日々の行のライフスタイル 「月の心」1300日書写行を通して頂いた功徳

鍛錬合宿からのかけ橋セミナーへの流れを分かち合っている最中ではありますが、菩提心の100日書写行の「月の心」が終わりましたので、頂いた功徳を報告させて頂きます。

GLA創立四〇周年の記念事業として、先生は何よりも会員の菩提心発掘をメインプログラムとしてくださいました。

そして、菩提心の書写行千日行を誘って下さいました。

ありがたくも、私は12の菩提心全てに取り組ませていただき、その結果合計1200日の書写行に取り組むことになりました。

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http://www.gla.or.jp/tamashiinogaku/termiology.html#ha04

四〇周年の記念書写行の取り組みは、先日八ヶ岳に完成した人生祈念堂に、初代会員の取り組みとして1000年後まで保存されることになっています。

しかし、菩提心の書写行がすっかりライフスタイルとして定着してしまっていたために、終わったらどうしようかと考えていたところ、先生が新しい書写行セットを準備して下さいました。

そこで、もう一サイクル取り組むことを願って、今度は月の心から順番に取り組むことにしました。そして、1300日の書写行を完了しました。

行への取り組みについて、その意義など分からない方も多いと思いますので、GLAで取り組む行について、私自身が実感していることを分かち合わせて頂きます。

私は、行への取り組みを実験として捉えています。

それは、自分自身が、技術者であるという面もあると思うのですが、まずは実験的に行に取り組んで、効果が出たと感じると、それは自然と毎日続く行になってきました。

例えば、セミナーに参加すると、起床時に「祈りの道」をお部屋の皆さんと読んで祈るところから始まるのですが、その後、営みに帰ってからも祈りをすると、明らかに一日の充実感や、関わりにおける光転が起こるようになりました。

そうなると、損得で言っても朝の祈りをやった方がいいという実感が深まり、誰に強制されるのでもなく、自分から祈りに取り組むようになりました。

また、行をやらない日があると、気持ちがスッキリしなかったり、上手く事態が進まなくなることが実際に起こるので、やっぱり行をやった方がいいんだと実感を深め、毎日行をやるようになりました。

その結果、行が一つ一つライフスタイルとなってきました。

具体的には

 朝の祈り(一日のはじめに)
 12の菩提心の書写行
 禅定
 「彼の地へ」の反芻行
 会社でのウイズダム(日々の業務はウイズダム基本編、中長期のテーマは因縁果報ワークシート)
 GGP神理実践シート
 夜の祈り(縁友への祈り、一日の終わりに)
 ブログでの功徳の意識化

に取り組んでいます。

いつの間にかこのブログも行の一環となりました。

GLAでの行やシートの取り組みでは、あまりにも自然と功徳を頂くことが多いので、あたかも自分の力で変わったと思い込むことも多々あるのですが、こうやってブログに書くことで、改めてたくさんの気づき、発見を頂いていることが分かってきました。

何か、全て書くと結構な時間を行に取り組んでいるように見えますが、通勤時や休み時間なども利用して、無理なく取り組めるように工夫しています。

先日のかけ橋セミナー終了後のご指導においても、先生は交流と回帰の重要性についてお話し下さいました。

行の取り組みは、回帰の時間になりますが、回帰によって内側を深め、交流によって外にエネルギーを出して、様々な解決と創造を行っていくことになるのですが、それぞれに最も良いバランスがあるんだと思います。

今回は、「月の心」の菩提心の100日書写行に取り組んでの気づき、発見をまとめさせて頂きます。

まず、このブログにも書かせて頂いていたのですが、テレーズの反芻行をやっていたときに、この「月の心」の書写行に取り組ませて頂いたのは、偶然ではないと感じます。

祈りのみちの「月の心」を育む祈りの一節に次のように書かれています。

「月」は自らが発光しないことを知っており、自らを鏡のようにして太陽の光を私たちに送ってくれます。それは回向返照-。自ら修めた功徳(善行)を他のために巡らす回向の営みそのものです。

