新渡戸稲造の反芻行 青年塾の卒業という人生の節目の後智慧

「二千年の祈り」の反芻行シリーズですが、七番目の先人は新渡戸稲造です。

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個人的には、とても深い御縁を感じる先人であり、人生の転換期に、大切な示唆を与えて頂いてきました。

現在、個人的には仕事においても大きな転機を迎えており、行くべき方向性を定める必要に迫られています。
また、これまでずっとエネルギーを注いできた、GLAの青年塾の卒業を間近に控え、次なる人生のヴィジョンを描く必要もありました。

このタイミングで、改めて稲造の人生を深める機会を頂いたのも、偶然ではないと感じています。

新渡戸稲造のことをご存知の日本人は、それほど多くないと思います。五千円札の肖像になった人という位の理解ではないでしょうか。

世界で活躍したこれほど素晴らしい先人がいるのに、その生き様があまり知られていないのは本当にもったいないと思います。
背景に今の歴史教育の問題がありますが、魂存在としての人間への眼差しがないので仕方ないのかもしれませんが、偏差値競争として暗記力の数値化に重きが置かれているように思います。そのため、生きる智慧につながらない残念な現状があります。

「二千年の祈り」の御著書は、高校の読書感想文の課題図書にもなっていましたが、高橋先生の御著書に描かれている先人の生き様を自らに引き寄せることは、生きた智慧を育てる真の歴史の勉強だと思います。

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今回、稲造の人生を深めさせて頂いていますが、歴史教育のありたき姿、あるべき姿について、改めて考えさせられました。

青年塾が始まった1995年のシリーズセミナーにおいて、先人研究がよく行われていました。

シリーズセミナーにおいて、6つの智慧の玉として「賢明」「無垢」「創造」「浄化」「自律」「托身」の智慧を学んでいきました。講義の詳細は、「REVOLUTION」という本にまとめられています。

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「賢明」の智慧のモデルはガンジー、「無垢」の智慧のモデルは吉田松陰・・・と設定されており、それぞれの智慧の玉を磨くために、先人の人生を反芻していました。

そして、シリーズセミナーにおいて、本部毎に持ち回りで先人研究を担当し、研究した成果が分かち合われていました。

私も中京本部の青年塾にいるときに、先人研究チームに入って取り組ませて頂きましたが、10名ほどのチームで、徹底して資料を集め、先人の人生を隈取って、シナリオとスライドを作って発表していました。

それは、意味の地層を深めて、先人の魂の深みに迫る歩みでもあったのですが、それだけ複数人で智慧を集めても、なかなか先人の本体に迫れないもどかしさを感じることも度々ありました。

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その当時、高橋先生はGLA誌で、神理の大河というシリーズの連載をして下さっていました。
その内容を読むと、複数人であれほど苦労しても、到底迫れなかった先人の人生の深みが見事なまでに描かれていました。

自分たちでやってみて、その難しさを知っているが故に、先生の御著書がいかに深い内容が書かれているのか、痛感することができました。本当に一生かけても分からないような深い智慧が書かれていると実感しています。

これまでも何度も反芻してきましたが、その度に新しい智慧を頂き続けているというのが実感です。

新渡戸稲造について、高橋先生は「二千年の祈り」の中で以下のように紹介されています。

『このように新渡戸稲造は、国際平和の実現を願い、東西文明という異文化の間に橋を架けることに尽くした人物です。』

冒頭の方に、さらっと書かれてあるのですが、この部分は新渡戸稲造の人生を貫く、魂の願いが書かれていると感じました。幼い頃に、キリスト教に回心しいち早く西洋文明を吸収し、深い信仰心を持って東洋と西洋をつないでいかれるのですが、魂の中心にこの願いがあったのではないかと思います。

また、東京大学入学の面接におけるやりとりについて、以下のように書かれていました。

『さらに、英文学をやって何をするつもりかと尋ねられた、「太平洋の橋になりたいと思います」と答えたと言われています。「日本の思想を外国に伝え、外国の思想を日本に普及する媒酌になりたい」と思い始めていたのです。』

