試練を超えたら、また山、また山・・・、でも「空の心」はその先の大きな願いに導いてくれました

昨年の12月から、3月初旬まで、空の心の菩提心の書写行に取り組ませて頂きました。
通算1500日になるんですね。

ちょっと時間が経過してしまいましたが、100日行の功徳について、改めて意識化に取り組ませて頂きます。取り組み初めは「功徳ってあったっけ?」という状態からのスタートです。

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写真は2013青年塾セミナーの八ヶ岳ですが空が綺麗でした。

まず、出来事を思い出すために、書きためていた神理実践シートでデータ化したものを振り返ってみました。大体70枚くらいでしょうか?この期間は非常に心が動く事件が多く、かなりの数を書いていました。

そして、取り組んでいたテーマの多くは激動の中にあった仕事でしたが、特に、新しいDBの導入に関する事件が多く書かれていました。

このDBの必要性について、数年前からずっと提案してきましたが、私は主担当ではなかったため、その内容について発言すると、会議の場であからさまに「邪魔するな」とか、「余計なことするな」と罵声を浴びせられていました。その時の事件について心と現実を見つめていました。

今回、こうして一連の事件をシートを通して振り返ってみて改めて思ったのですが、最近神理実践に取り組む中で、一つの定石があることに気づきました。

それはこういった感じです。
何か、強烈な抵抗や、反発がある場合、または相手が快暴流で自分の構築した物を奪おうとしてくる場合、相手の方は多くの場合、煩悩にのまれています。

それに対して、私も煩悩にのまれて波動戦争をしてしまうと、無限ループに入ってしまって前に進めなくなり、逆に事態が複雑化して、願っている方向とは真逆の方向にどんどん突き進んでいってしまいます。

しかし、その時こそ菩提心を発掘するチャンスで、私が菩提心に転換すると、相手の方は御自身の煩悩故に、それ以上先に進めなくなっていかれます。逆に私は、菩提心によって明運力に運ばれて、助力者が現れ、思わぬ所から道が開かれるという転換へと導かれていきます。

なので、そのような抵抗や障害が生じているのは、次なるステージに進めるチャンスが近くまで来ているサインと受けとめられるようになってきました。

先生も、「願いがあるから試練がやってくる」と数年前にご指導下さいましたが、初めはそんなこと本当にあるんだろうかとあまり理解できていませんでした。しかし、今はまさにその通りであると深く確信するようになりました。

事実、このDBのプロジェクトは、助力者が現れ、思わぬ所から道が開かれた結果、かなり大規模に進めるプロジェクトが発足することになり、私は推進する側に入ってしまいました。

なお、この神理については御著書「Calling 試練は呼びかける」に詳しく書かれているので、良かったら参考にして下さい。

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http://www.sampoh.co.jp/takahashikeiko/books/calling.html

また、この期間に起きたもう一つの事件として、これまで十年かけて蓄積してきた教育システムに対して、かつての教え子で、ここ数年一緒にやってきた方が、上司と結託して教育システムを作り替えようとする事件がありました。

初めはその方や上司に対して、絶対に許せない思いがあったのですが、シートに取り組んで浄化していく中で、何故かふとすべて手放してしまおうと思いました。

十年の蓄積をふまえて、次なるステージに向かいたいという思いもあったからだとは思いますが、「空の心」の菩提心を深めていたことも非常に大きかったのではないかと思います。

そして、手放したときに何故か「救われた」という思いになりました。

その結果、数年間ずっと提案してきたDBプロジェクトを推進できるようになったのですが、「空の心」に托身し、執着から離れることができたことで、世界を導く指導原理の風に運ばれたのではないかと思います。

「空の心」の書写行の期間ではありませんでしたが、実はつい最近も「空の心」によって救われた事件がありました。

DBのプロジェクトを提案してから、会社のそれまで一言も話したことがないような偉い人たちと急にお仕事をする機会が増えてきました。

同時に、手放したはずの教育プロジェクトが何故か注目されることになり、組織の重点的な課題として取り上げられることになりました。

すると、それまで無関心だった上司が急に話しかけてくるようになりました。先ほどの事件もそうですが、これまでその何倍もの様々な事件があったため、「じゃあご一緒に進めましょう」という気持ちにはどうしてもなれませんでした。

上司は、快衰退であるため、そんなに相手を傷つけているとは感じられていない様子ですが、私は十分に裏切られ、傷つけられてきたと思っていました。

そこで、どうしようもなくなって、お昼休みに先生がGGPで降ろして下さった「魂の発見-無限のエネルギーを発見するためのシート」に取り組みました。

シートと向きあって、一つ一つ対話して頂きました。シートの転換の箇所は
① 自分の本心にアクセスする
② 相手の仏性に敬意を払う
③ ・・・
④ ・・・
(・・・の部分はGGPの方に見せてもらって下さい)

というステップで進んでいくのですが、取り組む中で次第に自分の心が浄化されて、驚くことに、相手を責める思いから相手に応えることができなかった後悔が湧いてきました。

それはこんな感じでした。本当は上司は、開発を通して世界に応えたいという魂願を持たれているのに、自分が未熟であったために上司が魂願を生きる御縁となれてこなかったと後悔が深まってきました。

お昼休みが終わって、席に戻ると、上司から話しかけられることが苦痛でなくなり、一緒に楽しく、まじめに仕事のことを話せるようになっていました。本当にシートの力は大きいと改めて感じた出来事でした。

そして、この上司との再結は、次なるステップで意外な光転へと繋がっていきました。

これまで私がやってきた教育業務に対して、反発を抱いているあるグループがありました。
その調整会議を持ったのですが、例のごとく、かなり厳しい批判の言葉をぶつけられました。

そのときに、上司が一方的な批判に対して、客観的な立場として対応して下さり、相手の苦暴流の批判のエネルギーが沈静化していくことになりました。

快衰退の方の真我の光として「浄化」、「安定」がありますが、本当にその光を見せて頂いたように感じました。
思えば、これまで様々な部署間の対立もあり、教育業務の推進は困難を極めていたのですが、ここ数年で波動戦争が治まり会社全体を巻き込んでのネットワークが生まれていきました。

それも、この上司の下で神理実践できたことも大きかったのではないかと思えてきました。

事件の渦中にいるときは、様々に理不尽な思いや、卑屈な思いで一杯になっていました。時には、真冬の駅のホームで、1時間近くシートに取り組んで、その恨みの思いを浄化たことも何度もありました。

しかし、今思えばその期間があったからこそ願いが深まり、組織のずっと上の人たちとも問題意識を共有化し、ご一緒にプロジェクトを推進できるようになったと思えてきました。

空の心の菩提心は
「空のごとき自由無碍な心を育みます。
 何事にもとらわれず、
 無心に生きることができるように」

とありますが、自分を超えて大きな願いを生きるところまで運んで頂きました。

2006年の青年塾セミナーで、先生に神理実践報告を頂いたときの私の菩提心は「空の心」でした。
また、総合新年祈りの集いの御退場時に御言葉をかけて頂いたときも、職場での「空の心」の実践について先生はお話し下さいました。

なので、私の魂にとって「空の心」は非常に大切な菩提心なんだと思いますが、この100日の「空の心」の書写行の期間は、自分の人生を大転換する決定的な期間となっていました。

功徳を意識化できて、本当に良かったです。ありがとうございました。

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