2015劇へのチャレンジ_営みとプロジェクトの光転への挑戦

新しいリーダー陣の活躍によって、神理実践の流れが生み出されていったのですが、その過程において、今年の劇の主人公のようにたくさんの試練と遭遇することになりました。

今年の劇はフローレンスナイチンゲールの劇だったのですが、ナイチンゲールの文献に触れたり、劇の台本の読み込みを深める中で、ナイチンゲールの魂との交流を深めていきました。

2015script

ウイズダムの滅として、

「霊操によってナイチンゲールと自分の人生をつなげ、召し出しに応え、神意にあふれた劇を具現する。」

と定めていたのですが、ナイチンゲールは、スクタリの病院において、2000人を超える傷病兵を40名程で看護したと言われています。

もの凄い激務の中を、それこそ不眠不休で、既存の軍隊との軋轢や様々な問題を乗り越えて、その使命を果たされていったのですが、ナイチンゲールの霊操を深めるほどに、私たちも同じような試練への挑戦が求められることになると感じました。

そして、実際に仕事においても、プロジェクトにおいても非常に高いハードルと向き合うことになりました。

今年の道具転換チームにおいても、昨年に引き続き、営み(仕事や学業)での神理実践と、プロジェクトでの神理実践を同時に光転させることが願いとなっていました。

仕事のテーマと、プロジェクトのテーマが似てくることはよくあるのですが、今回の劇で難しい調整が必要な働きを兼務することは、仕事においても難易度の高い調整をクリアーしなければならなくなることが予想されました。

実際に、この期間は新しいプロジェクトの立ち上げの期間となったのですが、既存の2つのプロジェクトを上手く合流させていく必要がありました。

私のチームがやってきたプロジェクトは、神理実践のお陰様で難易度の高いハードルを越えてきたのですが、次のステップとしてシステム部門と調整する話が出てきました。

これまで何度もぶつかってきたシステム部門と、今後の体制に大きく影響するような、会議が持たれることになりました。

もう一方のプロジェクトはというと失敗続きで、二つのプロジェクト合流の背景には、その立て直しを期待されている側面もありました。

そのチームのメンバーは、頭が良いメンバーが揃ってはいたのですが、そのことがプロジェクトの推進において逆効果になっていました。

それぞれお互いの主張を譲らず、相手の意見を尊重することができないために、時間が経てば経つほど様々な文献を持ち出しての議論が発散し、グループとして結果を出せなくなっていました。

二つのプロジェクトを一つにしていくに当たって、これまでプロジェクトが滞ってきた原因を洞察し、それぞれの気持ちも受けとめつつ、一つ一つ問題を解決していくことになりました。

また、これまで取り組んでこなかった新たな分野にチャレンジする必要も出てきて、外部にも積極的に赴いて情報収集することになったのですが、5つの案件を3日間で取り組むような激務も出てきました。

このように、難しい試練が一気に押し寄せてきていました。

同時に、劇の道具転換チームにおいても非常に高い試練が来ることになりました。

CGチームと道具転換チームを兼務しているのは私だけだったのですが、展開中はほとんど道具チームとして、道具の出し入れのタイミングと場所を頭にたたき込む必要がありました。

チーム展開の終了後は、前回書かせていただいた道具転換チームの後智慧の場に参加し、その後で、CGチームとしての作品作りや打ち合わせ等を行ったのですが、夜遅くまで、時に明るくなるまで作業した日もありました。

最もハードだったのは、かけ橋セミナーの最中だったのですが、睡眠時間もあまりとれず、限界ギリギリで両方のはたらきを担うことになりました。

それぞれのチームは、相手のチームのことが分からないため、間に入る私は色々と不満を言われることも多くありました。

それだけ苦労したものの、今回私が担当したCGは、当初CGチームの中でも話題に上ることも少なく、四季の変化を現す表現を考えて提案して欲しいと言われていました。

私だけはたらきを兼務していたため、条件を考慮しての判断だとは思うのですが、どうせ作っても使われないかも知れないという不安を抱えつつ、自分なりにシーンのイメージにアクセスし、新たな技術を修得しつつ提案していきました。

途中、ここまで苦労してまで両方担う必要はあるんだろうか?という疑問も湧いてきましたが、それでも何とか手放すことなく一つ一つ課題をクリアーしていきました。

鍛錬合宿から、かけ橋セミナーに向かう最中に、ネクステージSRSが開催されました。

仕事においても、プロジェクトにおいても、試練の連続の中で厳しい状況に追い詰められていたのですが、セミナーを通して改めてじっくりと神理に取り組む機会を頂きました。

それまで、仕事の試練に対しては、相手のグループのペースに合わせると全然進まなくなるので、力技で自分の考えを押し通すしかないかなと半ば諦めていました。

しかし、シートに取り組む中で、相手を〇XのXと見ていたことを発見し、この受け止め方のまま進めてしまうと、プロジェクトが暗転する末路がはっきり見えてきました。

更にシートへの取り組みを深める中で、グループの発足当初に皆で語り合っていた願いが思い出されてきました。

今は暗転しているけど、当初、皆で語り合っていた願いに向かっていけば良かったんだ・・・、それぞれの可能性が最大限に発揮されるように関わっていこう・・・という気持ちになったときに、「これで光転できる」という確信が心深くから溢れてきました。

劇のプロジェクトについても、同じくシートに取り組ませて頂き、響働へのヴィジョンを描くことが出来ました。

非常に危ういところを、セミナーの取り組みで救って頂き、プロジェクトにおいても仕事においても、導かれるように試練を一つ一つ乗り越えていくことになりました。

当日が近づくにつれて試練のハードルは更に上がっていったのですが、何とか神理実践で転換しつつ、かけ橋セミナーがスタートしていきました。

劇は、何度か舞台を使っての練習をしながら本番に向かっていくのですが、前泊の練習で出てきた課題に対して、私はあまり関われずに、主にCGの作業をすることになりました。

