東北復興支援_仏国土建設への遙かな祈りと復興支援会社

東日本大震災から、4年半の歳月が過ぎました。

ここ数年、何度も東北には赴かせて頂いたのですが、今年の夏も御縁があって東北に2週連続で行くことになりました。

一回目は、大船渡にある建設関連会社「仁成」の3周年の記念パーティーが開催されることになり、私も半分スタッフとして社長のK君に同行させて頂くことになりました。

K君とは、何度か東北に赴いたことがあるのですが、現地に入って、具体的に雇用を創出したいという願いから会社を設立されていました。

例年、直接三陸に行っていたのですが、今年はK君の実家がある青森を経由することになりました。

私は、九州出身なので、本州最北端の青森県には初めて行くことになりました。

行く途中に、もう一人の友人のTさんの要望もあり、世界遺産やパワースポットと言われている場所も巡ることになりました。

夜中に東京を出発して、最初の目的地である、秋田県鹿角市にある大湯環状列石に到着したのは朝6時位でした。

Oyu flag

Oyu stone

約4000年前の、縄文時代後期の遺跡らしいのですが、広大な野原にストーンサークルが何カ所も作られていました。

素足で大地を踏みしめると、地上からエネルギーが伝わってくるように感じ、この土地が持っているパワーを感じました。

現代よりもずっと、自然と一体となって人々が暮らしていた4000年前、この場所には多くの人が集い、賑やかに祭祀が行われていたのかなと感じました。

ある山の次に巡った十和田湖も、自然のエネルギーをダイレクトに感じられる素晴らしい場所でした。

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湖の透明な輝きにも魅了されましたが、森深くの神社の荘厳な気配に、言葉を超えた神秘的なものを感じました。

途中で、田舎館村の田んぼアートにも寄りました。

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古代米など様々な品種を植え付けて、田んぼに絵が描かれていたのですが、初年度のシンプルな絵からすると、比べものにならないくらい細かい色彩で表現されていました。

毎年毎年、試行錯誤しながら、技術を向上されてきていることが伝わってきました。

同時に宮沢賢治が、東北の寒村で孤軍奮闘しながら、辛い農作業を芸術の域まで高めようとされていた願いが、時代を超えて具現化しているようにも感じました。

次に訪れたのは、世界遺産となっている白神山地に向かいました。

あいにく、道路が崩れていて行けないコースも有り、天候も小雨がぱらついていました。

また、車での長旅の疲れと、ある山の影響から体調不良の人もいて、不安を抱えてのスタートとなりました。

7つある散策コースのから、「世界自然遺産の径 ブナ林散策道」を選択し、林の中に入っていきました。

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しかし、いざ白神山地の中に入っていくと、雨が逆に緑の瑞々しさを引き出してくれて、雨滴に輝く深緑の森の中を散策することになりました。

これまで、何度か山に登ったことがありますが、山を越えたらまた山、また山と、なかなかゴールに辿り着けず、苦しい思いをしながら息を切らしてのぼっていました。

しかし、白神山地は全然違っていました。

ブナの森に入っていくほどに、心は落ち着き、呼吸も整っていきました。

そして、雨が降っているのに、べたつくこともなく、爽やかな気持ちにどんどん変わっていきました。

ちなみに白神山地は、宮崎駿監督の「もののけ姫」のモチーフになっているそうです。

ブナの森を抜けて、次の「暗門の滝歩道」というコースに入っていきました。

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途中で行き交う見知らぬ皆さんとも「こんにちは」と挨拶を交わしながら、清らかな清流を、上流へと登っていくと、滝壺に到着しました。

しばらく、水しぶきを浴びて涼んでから、川の流れに沿って帰っていきました。

気づくと、白神山地に入るときのけだるさはなくなっており、心身共に軽快になって、走っても全然疲れず、逆にエネルギーが湧いてくるように感じました。

それも、私一人だけではなく、全員が元気になっていました。

今回、人間が立ち入ることを拒否する暗い山と、自然のエネルギー溢れる白神山地を短期間に巡ることができ、光と闇、両極端の場の持つエネルギーの違いをまざまざと体験することができました。

一時期、マイナスイオンを発生する空気清浄機等が流行った時期がありますが、きっと白神山地のようなパワースポットに行った方が、同じ環境を作り出すことを願って作られたんじゃないかと思います。

しかし、物理的に同じ湿度やイオンの状態にしても、白神山地を再現することは困難だったようで、マイナスイオン発生装置は今ではすっかり忘れ去られています。

パワースポットのエネルギーの秘密を解くには、人間の魂や、内なるエネルギーについて、様々な発見を重ねていく必要がありそうです。

弘前の市場で、豊かな海産物なども見た後で、K君のお宅に招待していただきました。

ご両親は古くからの会員さんで、ウイズダムを作って準備して下さっていたと後からお聞きしました。

K君のお父さんからは、かつてセミナーで司会をされた時のエピソードなども、聴かせて頂きました。

またお母さんからは、K君との親子の関わりの問題をきっかけとして、GLAで学ばれるようになった経緯などを聴かせて頂きました。

K君ご本人から、これまでも聞いたことはあったのですが、ご両親の話を聴かせて頂き、親子で試練を乗り越える過程を通して、家族として先生、神理を求めてこられたことが伝わってきました。

