GGP参入へ 誓願のいのちの深まり
また今回、母の同伴をさせて頂いて、母の中に、親族を責める思いが根強くあることが見えてきました。
そのことが原因で、親族を神理におつなぎできていないことが感じられました。
そこで、翌朝一緒にウイズダムに取り組むことにしました。
ウイズダムのテーマは、「親族との再結」となりました。
母は、これまでの過去の事件を様々に思い出していくことになったのですが、一生かけても解消できるとは思えないほどの恨みの思いが出てきてしまいました。
そこで、『新・祈りのみち』の「憎しみ恨みにとらわれるとき」の祈りを一緒に読んでいきました。
先生の御文章のことごとくが、ピッタリ合っていたのですが、恨みの思いは根深く「一生かかってもこの恨みを超えることが出来るとは到底思えない」という限界が見えてきました。
そこで、神理の曼荼羅を取り出しながら、その恨みを相対化していきました。
そして、神理を学ぶことは、自分ではどうしようもないほどの恨みから自由になっていく道であることを分かち合いました。
また、自分では乗り越えることができないテーマに取り組むからこそ、先生、神様に乗り越えさせて下さいと、祈る必然が生じることをお伝えしました。
それまで母は、ジェネシスプロジェクトは難しいから辞めたいなあと語っていたのですが、初めて誓願に取り組む必然が分かったと言って、この恨みのテーマを乗り越えることを願って、ジェネシスの誓願に取り組むと話してくれました。
そして光転の因には
「先生神様に托身し私が変わりますを実践します」と力強く記されました。
そして、母は姉とも一緒に学びたいと話してくれたのですが、なんと姉もジェネシス手プロジェクトに参入することになりました。
因縁側人類として生きられなかった後悔、、、そして伝道へ
今回の特別御供養への取り組みは、果報側人類から因縁側人類へと転換することを願っての取り組みとなったのですが、自然と自分の手応えを求めるより、母の取り組みを深める縁として、支える側に回ることになりました。
そうして、母の取り組みが深まるのを見せて頂くことを通して、自分自身に流れ込んできた「血」が、想像以上に根深いことが見えてきました。
様々な謎が解けていったのですが、生きている私達以上に、特別御供養の場に来られた、亡くなられた親族の御魂は直接的に神仏の光に触れて、更に明るい光の世界に帰って行かれたことを感じました。
こうして、特別御供養を通して亡くなった親族にたくさんの光を頂きながら、生きている親族には神理の光をまだまだ届けられていない後悔が深まりました。
これから、あの世とこの世で響働して、親族皆で神理を学べるように、命作網の光を広げていきたいと願います。