2013年に私が頂いた三大功徳 言葉に出来ない恩恵の深まりと明年への志

2013年も早いもので、年の瀬が近づいてきました。
12/9 横浜アリーナを衛星中継で全国を結び、GLA感謝の集いが開催されました。
感謝の集いとは、GLAの四聖日の一つで、毎年年末に開催されています。

感謝の集いの案内状に、三大功徳の取り組みシートが入っており、多くのGLA会員はそのシートに取り組んで、その年に頂いた功徳を意識化し、集いに参加します。

「以前はこうでした」、「今はこうなれました」、「なぜそうなれたのか」という構成になっているシートに取り組んでいくのですが、始まりは今年の功徳って何だっけ?とほとんど意識化していないところからのスタートでした。

ただ、今年は大変だったなあと、圧迫が続いてかなり苦労した思いは感じていたのですが、感謝の思いはそれほど抱いていませんでした。それでも、シートが送られてきたので、提出しないといけないという宿題感覚からのスタートでした。(もちろん、提出するかどうかは本人の意志に委ねられており、義務はありません)

まずは、なんといっても今年大変だった仕事について振り返っていきました。

私はここ数年、年末年始に、一年の振り返りと明年の願いについて深め、先生にお手紙を書かせて頂いています。今年の年初に立てた願いを振り返ってみて驚きました。

「ここ十数年の会社の施策を後智慧し後悔と願いを深めて、本来的な歩みを新たに始めることが出来ますように。」
と定め、先生にお手紙でチャレンジすることを宣言していました。

そして、誕生日を迎えた日に、改めて自らのミッションワークについて深める時間を持ちました。

自分自身が生まれてきたときの願いとは何だろう?この人生で果たすべきミッションワークとは何だろうかと深める中で、一歩踏み込んでチャレンジすることを呼びかけられているように感じました。そこで、ある思い切った提案をすることになったのですが、そこからプロジェクトが動き出すことになりました。

これまで表面化していなかった様々な問題点が一気に噴出し、その原因について深く考えなければならなくなりました。そして、どのように会社を再生していけばいいのか、具体的なプロジェクトの起動まで様々に模索していったのですが、最終的にこの分野の大ベテランの先輩が退職されるのを機に、この20~30年の失敗の原因をご一緒に洞察していくことになりました。

私自身はそれまで、被害者意識で受けとめてきたのですが、この後智慧に取り組むことで、そのような結果を生み出す会社の構造が大昔からあったことが見えてきました。

そこに到るまで、本当に非常に厳しい圧迫が続いたのですが、今年先生に降ろして頂いた、因縁側人類へと転換するシートに取り組み続け、毎週のように聖堂に通って、ひたすら先生、神様の御心を求めていきました。今年、このシートを降ろしていなかったら途中で早々にプロジェクトは中止になっていたと思います。

また時に、重すぎる決断を迫られるときは、心の中で先生に「これでいいでしょうか?」と何度も何度も尋ねていきました。そして、先生が「これでいい」とOKを下さったと感じたら、その決断を実行していきました。メールの一つ一つ、一回一回の出会いに心を尽くしていきました。

そして、とうとう抜本的に見直すプロジェクトが起動していくことになりました。

振り返ると、お手紙で先生に宣言させて頂いたことが具現化されていったプロセスだったことが分かったのですが、まさかこんなに大変な道を歩むことになるとは微塵も感じていませんでした。それだけの試練を超えていく道を、先生に導いて頂いていた感謝が改めて深まりました。

私の魂の中には、日本の製造業を再生させたい、戦後の復興期の先人の志を継いでいきたいという願いがあるのですが、その魂の願いを具体的に生きる道へと導いて頂きました。

もう一つの功徳についてですが、年初の先生へのお手紙に以下のように認めていました。

・更なるSNSの活用、世界への発信の青写真にアクセスし、世界、社会に対して先生、神理の光が、更に拡散していく道を広げていくことができますように。

このブログもその一つのチャレンジだったのですが、何でこのような事を始めたのかというと、それまでネットの世界において、GLAや高橋先生に対する偽りの情報が溢れていました。