しかし、私がチーム展開に入れない間にチームが光転しており、次の練習の時には皆さんの動きが全く変わっていました。

何があったか聞いてみると、昔から劇に携わって下さっていた先輩が、道具チームでの響働体験を分かち合って下さり、皆の意識が変わったことを教えてもらいました。

また、収穫のセミナーでもリーダーの分かち合いがあったらしいのですが、この間に生じていたリーダーの後悔と願いの深まりが、チーム全体を大きく光転へと導いていました。

その後の本番直前のMTGでも、大きな転換が起こり続けました。

皆さんが涙ながらにこの期間の後悔と願いを語っていかれたのですが、思いもかけない人が道具チームに一生忘れられないほどの深い友情を感じられていたことが語られていきました。

また、ある美大生は、物作りに対して、人と人の意見が衝突する場面に何度も遭遇して、創造の苦しみに葛藤されていたのですが、劇の展開を通して、ウイズダムを作って物作りをしたときに、これまでにない喜びを体験されていました。

そして、劇の展開から家に帰る電車の中で、何度も涙を流していたことなどを分かち合って下さいました。

他にも、父親との再結ができて、父親が今年のかけ橋セミナーに参加してくれることになった話しや、仕事の願いが見つけられた話しなど、皆さんが人生大転換を起こされている話しを聴かせて頂きました。

そうして、道具チームの心が更に一つになっていき、劇の本番においては、これまでで最高の舞台が現成していくことになりました。

そのプロセスをずっと見させて頂いて、何でここまで、光転が起きているんだろう・・・と不思議な思いになりました。

その謎を解く鍵も、この期間の歩みの中に与えられていたように感じます。

合同セミナー以降、魂願とカルマ、神意につながる次元があることを深めてきていたのですが、劇の合宿中に地上の星で、「神への祈り」を深めたことがありました。

祈りの道の次の一節の深まりと共に、直観的な体験を頂くことになりました。

『私たちが生み出す現実

私たちが営む人生

私たちが織りなす歴史

そのすべては

人間と天上の世界

人と大いなる存在・神との

信と応えの歩みです。

私たちの生活

私たちの人生は

私たち自身の歩みであると同時に

天上の世界との響働

神との応答なのです。』(新祈りのみち P787〜P788)

やがてミッションワークへの道が開かれていく確信を頂くことになったのですが、神様の御心としての青写真があり、光の天使の助力があることが感じられてきました。

またこの期間は、ずっと「観音の心」の菩提心の書写行に取り組んできたのですが、改めて一切を見守り、導いて下さっている光の天使に導かれていることが深まり続けていきました。

Ground star

頂いた体験を土台としながら、改めてこの夏の期間を振り返ったときに、自分が光転させたと思ったところについても改めて考え直すことになりました。

前回書かせて頂いたブログには、次のような取り組みの経緯を書かせて頂きました。

リーダーのwhatを問うの取り組みの深化、リーダー陣のウイズダムの滅へのアクセスと因の転換の深まり、そしてメンバーの因の転換の深まり・・・。

それまで、それらを具現していった主体者は、あくまで私自身であると実は受けとめていました。

しかし、あるときふと、創造のために(宇宙との響働のために) の祈りを読んでいて次の部分が心に響きました。

「自分で考え、自分で行動して

自分一人で成し遂げたつもりでも

見えない助力が充満しているのです。

・・・

かつて経験した

発見の瞬間を想い起こしてください。

自分自身の気づかなかった姿に気づいたとき

問題の解決の糸口を見出したとき

その発見は

決して過去の繰り返しの中にはなかったはずです。

どこからともなく

光が下るようにあなたと現実の間に

降りてきたものではないでしょうか。

どこからともなく降りてくる光

それは

人々との

自然との

宇宙との

そして

永遠の生命の次元、神との

響働のしるしです。」(新祈りのみち P398〜P400)

一つ一つのステップも、光が下るように現実との間に降りてきていたものでした。

それらは自分自身が考えたのではなく、祈りの道に書かれている通り、神様との響働によってもたらされていた賜り物でした。

実在界(あの世)には光転のプロセスが既に準備されており、自分はその次元にアクセスしただけであったことが初めて心に落ちました。

何百回と取り組んできた祈りですが、この時に、書かれていたことの意味が深く心にしみ入っていきました。

そして、さらに考察は進んでいきました。

今回、自分が知らないところで、人生の大転換が起こっていたことが見えてきたのですが、そのお一人お一人を転換に導いていたものは一体何だったんだろうか・・・と思いを馳せていきました。

そして、お一人お一人の転換の一切を、先生が導いて下さっていたことが改めて見えてきました。

歪曲独尊で見ていたときには見えなかったのですが、お一人お一人は先生との信と応えという一歩一歩の歩みの積み重ねの中で、それぞれの超えがたきテーマを超えて、人生大転換を果たされてきていました。

先生のお一人お一人を愛し、導いて下さっている御心に比すれば、自分は本当に利己的で、何もできていなかったのに、何を勘違いしていたんだろうかと想いました。

歪曲、独尊の受信発信の転換は正直、愚覚ですが、今まであまりぴんときていなかったのですが、先生の御心を思ったときに、自らの愚かさも際だって感じられてきました。

同時に、見えないところでずっと伴い歩んで下さっている先生への恩恵の自覚も深まっていきました。

長年プロジェクトをやってきながら、その根底にあった先生の御心とそれぞれの魂の成長の歩みについて、全然分かっていなかったことを感じ、後悔が深まりました。

その後悔と願いを抱いて、次なる伝研での劇の準備に向かっていくことになりました。

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