「太平洋の橋になりたい」という志を抱いた新渡戸稲造は、その後「武士道」という著作を著し、260年の鎖国のために、当時あまり世界に知られていなかった日本の精神を広く世界に伝えられています。日露戦争の収拾のためにアメリカが好意的に動いてくれた背景の一つには、この「武士道」があったそうです。

また人生の晩年には、発足したばかりの国際連盟の事務次長となり、軍国主義に傾こうとする日本が世界から孤立しないように尽力され、一ヶ月に100回以上講演されています。

最近先生も、竹島と尖閣諸島の問題について触れられたときに、現代の新渡戸稲造が必要であることを話されていました。

稲造は、国際的な活躍だけに止まらず、教育の分野においても大いに活躍されています。

高橋先生は教育について、日本が国難の中にある一つの現れとして、GDPに対する公費支出の割合がOECD加盟国中最下位であり、国としてエネルギー(資金)が注がれてこなかったことを御著書「魂の冒険」に書かれていました。

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また、ここ数年間でも教育にエネルギー(資金)を注いだ国は、着実に成長してきており、その差が明らかになっていますが、そういった意味で、国や組織の土台を作る、大変重要なはたらきが教育だと思います。

アメリカや韓国は国策として教育が強化されている部分がありますが、残念なことに最近の日本はかなり遅れているのが目に付きます。

稲造は、貧しくて教育を受けられない人のための日本初の夜間学校を創設し、男尊女卑の強い風潮がある中で女子教育の土台を作り、教育の新しい流れを生み出されています。そして、稲造が関わった官立、私立の学校、学園は枚挙に暇がないそうです。

京都帝国大学の教授、第一高等学校(後に東京大学教養学部に編入)の校長、東京帝国大学の教授、東京女子大学学長、拓殖大学名誉教授・・・と様々な要職を担われ、のちの日本を支える優秀な人材を育まれています。

このように、稲造は教育者としても偉業を果たされているのですが、信仰の歩みを深める中で、その願いを確かにし、具体的な行動に結ばれていました。

宮部金吾宛てに送った手紙の中で、教育に対するヴィジョンを語った後にこのような記述があります。
「・・・・・・たとえ地位はいかにひと目につかず、卑しくとも、僕の祈りと望みは、キリストの名を高め、多くの人々の心をキリストへ持ち来たらすために一番適当なところで働きたいのである。」

高橋先生はこの手紙の文章を引用された後で、「イエスの名を高め、多くの人々にイエスの心を伝える」という稲造の心境の深まりについて、「稲造がはっきりと自らの人生の仕事の核を掴んだ」と表現されていました。

初め、何で教育に尽力することが、イエスを伝えることにつながるのか、よく分かりませんでした。

この疑問を深めていて、フランチェスコの本当の幸せの話しを思い出しました。
フランチェスコは、単純にキリスト教の信者を増やすことが本当の幸せではなく、試練の中にあっても神様の呼びかけを受けとめて応えることが本当の幸せであることを教えて下さいました。

そう思ったときに、様々な不遇な環境にある人々に教育を通して愛情を注ぎ、その魂の可能性を開いていったことはイエスの心を伝えることだったんじゃないかと思いました。

稲造の教育への願いに触れたときに、この十年会社で教育をやってきた事への見方も変わっていきました。

私自身、研究開発を目的とする企業にありながら、教育に携わるというかなり異色な経歴を持っています。「何で教育なんてやってるの?」と不思議な顔をされることもよくあります。それは出世をして、偉くなることからは遠く離れた仕事になるため、常識的にはあり得ない選択をしているからです。

元々教育を始めたのは、ITの領域における技術の進化についていけず、困っている人を助けたいという純粋な思いからだったのですが、研究開発の主流からすると、教育はそれを支えるインフラなので目に見えず、また新しい分野だけに認知されるのも困難で、なかなか理解してもらえてきませんでした。