講演会に参加されて、感動されている方からは「こんなに素晴らしいのに知らなかった。もっと伝えないともったいない」というような声をよく聞きます。

それだけ素晴らしいのに伝わらないには伝われなかった理由があり、必然があると思います。

これは私なりの推察ですが、GLAでの体験はあまりにも素晴らしく、特にユニバース体験などの魂の体験は、言葉で表現するのは困難です。

GLAでの体験の素晴らしさに比して、それを自分の言葉で伝えようとすると、本当に感じていることの10%も表現できないもどかしさを感じることになります。

ましてや、GLAや先生のことを凄いと思えば思うほど、自分がそのことを表現しようとすると、GLAのレベルを下げてしまうことになることが分かってしまうため、本当に深くGLAのことを理解されている人であればあるほど、ネットでの情報を発信することは避けてこられていると思います。

「とてもこの感動は言葉で伝えることなんて出来ない」という感じではないでしょうか?

知識として理解することと、体験として実感することには、埋めることの出来ない深い溝があります。

それでは、何で私がこのように発信するようになったのかといいますと、ネットに溢れる情報に心を痛めている方から、それほどレベルは高くなくてもいいので、もう少しGLAのことを発信する人が増えて欲しいと言って頂いたことがありました。

また、丁度同じ頃、夢の中で舞台で話されている先生に対して、先生をお伝えしたいと涙ながらに懇願している自分がいました。

そこから、ブログをスタートし、ネットを使ってのGLAのこと、先生のことをお伝えするチャレンジを始めたのですが、facebookが流行ってきたこともあり、会員同士の交流の活性化にも有志の皆さんとプロジェクトを作ってチャレンジすることが出来ました。

青年のグループでは、様々な情報が地域を越えて分かち合われるようになり、それぞれのチャレンジの光が伝搬していきました。

またブログの方も、皆様のお陰様で検索ランキングが上がっていきました。

Google検索結果ランキング
「GLA」での検索結果 24番目(ベンツなどを除けば7番目)
「GLA会員」での検索結果 5番目
「高橋佳子」での検索結果 24番目

月間アクセスも、900ユーザー、1850ページビューほどを頂いており、一部マイナス情報よりも上位に表示されるようになってきました。

未熟な歩みではありますが、それでも少しでもGLAの素晴らしさをお伝えすることに貢献できているとすれば、望外の喜びです。

そして、三つ目は特別御供養を頂いたことは本当に大きかったです。

このことは、またきちんとお伝えする機会を頂きたいと思いますが、自分一人だけではなく親族まるごと先生にお救い頂いていたことが分かりました。

私は曲がりなりにも、ボランティアでプロジェクトを担って、共同体に貢献してきたと思っていたところがありました。

あまりにも、先生に救って頂いたという思いが強く、一生かけてもお返しできないほどの恩恵を既に頂いてきたので、少しずつでもお返ししているつもりでした。

しかし、特別御供養を通して、私だけではなく親族も含めて一切をお救い頂いていたことが初めて分かったときに、自分がお返ししていることの何十倍、何百倍ものエネルギーをかけて一切をお救い頂いていたことが見えてきました。

境地が低いので普段は分からないのですが、特別御供養の光の場の中で、その真実の一端が見えてきたときに、先生とはいかなる御方であるのか、感謝の深まりと共に、お応えし切れていない後悔を深めることになりました。

こうして三大功徳を深めることを通して、改めて先生という如来にお会いしていることのいのちに触れて、幾転生かけて求めてきた師と出会わせて頂いている感謝が深まりました。

求め求めてきた先生との出会い、そして転生の同志との出会い、そして試練を超えていく真の智慧を学べる神理の研鑽を頂いてきた一年でした。

本当に言葉に出来ない、感謝の思いで一杯になりますが、頂いた恩恵を深く刻印し、先生が社会に打って出られている明年、私も微力なりとも先生にお応えしていきたいとの願いを確かにしました。

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