感じられてきました。

(続く)

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