また、ご両親がいかにK君の事を愛しているのかが、ひしひしと伝わってきました。

K君の自信家の煩悩の背景には、このように守って下さっているご両親の存在があるのかなと感じました。

青森の美味しい食事をたくさん御馳走になり、その恩義をお返しするためにも、K君の会社の3周年記念はなんとしても成功させようと願いを確かにしました。

翌日は岩手に向かい、東北で初めて世界文化遺産として登録された平泉に向かいました。

最初に、毛越寺に向かいました。

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毛越寺には、いくつかお寺の跡地があったのですが、建物がないにもかかわらず、跡地には何か言葉に出来ない深みが感じられました。

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庭園は手入れが行き届いていて、少し秋の気配が感じられました。

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庭園を回る中で、「夏草」英訳の句碑がありました。

見てみると、松尾芭蕉の有名な俳句である

「夏草や 兵どもが 夢の跡」

を英訳した、新渡戸稲造のことが紹介されていました。

Natsukusa

毛越寺の後に、中尊寺へと向かいました。

次の写真は、その中核にある中尊寺金色堂の外観です。

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中の建物は撮影禁止だったのですが、ご覧になりたい方は次のリンクを参照下さい。

中尊寺金色堂

歴史の教科書で見た印象とは全く異なり、建物全体が金箔で覆われていて、迫力がありました。

金色堂以外にも、何十もの小さいお堂がたくさんあり、「仏像のテーマパークみたいだね」と話しながら回りました。

平安末期に栄華を誇った奥州藤原氏が求めていた極楽浄土への熱き思い、その仏国土(ユートピア)具現への遙かな祈りが、現代にも届いてきているように感じました。

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東北の豊かな文化に触れた後で、3周年記念パーティーの会場となる、陸前高田の「ぷねうま」に向かいました。

私は、パーティーで公開する、映像を作成することになりました。

最初、写真も集まっておらず、イメージもほとんどない状態からのスタートだったのですが、ウイズダムに取り組むところから始めました。

次なる5周年に向けて、希望の出発となるという願いを定め、「分かってないなあ、そんなんじゃあダメだ」という快暴流の因を月の心の菩提心に転換し、取り組んだのですが、夜を徹しての準備を続けました。

K君も、東北に会社を作ったものの、まだまだ復興に向けて十分に貢献して来れなかった後悔を深められ、夜を徹して翌日分かち合う、宣言文を書かれていました。

パーティーにはスペシャルゲストとして、シンガーソングライターの羽岡さんもお越し下さり、東北復興応援コンサートが開催されました。

羽岡さんは、東北の地に何度も来られて、コンサートをされているそうです。

前回の「ぷねうま」の開所式の時は、3名での演奏で、音響もプロの方が3人いらっしゃったのですが、今回はお一人での演奏でどうなるのか分からない不安がありました。

しかし、コンサートが後半に進むにつれて、羽岡さんの祈りのような音楽の響きと、圧倒的なエネルギーで会場が一つとなっていきました。

参加者の中には、未だに仮設住宅から出られず、不自由な生活を余儀なくされているおばあさんもいらっしゃったのですが、涙あり、笑いありのコンサートの中で、皆さん癒され、元気になって行かれました。

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後半のパーティーは「ぷねうま」の皆さんの、手作りのおもてなしを頂きました。

その中で、作成させて頂いた映像も放映されて、盛り上げていきました。

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最後に、社長のK君から、これからの東方復興に向かう願いと志が分かち合われ、未来への希望が溢れる場となり、盛況の内に3周年記念パーティーを終えることが出来ました。

帰りの車の中で、K君から、これからもっと具体的に、三陸に雇用を生み出していきたいという願いを聞かせて頂きました。

震災から4年半が過ぎ、新しい建物も少しずつ増えてきて、復興も次のステージへと進みつつあることを肌身に感じました。

これからも、K君の会社、仁成が、その使命を果たされるように、私も影ながら応援していこうと思いました。

今回の旅は、大昔からあったストーンサークルという祈りの場、そして、平泉に具現された極楽浄土への遙かな願いと、東北復興支援会社としての仁成3周年記念パーティーの具現を巡る旅となりました。

旅をしている最中は、それらはつながってはいなかったのですが、改めて旅が終わって振り返ったときに、それらは全てユートピア仏国土を具現したいという遙かな願いとつながっているように感じられてきました。

不思議だなあと思いつつ、「希望の王国」の「地図にない国を求めて」の章を読んでいて、次の詩と出会いました。

「日々は反復であり
歴史は輪廻すると言う。
しかしー。

ただ昨日があったから
今日があるのではない。
ただ今日があるから
明日があるのではない。

今日が今日になった
理由がある。
明日が明日になる
必然がある。

その隠れた理由に
応えるために
その秘された必然を
結ぶために
私たちは生きている。

今日をつくり
明日を導く
見えない力を想い続けよう。
見えない絆を想い続けよう。」

Kingdom of hope

この詩におこめ下さっているいのちを求めていったときに、目的と使命を抱いて生まれてきた魂にとって、人生を形作る一日一日には、深い必然が托されていることが感じられてきました。

普段は何気なく生きているけど、魂の次元から見た時に、今回巡った一つ一つの場所にも、遙かな時を超えた必然に応える旅をしていたんじゃないか・・・。

東北のことがずっと気になって、少しでも応えたいとう願いにも、もっと深い必然があり、魂の願いと繋がっていることが感じられてきました。

しかし今回の旅では、今も続く痛みには、あまり応えることができなかった後悔を抱きつつ、翌週のもう一つの東北の旅へと向かうことになりました。

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