2018総合新年祈りの集い そして念願だった父の豊心大学参加へ

年末年始は、GLAで一年の環が結ばれ、同時に新たな一年が起動していきましたそして、実家への帰省時に、これまでとは不連続なありがたい出会いをいただくことになりました。

中京本部での総合新年祈りの集いへの参加

大晦日から年越しにかけて、総合新年祈りの集いが開催される、中京本部に行かせていただきました。中京本部には1996年か4年ほどいたのですが、私にとっての第二の故郷となっています。

大晦日の直前まで、ほぼ2日ほど徹夜状態でCGの動く年賀状を仕上げることになりました。
何とか作業を終えて名古屋に向かったのですが、肉体的にも、精神的にも無理がたたって、かなり疲弊した状態となっていました。その結果、元々抱いていた生きることへの虚しさが、湧いてくるような状態となっていました。

総合新年祈りの集いに参加するために中京本部に到着し、懐かしい人たちと出会いがあったのですが、先生の御聖堂での祈りと、年始のご挨拶、そして寿ぎの場に参加する中で、心に光が注がれていくのを感じました。

そして集いが終わる頃には、虚しさは消えてしまい、私は本当に先生、神様から愛されているんだなと感じられてきて、癒やされていきました。

超巨大スクリーンでのインスタレーションへの感動

インスタレーションも3度見ることになったのですが、最初見たときには、技術的なことばかりを気にして、内容があまり心に入ってこなかったのですが、先生からのメッセージを受信しようと思って集中して見ていると、3度目になって先生の歌詞が深く心に染み入ってきました。

神様が作ろうとされている壮大な星座のような美しい世界があって、それぞれが個人として求めてきた魂願がぴったりとはまっていくんだなと思ったときに、今はよくわからないけれども自分が願ってきたことも、こういう風にはまっていくんじゃないかなと感じました。

「する」を連ねて、「できる」を増やし、「あげる幸せ」を生きることと、神様の具現されんとする大星座の一部として限りを尽くして働くことが、一つに結ばれていく、、、まさにこれこそ2018年に果たしたい願いと感じるところから、2018年の歩みを始めることができました。

佐賀ターミナルでの元日の集い

その後、元旦初日は、佐賀ターミナルに行ったのですが、何と父が十数年ぶりに佐賀ターミナルに来てくれました。

姉の先生との握手の奇蹟

父が佐賀ターミナルに来てくれたのは、実は姉が誘ってくれていたのですが、姉の様子がこれまでと全然変わっていました。

思い返すと、昨年の12月のGGPの最終御講義の際に、東京から北九州からの中継で御講義の場を見ていました。

姉がその場にいることは教えてもらっていたのですが、一緒にプロジェクトを担っていた友人には「姉がいるけど、95%握手することは無いですよ」と話していました。

しかし、予想を裏切って、姉が先生の真正面に立って、握手をしていました。そして先生に、御言葉をかけてもらっていました。

後で聞いたら、生活実践のお世話役の方に、後押しをしてもらったらしいのですが、とても引っ込み思案で、消極的な姉が、まさか先生に握手を求めていくとは想像できていませんでした。

そのことがとても大きかったんだと思いますが、姉が父を誘ってくれて、一緒に佐賀ターミナルに行くことになりました。

佐賀ターミナルでの父の転換

父は、十数年前に、少々強引に入会してもらってはいて、しばらくは生活実践に通っていたのですが、途中から行かなくなり、それから佐賀ターミナルには一度も来ていませんでした。

佐賀ターミナルに到着すると、お世話役の方が大変に喜んでくださいました。

集いが始まって、大晦日から元旦にかけての、先生のご指導や、寿ぎの場を一緒にお受けしたのですが、驚いたことに途中で感想シートを書いていました。

後で聞いたら「GLAの発展を願っています」といったことを書いてくれていました。

マスコミに出てくるような政治家の方々が学びに来られているのを知り、また寿ぎの場での歌なども良かったようで、GLAが十年前とは全く変わっているのに驚いたようでした。

御供養をしてきた親族の遺影の光転

佐賀ターミナルで『新・祈りのみち』を買って、母方の実家に行きました。

仏壇に行くと、これまで御供養してきた、叔父さん、お爺さん、叔母さん、従姉妹の写真が綺麗に飾られていました。ずっと特別御供養に取り組んできた、お一人お一人だったのですが、皆さんが光の世界に帰られたことを象徴しているように感じました。

そのことにも感動したのですが、仏壇の側に、『12の菩提心』の御著書が置いてありました。

この前、教頭先生になった、従兄弟が読んでいるということでした。従兄弟が、学校の授業で12の菩提心を紹介していることは聞いてはいたのですが、本当に大切にされていることを感じました。