テレーズの「小さき道の発見」の章において、自らを証すのではなく、ひたすら自分を無に近づけていき、イエスとの絆を求め、イエスの御心と一つになって生きて行く姿が描かれていました。

自分を無に近づけていった歩みは、同時に、イエスを心にお迎えすることにつながっていったのですが、それは太陽としてのイエス、神さま光を受けとめる、月の心を実践されていったように感じました。

私はそれまで、自分を認めて欲しいという思いから自由になれなかったのですが、「月の心」の書写行を続けながら、テレーズの反芻に取り組ませて頂いたことで、そのとらわれから自由にして頂きました。(もちろんまだ途上ですけど・・・)

改めて、師との絆を深め、神さまとの絆を深めていく、月の心の取り組みがいかに大切な取り組みであったのか、実感が深まりました。

また、禅定ができるようになったのも実はこの期間です。

禅定はGLA会員の基本ライフスタイルの一つになっており、セミナーでも毎回取り組みます。それだけ重要なんだなと思って、ライフスタイルにしようと何度も試みてきたのですが、長続きしませんでした。

信次先生の頃の大先輩の会員さんのお話を聞くと、皆さんは禅定を毎日やられているのですが、青年塾の皆の話を聞くと、禅定が定着している人は少ない傾向があります。

しかし、最近、夜の祈りとして「一日の終わりに」を祈るようになった結果、自然と朝早く起きられるようになりました。

朝早く起きて、書写行に取り組むので、そのまま禅定する時間が確保できるようになりました。

「月の心」の祈りの言葉の中に

「わたくしは
見えるものだけでなく、見えないものを想う者になります。
 形だけでなく、形を支える次元を求める者になります。
・・・」

とありますが、月の心を念じながら禅定していると、自然と見えないもう一つの次元へと思いを馳せ、つながっていきました。

そして、自分という存在の背後に、世界と繋がっている本体としての巨大な魂の存在が感じられるようになってきました。

先生は、かつての御著書の中に、人間を氷山として表現されており、顕在意識は氷山の表面に現れたごく一部で、潜在意識としての本体は巨大な存在として、水面下に存在していることを書かれていました。

そのことが実感として感じられてきました。

魂存在としての自分は世界とつながっており、世界の流れと一体になって果たそうとしている志があることが感じられ、世界への信頼、自分への信頼が回復していきました。

また、禅定が定着した事によるもう一つの果報として、深く自分と向き合うことは、同時に関わる相手に対しても深く向き合うことができるようになってきました。

これまで、相手が不満を抱いたりすると、瞬間的に関わりを避けていたのですが、禅定をするようになって、不満を抱いている人に対しても真正面から受けとめられるようになってきました。

そして、その不満の奥にある問題の本質へと切り込んでいき、より本質的な回答へと一緒に向かえるようになってきました。それだけの心の安定と、重心を頂きました。

また、前回のブログで、闇を跳ね返す生き方ではなく、光を増幅していくような生き方を発見したことを書かせて頂きましたが、「それは月の心だね」と先輩からアドバイスをいただき、これも「月の心」の書写行によって頂いた功徳であったことを感じました。

「月の心」の書写行を通して頂いた功徳の大きさを改めて実感しました。

GLAで取り組ませて頂く行は、結構地道なんですが、神さまの御心に通じる巨大なパワーとつながって、人生を転換していくことになるようです。これもやはり実験ですね。

一人でも実験する人に増えて欲しいですね。

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この写真は、八ヶ岳のかけ橋セミナーの前泊で、偶然撮れたものです。
丁度、月の大きさの分だけ雲に隙間が空いて、そこから光が差し込んできました。
真っ暗な闇の中で輝く「月の光」は、こんなにも明るかったのかと驚きました。

太陽のない闇の中でこそ月は輝く。
それはか細い光ではなく、闇の中であるが故に、月の光は強く明るく全てを照らすことを教えて頂きました。

書写行完了間近に、神さまから頂いたプレゼントかなと思いました。

次は「火の心」の100日書写行に取り組みます。

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