GLAで学んでいなかったら、敢えて損をかってでるような教育の仕事は、絶対にやらないと思いながら、それでもこの分野にきちんとエネルギーを注いで業務として確立することは、未来の発展、進化を考えたときには絶対に必要であるという確信もあり、この十年間葛藤しつつやってきました。

しかし、稲造の願いに触れたときに、自分のやってきたことは先生をお伝えしたいという魂の願いにつながっていたのではないかと感じられてきました。

稲造も「たとえ地位はいかにひと目につかず、卑しくとも」と書かれていますが、本当にその通りで厳しい道ではありましたが、魂の願いに導かれての歩みであったことを思いました。

また、仕事だけではなく、青年塾においてもある意味で教育のはたらきをずっと担ってきました。

会社において、教育を担うことが出来たのも、青年塾で学んできたことをそのまま実践した結果でもあります。

青年鍛錬プロジェクトの中にシニアAgentという働きがありますが、その鍛錬を通して、カリキュラムを作ることや、先智慧、実行、後智慧をしながらコンテンツを進化させ続ける智慧を体得することが出来ました。

アシストAgentを通して、大きな組織を運営していくコーディネーションの智慧を体得することが出来、お世話する人をお世話する智慧を育みました。

Agentの働きを通して、仲間と響働する力、一人一人の人生の背景を受けとめる深い同伴力を鍛錬して頂きました。

劇やアトラクを通して、完全燃焼し、宇宙と響働する智慧を育んで頂きました。

稲造が、その当時、新しい教育を模索したように、私は高橋先生が作られたGLAの青年塾の中で、魂教育という21世紀の新しい教育のフィールドを頂き、チャレンジしてきました。

神様への憧れ、先生への憧れ、そして先生の説かれる神理と、先生の開かれる新しい世界への憧れを深めてきた歩みでもあったのですが、幾転生求めてきた様々な疑問や、苦しみ、葛藤への答えをずっと頂き続けてきました。

また、青年塾に集ってきた仲間も、それぞれが転生を超える深い必然があって集い合い、一緒に幾転生を超えるテーマに挑戦する歩みを頂いてきました。

3年前の夏の集中鍛錬において、お世話の働きを担うメンバーに対して「魂の所以に遡る瞑想」を頂いたことがありました。今にして思えば、1995年の約束のセミナーから一緒に歩んできた仲間の多くが、青年塾を卒業する年でもありました。

先生の誘いに従って瞑想を深めていったときに、心の奥深くにある魂の次元の扉が開かれていきました。

そして、すべてを知っている魂としての自分が現れました。生まれてきたときの厳しい環境も、そのことを通して人生への疑問を抱き、先生の下に集えるようにすべて計画してきた自分がいました。そして、様々な理不尽さや、葛藤もすべてを必然として受納していました。

そして、ここにいる仲間が、転生を超えてずっと一緒に旅をしてきた仲間であり、会いたくて会いたくて出会っていることが思い出されていきました。

そして今生、高橋先生の下に集い合って、青年塾という場を頂くことを通して、一緒に歩ませて頂くことができました。本当にどれほどあり得ない恩恵を頂いてきたんだろうかと思います。

ただ、改めてその歩みを振り返ったときに、托されたはたらきのいのちの重さに比して、応えきれなかった後悔は深まるばかりです。

時に、自分たちではどうすることもできないような大変な試練に立ち向かったことも数知れずありました。しかし、その度に、先生に全部救って頂いて、新しい次元へと導き続けて頂きました。

一つのヴィジョンや方策を出されることで複数の問題を一気に解決して行かれる先生の具現の御業に圧倒されて、先生とはいかなる御方なのかを深めさせて頂き、智慧の伝承を頂いてきました。

頂いた恩恵を胸に、そして青年塾で頂いた絆を胸に、頂くばかりの果報側の人類から、これからはもっとヴィジョンを描いて積極的にお返ししていく因縁側人類に転換していきたいと願っています。

今回は、稲造の人生の反芻を通して、計らずも後智慧を深めさせて頂きました。その中で、超えがたきテーマも明確になりました。次回は先智慧に取り組んで転換していきたいと思います。

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