その後、叔母さんと話していると、イライラすることも多いということだったので、『新・祈りのみち』を紹介させていただきました。

また「供養の祈り」も紹介させて頂いたところ、読みたいといわれたので、プレゼントさせて頂きました。帰りに、仏壇に祈りのみちをおいて帰りました。

従姉妹のお子さんもいたのですが、直ぐに帰られようとしたので、お土産として、『あなたがそこで生きる理由』をお渡ししました。

父へのセミナーへの誘い失敗

親戚の家から実家に帰り、家族での出会いの時となったのですが、父が十数年ぶりに佐賀ターミナルに来てくれて、思いがけずGLAに共感してくれたので、思い切って八ヶ岳の豊心大学セミナーへの参加を提案してみることにしました。

ただ、ずっとそのことは願ってはいたのですが、GLAにはずっと反発されてきていたので、「やっぱり今生は無理かも知れない・・・」という諦めも抱えていました。

思い切って、「もうそろそろあの世に帰る準備もしないといけないし、まだ元気な内に八ヶ岳のセミナーに参加した方がいいんじゃない」と伝えたところ、勘に障ったようで「俺はまだ元気だ」といって、断られてしまいました。

「波濤を超えて」のDVDによる父の転換

「やっぱり今生は無理か」と思いつつ、その後も一緒に、発売されたばかりの、「波濤を超えて」のDVDを見たり、日本の中枢で動かしているような人が、GLAに来るようになったことなど話したりしていました。

父は早く寝てしまったので、DVDは途中までしか見ていなかったのですが、しばらく家を空けて帰ってくると、「鑑真和上の背高かねえ」とか話していたので、自分がいない間に、DVD観ていたんだと思いました。

そして、また食事をしているときに、「八ヶ岳もよか所やね(良いところだね)」という話が出ました。

一瞬驚いたのですが、「じゃあ折角だから、セミナーに行こうよ、その後でゆっくり八ヶ岳をまわってもいいし」

というと、「いつ」と聞かれたので、「6月くらい」と伝えると「分かった」となりました。

天に通じた祈り

いつの頃からか、寝る前に、『新・祈りのみち』の「縁友への祈り」を祈るようになっていたのですが「父母への祈り」は毎晩のように祈っていました。

母と姉は、少しずつGLAに定着してきていたのですが、父は一向にGLAに来る気配もなく、「祈っているのに父には通じないのかな」と諦めを感じていたところでした。

父は最も神理を伝えたい人だったのですが、最も神理から遠い存在でもありました。

それは同時に「神理を伝えても、どうせ分かってもらえない」というニヒリズムの象徴でもあったのですが、クリスマスに北九州に先生が来られて姉が握手していただいてから、そのどうにも動かなかったニヒリズムが転換し始めたように感じました。

家族での「被害者意識にのまれる時」の祈りの深まり

翌朝、母と姉と、一緒にGGPの最新の神理実践シートに取り組みました。

取り組み方がよく分からないということだったので、一つ一つ一緒にシートの空欄を埋めていきました。

母と姉で、それぞれ別の課題に対して取り組んだのですが、『新・祈りのみち』の取り組みの部分ではテーマが一緒になり「被害者意識にとらわれるとき」の祈りを一緒に読むことになりました。

昨年「止観シート研修」において、この祈りが深まったときに、被害者意識が両親から流れ込んできていたことに深く気づかせて頂いたのですが、改めて一緒に祈ってみると、「この被害者意識にのまれていた」という発見が一緒に深まっていきました。

そのように話し合っているところで、父も起きてきたので、一緒に「被害者意識にとらわれるとき」の祈りを読んでみると、父も深く共感していきました。

こうして、一緒に神理を深め、聖家族への一歩を踏み出すお正月を頂くことになりました。

2018年の神理実践起動の準備へ

昨年一年を通して、ニヒリズムの転換というテーマに挑戦し、大きな転換へと導かれたのですが、実家への帰省を通してニヒリズムの象徴であった父の転換へと導かれていきました。

ここから更に2018年の青写真をと思ったときに、未だ見えていない部分が多々あります。

先生の年末のご指導において、先生は一年の歩みを詳細に後智慧してくださって、2018年のヴィジョンをお示し下さいました。「2018年はこれしかない」と思えるヴィジョンをお示し下さったように感じたのですが、それに比すると、自分はまだまだ一年の後智慧が弱いために、2018年のヴィジョンを描けないことを感じました。

これからしっかりと後智慧に取り組ませて頂いて、2018年の神理実践の起動へと向かって参ります。

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