GLA合唱団での「響働」体験_プロジェクトと営みを一つに結ぶ挑戦

感謝の集いでは、先生とご一緒に「希望の故郷へ」を、全国で歌わせていただく、かけがえのない時を頂きました。

感謝の集い当日に向けて、GLA合唱団では、練習の日々を重ねていました。

青年塾を卒業したこともあり、合唱団の練習で初めて司会を担うことになり、ウイズダムに取り組んで集いのいのちを深めて参加しました。

前半の学びは、GLA誌の11月号を皆で深めていきました。

201411 GLA

4名ほどで輪読を通して深めていったのですが、次の一節が深く心に入ってきました。

『「自立」の心は、他より自らを選ぶものです。他をどこかに押しやることも生じがちです。しかし、「響働」の心は、他を尊び、響き合う心であり、自他の境を超えて、自分が奉仕すべき目的、ヴィジョンに応える心と言えます。つまり、自分が身を置く場のために、より全体のために、尽くそうとする心なのです。』

時の羅針盤・128 − 心を整える より抜粋

この部分を輪読を通して皆で深めたときに、今会社でやろうとしていたことは、自立しようとして、他をどこかに押しやろうとしていたことが見えてきました。

この「自立」の心の限界も感じており、次のステップとして「響働」の心へと成長していくことが呼びかけられていることは分かりました。

ただ、文章の意味は理解はできても未だその境地に到れていないために、どのような心情なのかよく分からないまま歌の練習に入っていきました。

合唱は、ソプラノ、アルト、テノール、バスの4つのパートに別れており、私はバスのグループです。

まずは、自分のパートの歌詞と音程を覚えて歌えるようになることは、「依存」から「自立」へと成長していく歩みであったと思います。

ただ、合唱においても会社と同じように、自分のパートをきちんと歌おうとすると、他のパートに負けたくない思いが引き出されてきていました。

合唱という全体の中に、自分がかき消されてしまうことを恐れて、自分を主張するような歌い方になっている部分がありました。

そのような葛藤を抱きつつ、歌っていたところ、指揮をしてくださっているTLミュージックの先生から次のようなご指導がありました。

・自分たちのパートが歌い始めるまで、待っているのは違います
・歌の初めはソプラノから入りますが、他のパートも声は出さなくても一緒に始めてください

このような指導を頂いて、確かに自分のパートが始まるまで、他のパートに無関心であったことに気づきはっとしました。

そして、ソプラノが始まるときに、一緒にスタートする気持ちで歌ってみると、不思議な現象が起こりました。

ソプラノからスタートした気持ちになって、バスを歌い始めると、力むこと無くスムーズに歌い始められるようになりました。

そして、自分のパートを主張するの気持ちもいつの間にか薄れていき、全部のパートが響き合って、一つのハーモニーを奏でることができるようになっていきました。

自分のパートしての主張をやめることは、パワーを意図的に落として相手の合わせるのとも違って、それぞれの自己ベストが、相手の自己ベストも引き出しあって、とても清々しく歓びを持って歌うことができました。

GLA誌を読んでも、意味がよく分からなかったのですが、これが「響働」の感覚なのかな?と感じる体験を頂きました。

翌日、会社において、自分たちのやっているテーマと、会社内の他のテーマとの位置づけを表現する資料作りのためのMTGを持ちました。

それまでの感覚だと、他のテーマはやり方が古く間違っているとしか思えず、主導権をもって進めるためには、自分たちの優位性を主張しなければならないと考えていました。

しかし、それは「自立」の段階であり、「響働」へと到ることが呼びかけられていると感じました。

そこで思い切って、グループの皆さんに、前日の合唱団での「響働」の体験を分かち合いました。

そうして、それぞれが自己ベストを尽くしながら、最終的に一つになってアウトプットを出していく道もあるのではないかと提案させて頂きました。

すると、部署間のゴタゴタが続いており、暗い顔をしていたメンバーから、笑顔が溢れてくるようになりました。

そうして、「響働」していくヴィジョンのイメージを皆で作り上げることができました。

それまで、私たちのプロジェクトに対して、阻害しようとする力が働くことも実際に起こっていました。

こちらが立てた計画に対して修正を迫り、既に始まっていたプロジェクトに無理矢理合わさせようとされたりしていました。

その結果、相手にとって、有利なアウトプットになるようにコントロールをされようとしていました。

しかし、そのヴィジョンにアクスしてからというもの、そのようなお互いの足を引っ張り合うような力が減少していきました。

そして、お互いのリソースを生かし合いながら、プロジェクトをスムーズに推進する道が開かれていくことになりました。

担当者の態度が急変したので、狐につままれたような感覚になっていたのですが、よくよく考えると合唱団での体験によって「響働」の次元に意識を引き上げていただいていたことが、影響していたんだと思います。

そうして、合唱団の練習も更にレベルを上げ続けて、国際的に活躍されている演奏家の皆さんと横浜アリーナの舞台で響働することができました。

そのこともあり難かったのですが、なによりも先生のご講演の最後の合唱は忘れられない時となりました。

何度か、魂からの願いが溢れてきて、声が詰まるようなことがあったのですが・・・。

3番の「自由な心を育てた人から、愛の風が吹いてくる」を歌っているときに、自分自身の葛藤に一つの答えを頂くことになりました。

私は、GLAで「魂の学」と出会ったときに、社会的に偉くなって、お金儲けをすることが人生の目的ではなかったことに気づき、大変な衝撃を受けました。

それから、自分の利益や出世よりも、会社全体の重い困惑を解決することが大事だと感じるように也、自然とそのようにエネルギーを注いできました。

私が担当することになった教育の領域は、その技術の構築が未成熟なためにストレスから病気になる人も出てきており、病気になった方のリハビリを担当するようなこともやってきていました。

ただ、その活動はなかなか理解してもらえず評価も低く、葛藤しながらも使命感をもって取り組み続けてきました。

今回、この歌詞の部分を歌っていたときに、会社の中の価値観、世界を覆う唯物主義の価値観から、魂の学によって自由になっていたからこそ、たとえ評価されなくても重い困惑に対峙し続ける愛を引き出して頂いていたことが感じられました。

また、そう生きることが魂の願いであったことが心にスッキリと伝わってきました。

そうして、「希望の故郷へ」の最後の部分を歌っていきました・・・。

「あーいつの日か君と応えよう
胸の奥に生き続ける変わらぬ願いに、

きっといつの日か ともに辿り着こう
その地めざし 旅してきた 希望の故郷へ」

その魂の願いは、先生とご一緒に創る「希望の故郷」につながっていました。

「魂の願い」を生きることは時に、現実の世界の価値観と衝突し、様々な葛藤を生むことにもなります。

しかし、その歩みの中でこそ自らの信を深め、目先の快苦に飲まれることなく、遙かな魂の願いに向かって「強く、深く、悠々と生きる」歩みを連ねていきたいと思いました。

コメントを残す